投稿

10月, 2025の投稿を表示しています

今年もあと2か月

イメージ
奥羽山脈にも雪が降り 自宅脇の ウワミズザクラの葉が鮮やかになった 秋も終わりになってきた 今日は この秋最後の 南庭の草丈を整えるため 芝刈り機を出して 刈り込もうと思っている 雑草と天然芝の南庭だが  雪が積もると ぴょんぴょんと頭を出す草の姿も愉しいが 綺麗な雪景色の南庭を眺めたいという気持ちの方が強いので ひと手間 かけようと思っているのだ 話は変わり  先日 東庭のチューリップを植えた 植えていたアシダンセラの球根を掘り上げた後  苦土石灰を撒き 土壌改良剤を投入し  土が落ち着いたタイミングでの作業  花壇に対して 球根の数が多いが  この写真の場所だけでなく 合計3か所に植えた 毎年 春になると  大きな花弁が 見事に並ぶのが嬉しい まだ 東庭には  マツバギクが少しばかり咲いているが その手入れもしないとならない  広がった部分を刈り込み 冬に備えるためだ  我が家は あと1か月を待たずして 初雪となる  昨日は  私の車は 後回しにして 妻の車のタイヤ交換を済ませた 段取り良く 年末に備えた準備を進めていこうと思う

秋が深まり

イメージ
秋もどんどん深まってきているようで ひと雨ごとに気温が下がってきている 最高気温が20度を越える日もあるが 先日の雨の日は 最高気温が13度の日もあった その日は 衣服を調整しても寒く感じる 「底冷え」になり エアコン暖房だけでは 風がうるさく感じてしまい 昨年よりも3週間ほど早く  ペレットストーブの試し焚きをすることにした 野鳥の進入防止対策のために取り付けていた 煙突先端の専用蓋を外して 外壁から20cmほど飛び出す煙突先端部を取り付けた それから 炉の内部に入れておいた 除湿剤を撤去し 木質ペレットを 空のタンクに補充し その他 いくつかの準備を済ませて 最後に 動作用の電源コードを繋いでスイッチをオンにした 火が入り 燃焼状態が安定した後 外に出て 煙突を周辺を見ると この夏に塗装した コンクリート製ポーチの上に 煤が噴き出していた 外壁から出ている煙突は 高さが70cmほどで ストーブの裏側から 真っすぐ外に煙突が伸びていて 着火の際 煙に火が点いた瞬間の  ボッという 小さな音とともに発生する  軽い爆発燃焼により起きた 煤の排出である 煤は 昨シーズンの終わりに行った煙突掃除で 内部に残っていた粉が 外に排出されたのだった シーズン中に 煙突に煤が溜まってくると まとまった煤が 外に出ることがありが そんな冬の日は決まって  日中の暖かい時間帯に ペレットストーブを止めて 煙突掃除をするのが常だった 試運転のこの日も ストーブが暖かくなると 妻は嬉しそうに ストーブにお尻を向けて立っていた  「始まったな」と私 「だって あったかいんだもん」と妻 冬の日の 妻の行動パターンである ストーブの上に置いた小さな薬缶が  ふつふつと湯気を立て始め 室内の底冷えも無くなり  居眠りをしたくなるような 安堵感で満たされた エアコン暖房も悪くないが  やはりストーブの火はありがたい  そして  雨があがった翌日の昼前 もしやと思い  家の北側の外壁を見ると 案の定 恒例の襲来が始まった 西側の森にある 杉林や  稲刈りが終わった自宅周の水田から  たくさんのカメムシが飛来していた これは毎年恒例のこと お分かりのとおり カメムシは  ありとあらゆる隙間から侵入しては 家人を困らせる 写真の下に見える 丸い計画換気システムの排出口からも 当然 進入してくる量は多く...

歴史探訪に出かけてきた その3

イメージ
 前回の続き たかだか1泊2日の歴史散策を  3回にわたって綴るというのは 少し冗長かもしれないが  お付き合いいただければと思う 九戸城のガイドハウスを出て 次に向かったのは  車で2分ほどの距離にある二戸市埋蔵文化財センター おや?と思われた方も多いことだろうが そもそも九戸城跡が 二戸市にあるのだ 少しややこしく感じるのは  南北朝時代前後は  この地域が 糠部郡(ぬかべぐん)と呼ばれ  ここには 一戸という地名から九戸まであったといわれ 繰り返すが 九戸政実公のお城が 現在の二戸市にあるということなのだ さて 二戸市埋蔵文化財センターが 古い建物の3階にあるとは知らず その外観からも 階段を利用するしかないと判断した私たちだったが  幸いにしてエレベーターがあったので  足の悪い妻にはありがたかった これまで何度も「足の悪い妻」と書いてきたが あの3.11の大震災の後 妻の両足の同じ部位の骨が 順に壊死していまい  左右の順で 壊死した骨を人口骨に置き換える手術を受けており 今は 身体障がい者2種の手帳を持っているのである 手術前の私は 不安になっていた 妻は 再び歩けるようになるのだろうかと・・・ 今 こうやって  なんとか歩けるようになったことに感謝するばかり とはいえ 就寝前になると 足の痛みを湿布で誤魔化しながらも 日々暮らしている状況なのだった   話を戻す 埋蔵文化財センターの展示物のうち おめあての貴重な資料が 残念ながら貸し出し中だったようで 萎える気持ちを 抑えながら見学したが 興味深いものも多くあった  見終えて外に出た私たちは 「雨が降っていないね」とお天気に感謝  すると ちょうど正午のサイレンが鳴った 車に乗り込んで 「お昼になったけど お腹が空かないね」と私 「私もだよ しっかりと朝食を食べたからね」と妻 「雨のこともあるから 三戸町の雨雲の状況を見て決めよう」と私 車に乗り込んで スマホで検索 どうやら 二戸市の北に位置する三戸市は  まだしばらくは雨が降らないと思われ 食事をパスして 三戸町へと向かうことを決めた 杖を使う妻にとっては 雨は不都合だからである 雨になるだろうと諦めていた場所が 見学できると確信し 少し気分も 上向きになり 車を走らせる 三戸城は 三戸南部氏の南部晴政公による築城(1539年)であり 南部...

