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8月, 2024の投稿を表示しています

パイナップルとニンジン

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パイナップルがそれらしい姿になってきていて 花のことも記録しておこうと思って 写真を撮った 咲いてみて へえ~・・・と感じた 小さくて かわいい花 しかも そんなかわいい花の集合体が実をつけて  それがくっつきあってパイナップルになるなんて 栽培して 初めて気が付いた・・・ 全体像は 写真を撮っていて おや・・と気が付いた 上の写真には写っていないところに 脇芽が出ていたので 欠き取った 実の下にあった芽なので 裔芽(えいが)というらしい そして もうひとつあった こちらは かなり小さく 吸芽(きゅうが)というらしい とりあえず どちらも水に挿してみた 今後の育て方を理解できていないまま 水に挿したが まあ 外れてはいないだろうから 近いうちに 土を用意して  小さな植木鉢に 差し芽しようと思っている そして ニンジンの話題 まずまずのサイズが たくさんできた 何とも言えない形のニンジンもあったが しばらくは ニンジンを買うこともなさそうだ これで  毎日 ニンジン料理 それにしても 消費しきれるのかな・・・

贅沢な温泉宿を楽しむ3

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夜中は あまりの暑さに 何度も目が覚め その都度 エアコンの調節をしては またベッドに横になるという一夜だった 最上階は やはり屋根裏に熱が籠っているのだろうか 暑くて しんどい夜だった 自宅なら 硬めのベッドに ニトリのNクールのベッドパットとシーツ そして枕カバーと 夏モードで寝ているので ホテルのふかふかの 包まれるようなベッドで寝るのは やはり この暑さでは 厳しかったようだ 結局はあまり眠れず 4時半を過ぎた頃  妻も暑くて起きた 私はカーテンを開けて 外を眺めた 海水面に 潮目がみてとれるが この時は まったく気が付かず  ぼんやりと庭を眺めていただけだった 朝5時が過ぎ 大浴場が利用可能となることから 妻は 露天風呂に行ってくると言って  部屋を出た 正直なところ私は 寝不足で  あまり動きたくて  汗を流せれば良いと思い 部屋のシャワーを選んだ 風呂から戻った妻は 「露天風呂には行かなかった」 「下の内風呂に行ってきた」と 階下の内風呂に入ってきたようだった そして 「アイスクリームは食べなかったよ」と・・・笑 部屋から 松島湾を眺めながら おや と思い 目を凝らした 「引き潮になっている」と妻に話すと 妻も 潮の動きを理解したようだった スマホで潮汐表を見ると まさに 干潮に向かっている最中だった 「朝ごはんの後には 風景が変わっているな」と私 「どんな景色になるんだろう」と妻 「ここは 思い切り浅瀬だから 広い面積で泥が出てくるね」と私 椅子に座って 暫くの間 ふたりで海を眺めていた 時間になったので 「朝ごはんを食べに行くか」と私 昨夕に経験したが 食事が提供されるレベルからいっても 期待大の朝食 ちなみに 帰宅してから メニューを並べて撮ってみた 左が夕食 右が朝食メニュー いやはや朝食も 高レベルな内容だった 洋食メニューを中心にいただいたが すべてがおいしくて しかも量が多かったため 洋食メニューを制覇することができないほどだった  唯一 妻と共通して選んだのは  和食の出汁巻き玉子だった 出汁巻き玉子は なかなかの高レベルだったが 私が大好きだった 気仙沼の出汁巻き玉子とまではいかなかった  その出汁巻き玉子を作ってくれた料理人の親方は  残念ながら 既に他界し あの味をもう一度味わいたいと  期待を込めて あちこちで食べてはきたが 出...

