従姉妹の7年間

南三陸町に大きな家を持っていた
2歳年上の従姉妹の新築建前に行って来た

その家を作っている場所は
かつての海岸からほど近い家から
直線で1kmほど離れた山間の防災集合団地

あの大震災の大津波で家を失った従姉妹は

震災の3年前に突発的な脳出血により   ご主人を亡くした後

震災を前後して  ふたりの娘を自力で育て   嫁がせた

年老いた母親を連れ   暮らし難い仮設住宅を避け
仙台市へと移り住み    新たに職を求め直し
この7年間   毅然と暮らし続けてきた

彼女にすれば
その防集団地には    古くからの馴染みの方々が移り住み
昨日の建前での祝いの席を見る限り
かつてのように
気心の知れた  居心地の良さを見てとれた

かつてのご近所さんが   家と土地を変えて
集まっていたのだった

しかしながら
従姉妹のこれまでの道程は
安易には理解できないほどの苦難続きだった

嫁いだふたりの娘たちにとって
仙台の仮の実家は   帰るにしても駐車場のない狭い家で
懐かしい近所の人々のいない    落ち着かない場所

さらには

かつて住まいがあった土地は
自宅の土地と   県の防潮堤工事と   さらには国道の架け替えに
関わってしまう場所となったため
三つの行政に関わりながら    土地を探し続け
行政方針の変更とともに
これまで振り回され続けてきた

かつてのご近所さんは   既に移転先を決めていたが
行政の事情により  振り回され続けた

従姉妹は長く苦しみ  そして悩んだ

今回やっと新しい家を構えることになったが
土地の取得だけに限って言えば
それは   二転三転した結果だった


やっと決まった家の敷地は
かつての大きさとはかけ離れた
均等区画された僅か100坪の敷地

自分の車と娘たちの駐車スペースを確保すれば
庭を楽しむ余裕は   ほとんど残されていない

でも   可能な限り
新しい家は可能な限り吟味された
ウッドデッキと吹き抜けのリビング
そして暖炉とロフトのある   可愛らしい2階建ての家

今はまだ   柱だけの家だが
この年末には完成し
新しい年は   賑やかな笑い声が聞こえて来る家になるのだろう
そんな素敵な家を   想像できた

従姉妹は   当面は仙台に住み
新築ローンの返済のために
これからも仙台での仕事を続けながら
時間を見つけては   遠く離れた新しい家に通うという

老いた母親を抱えている現状もあり
安易には   従姉妹の安息は訪れないのだろう

私は   数少ない親類のひとりで
しかも男手が少ない事情を察し
車で小一時間の距離を走らせて
家と敷地の管理に協力することにした

新しくなる私の愛車に道具を積み込み
庭の管理に通ってあげようと思う





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