歴史探訪に出かけてきた その2

イメージ
 青森県と岩手県にまたがる 南部家の歴史を知りたくて 青森県八戸市のホテルを出発した私たち夫婦は 岩手県二戸市へと向かった 雨予報だったにもかかわらず  幸いにして 二戸市の周囲は雨で ここだけが降っていない様子 降ったにしてもかなりの小雨の模様だとはいえ 私たち夫婦にすれば 雨は都合が悪いのだった 妻は右手でクラッチ(専用の杖)を使い 歩行を助けている状態なため 足元が悪い状況では 不安が大きい しかも 左手に傘をさすことになり 両手が塞がれることになる 戸外の見学の場合 雨の日を避ける理由がここにある 段差や斜面のない屋内であれば  杖がなくても短い距離なら歩けるのだが お出かけの時は 妻が歩ける場所を探りながら 「ここ 歩ける?」と 声をかけ 時にはそのコースを歩かないこともある 今回の旅の中で  特に訪れたかった場所が 八戸市の根城跡と二戸市の九戸城跡 どちらも戸外で 平坦な場所だけとは限らない 「2時間くらいは 雨は降りそうにないね」と スマホで雨雲の動きを確認した私たちは ガイドハウスから 傘を持たずに移動開始した 三の丸に位置するガイドハウスからすぐのところに 外堀を上がり降りする 手すりが付いた階段があった 早々に 妻は難儀するのだが  妻は元気な声で「大丈夫 歩く」と意気揚々 今回 妻が一番訪れたかった場所なのだった そこから曲輪(くるわ)となる通路をしばし歩き 南側の深田堀(ふかだぼり)と呼ばれた  人や馬が歩けないほどの泥濘の堀の上に 今は舗装路がかけられた道を ゆっくりと歩くと そこから見えたのは 二の丸切岸(きりぎし)という要害の姿だった 蔓性植物に覆われてはいたが 部分的に見えたのは 火山灰と思われる堆積物が浸食により露頭した天然の要害 この垂直面には いくつも穴がみられたが  おそらくは木の根が腐れた跡と思われた  高さは10mほどになるのだろうか  不自然なほどに垂直になっていることに驚いた 二の丸切岸(きりぎし)と呼ばれる崖だけに  おそらくは 切り立つように下部が掘りこまれたのかもしれない この城跡は3方向が川となっていて 馬渕川に面する場所は さらに高さのある断崖絶壁となっている これが 豊臣秀吉による奥州再仕置きで 豊臣軍と九戸政実公の軍が戦った城跡 秀吉の甥である秀次を総大将にして  井伊直正 浅野長政の高名な武将ら...

歴史探訪に出かけてきた その1

イメージ
妻と一泊で 歴史探訪の旅をしてきた 前回は 津軽旅で  今回は 南部藩の歴史探訪 八戸市と二戸市 時代を違えた今では 2県をまたぐことになる訳で 八戸は青森県で 二戸市は岩手県の自治体 ところで 戸と書いて「へ」と読むが 「へ」って何?というと 諸説あるらしいが 決定的な解釈はないらしい 自宅を朝7時に出て 三陸自動車道を利用して北上 終日 晴れの予報で 気持ち良いドライブが楽しめそうだった 気仙沼から宮古の北までは トンネルが多いが 次第にトンネルは少なくなり  表土が十和田噴火で埋もれ 海から100mほどの断崖の上にある台地の上を 広い空と海を眺めながら ひた走る ここは三陸海岸線の中でも とりわけ好きな風景である この日は とても天気が良くて いつものように 「道の駅おいすた山田」で最初の休憩 そこから さらに北に走り 久慈市の北にある「道の駅いわて北三陸」でも休憩 ここに来ると 毎度のように ポケモンの個性的な遊具を眺めて そして必ず  ポケモンが大好きな 孫娘3号の話題になる私たちだった ひとしきり ショップ内も眺めてから  北に向かった 階上岳周辺になると  美しい秋の空と海  右手に広がる 大規模な海岸段丘を眺めることができた そして 目線の先の低地に広がる八戸市が見えてきた  この景色は 三陸自動車道の終点を 広く見下ろすものであり 八戸に来たなと実感できる風景だった 気仙沼市から 休憩を挟んでも4時間弱という行程 時間は昼前で  先ずは 根城公園内の八戸市博物館駐車場へ向かう 駐車場の目の間には こんな騎馬像があった この騎馬像は 南部氏の始まりである師行(もろゆき)公 この台座の反対側には 南部氏は 後の岩手県盛岡市を中心とした南部藩の祖である 事前学習は進んでいたものだから 妻も私も ああだこうだと話しながら 食い入るように資料を眺め  草書体の一次資料などにおいては その解釈で 妻とあれこれ話し合う いつもそうなのだが ほかの見学者と比べると 時間のかけ方がまるで異なり 昼前に入ったのに 気がつけば午後2時にならんとしていた まあ こうなることは予想できていたので 車の中には パンやおにぎりを買い置きしてあり 少しだけ空腹を満たした さて この博物館の隣には  師行公が築いた城跡があり 「根城」(ねじょう)という  日本のお城100選のひとつ...