贅沢な温泉宿を楽しむ2

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重い介護疲れを癒すため 近場でもある松島海岸の温泉宿「一の坊」で 1泊ではあるが おいしいものをいただき ゆったりと温泉を楽しんできた 利用した部屋は 松島湾が一望できる5階の部屋で 足の悪い妻と 腰の悪い私が選んだのは 当然ながら ツインベッドのお部屋 身体にトラブルをかかえた前期高齢者には 丁度良い部屋を選んだ 苦笑 写真の椅子の座り心地も好ましく  妻も私も 不満はなかった ホテルの客室にある椅子の多くは 私たち夫婦にすれば 不満点が多いのが常だったが 今回のこの椅子は   非常に稀な 合格レベルだった 椅子に座り 広い窓の外に目をやると 眼下に ホテルの庭園が見えた 有名な中島健氏が手掛け 7000坪の広さだという・・・ とはいえ 歴史的価値を持たない庭は・・・ 外を眺めながら 上げ潮の潮目に 私の視線は 奪われていた 潮の流れがとても速く 潮目までしっかりと出ていた・・・   「この辺りは かなりの浅瀬だったよなあ」と思った途端 ある記憶が 大量に蘇った 「そうだ ここは高城川が流れ込んでいたんだ」 高城川は 全長が7kmとちょっとという 疑問が湧き出るほど 短い流程 それもその筈で この川には 時代を越える 壮大な歴史ドラマがあった かつて この北部には 品井沼(しないぬま)という 伊達藩内で最も大きな沼があり 水害に悩まされながら 住民は 細々と暮らしを営んでいた 関ケ原の戦いを終え 江戸幕府が開かれた後  伊達藩政も安定し始めた 1600年代後半のことだった   当時の伊達藩4代藩主 伊達綱村が命じて より多くの米を育てるために 広大な品井沼を干拓することとなった 大量の水を 効率良く排水するために  最短のルートが選択され この湾に排水する計画が立てられた 農民が木製の農耕器具を使っていた時代に  鉄の道具が大量に集められ 松島丘陵に トンネル(元禄潜穴)を開け この湾まで掘り進んで 品井沼の水を排水したという しかも 全長の高低差が  驚くことに 僅か1.5mという 当時としては 超難工事だったことは紛れもない事実 僅かな高低差を 生かすため 夜間に 提灯を糸で繋げて その糸に油を流して 高低差を見定めながら 掘り進んだという・・・ もちろん この時代だけに  日当を払えず 意図的に死者を出すなどの黒歴史もあったという 少しばかり歴史好きな私は ...

贅沢な温泉宿を楽しむ

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一昨日と昨日は 最高気温が26度程度と  気仙沼としても だいぶ暑さが和らいだ日を過ごした 昨日は 二十四節季の処暑でもあり  暦の上では 夏の暑さもピークを過ぎる時節 とはいえ 娘や息子が暮らす地域は 毎日のように猛暑日になっているので 孫たちも さぞや暑い日々を過ごしているのかと 心配になってばかりいる かくいう気仙沼市は 今年になって猛暑日は一度もなく ここ数年続いていた猛暑日のつらさを忘れ  三陸海岸ならではの気候になっていることに安堵している 気仙沼市は気候も涼しく あの震災からは想像できないほど きれいな街になっていて グルメとスローフードの街として 人気も上昇しているので ぜひとも 旅行先として 訪れて欲しいと思っている さて 話は変わり・・・ 今年当初からの計画で 8月の最終週に7泊8日の予定で 妻とふたりで  北海道の十勝とオホーツク海岸を散策する予定で準備していた  この3月末には 宿の早期予約をすべて終え 頭の中では しっかりと旅のイメージが出来上がるほど 時間をかけて 旅程を練り上げていたのだった・・・ もちろん手段は  太平洋フェリーで仙台から苫小牧に渡り 道内を自分の車で移動するという予定だった 両脚に障がいがある妻には  それが一番負担のない旅行手段なのだった しかしながら この5月ごろから 義母の介護状態がさらに進んでしまい 7月半ばごろに 北海道旅行の計画を中止することが望ましいと判断した 全ては 義母の施設ロングステイの最中に  私たちの夏休みとして しっかりと気分転換を図りたかったのが 旅行計画の始まりだった・・・ そして義母は 予定どおり 8月初めから10月末までのロングステイとなった 今となれば 残念な思いもあるが 北海道に行くことを 中止して良かったと思っている というのも 義母の体調のことで 施設から週に2度程度 連絡が入る日が続いていて すぐに帰宅できる範囲で過ごすことが 最善と思われる状況になっているからであった 現に 20日に予定していた温泉宿に向かう車中と  帰宅していた22日にも 義母の体調について 施設から電話が入った・・・ とはいえ 重い介護負担から離れられるタイミングで  私たち夫婦が 少しばかりの夏休みを楽しんだとしても 誰からも批判される筋合いはない そこで 状況を判断しながら 無理なく帰宅できる範囲...

早々に墓参りから帰宅して

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私の両親と兄が眠る墓参りをしてきた そんな一関市の今日は 外気温が36度だった・・・ 途中  夏の青空の中 数多くの入道雲が観察され 見事なまでの景色だった あまりの暑さに 墓地を早々に退散して 一関市内の いつも訪れるスポーツ量販店に入り  涼みながら アウトドア用品を見てきた コールマンのオールステンレス製のBBQ用グリルが セール価格になっていたので しばし悩んだが 義母と妻と私の高齢者3人では  庭で焼肉をする筈もなく 今ある 二人用の卓上グリルですら出番がないというのに 何を考えているんだか・・・苦笑 その間に妻は お気に入りの衣類をみつけたようで しっかりと篭に入れていた 車に戻ると まだ午前11時にもなっていない もう少し ウィンドウショッピングでも楽しもうかとも思ったが しんどい暑さの中で 無理をするのも危険なので おとなしく 気仙沼の自宅に戻ることにした そんな訳で 少し遅い昼食は 冷たいもり蕎麦 薬味は 私が育てた すりおろした辛み大根を 蕎麦に少し混ぜ エアコンの効いたリビングで 夏の風味を楽しんだ 辛い 辛い・・と言いながら 妻と食べる蕎麦 薬味としての辛み大根は絶品で 暑さを忘れる美味さだった

台風5号の被害なし

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ほぼほぼ気仙沼市を直撃した台風5号 むしろ直撃だったから 被害が少なかったのかも・・・ それにしても 岩手県北の雨量の凄さに驚いた 三陸海岸沿いは 大船渡から北に 線状降水帯ができ 陸前高田と気仙沼は さして被害が少なかったようだ 気仙沼市は高齢者避難の命令が出たのだが 前期高齢者夫婦である私たちにすれば 避難場所が川に近い低地なので 道路冠水の可能性がある場所に行くために わざわざ山の尾根から 降りて行く必要はなく 自宅で おこもりしていた・・・ 当の台風の現状は 風は さして強くなく  雨も さして強くなく 無事に 警報解除となった とはいえ 次なる6号の進路予想は  ※画像はTenki.jpから 今のところ 同じように三陸海岸に・・・・ はてさて どうなることやら・・・来ないでくれ~

台風5号が直撃・・・役に立たないでほしい災害準備

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気仙沼市をほぼ直撃する形で 台風5号が来る 東北の太平洋岸を直撃るするのは とても珍しく しかも過去に経験したことのない規模だけに  まったくもって 被害予測ができない・・・ そのため 自分の記録のために綴っておくことにした なお 画像はすべて Tenki.jpからお借りした そして 風や雨の予想は この図からは 気仙沼市の暴風は北風で・・・ さらに 降雨予測は いやはや 困ったことだ・・・・ 宮城県民からも見放されたように 「岩手県気仙沼市」とも揶揄され続けるのが気仙沼市 宮城県北で 気仙沼市のみが岩手県側に突出する形のためではあるが 事実として  鉄道で結ばれているのが 岩手県一関市であり  経済圏域としても 一関・大船渡・陸前高田市が運命共同体 それにしても この48時間雨量予測・・・ 三陸海岸全域で 様々な被害が想定される・・・ 我が家の立地条件は 山の尾根なため 水害の可能性はゼロ 災害マップ上の 土砂崩れ予測のエリアでもない なので 風による住居の破損や 森に囲まれているための倒木被害が 想定の範囲となる・・・ 道路の冠水による移動制限は 過去の経験からも想定内なため 昨日 近隣のスーパーで 必要な食品の買い出しを済ませた 加えて 義母がロングステイで施設にお世話になっていることも幸いだった とはいえ 安堵はしていられない 地域の経済に対する打撃は必至・・・ リアス海岸特有の海から切り立った山々があるという その特異な地形がもたらす 短時間で河川増水に至る被害は著しく 道路の破損などは 過去において幾度となく発生している 何であれ 牡蠣やホタテなどに代表される水産業や 農業への被害は甚大になるであろう 11年前の震災以降 電気や通信インフラは 十分過ぎるほどに強化されたが 倒木による 停電は どうにもならないので 3台あるポータブル蓄電池を  昨夜のうちに 80%充電にしておいた 今日と明日の最高気温は26度程度の予報なので エアコンが動かなくても問題はなく  冷蔵庫は ポータブル電池で10時間は稼働できる 夜間照明にかかる電池も  マキタの大容量バッテリーが5本もあるので問題なし それらの電池に充電するための 発電機(CB缶で稼働)も 1200Wで 連続30時間分のガスを確保している   飲料水も妻とふたりなら 炊事も含め3日分は確保している 西側に用...

答えが見えてきたパイナップル栽培

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3年前のことだったが パイナップルの最大輸出相手国だった中国から 嫌がらせを受けた台湾が  パイナップルを大量に処分するしかなくなった そんな状況を受けて  気仙沼市の市民が 震災支援でお世話になったからと 台湾から大量に買い入れることを決意し 市民をあげて それを購入することにした その際  私も買うことで ささやかなお手伝いをすることにした たいへんにおいしかったことは言うまでもないが 食した後 切り取った部分を 鉢植えにして育ててきたのだが・・・ 以来 3度の冬は リビングの南側掃き出し窓の際に 鉢を置き 夜になれば 暖かい場所に移動し 2度の夏は ウッドデッキに置き 3度目の夏も これまでと同様にウッドデッキに置いていた 7月30日 水遣りのため鉢の傍に立った時だった パイナップルの変化に 思わず声を挙げてしまったのだ なんと 結実していたのだ 正直なところ 実がなることは期待していなかった というのも  寒い東北地区で しかも 温室もない家で パイナップルが結実する筈もなく  諦めかけていた3年目だった 妻に声を掛けたら  その姿に妻も驚いていた そこで  身近にある ハイポネックスを入れる回数を増やすことにした そして8月4日の姿は 首が伸びてきた ここで やっと パイナップル栽培の方法を調べてみると やってはいけないことだらけだったことに 初めて気が付いた・・・ まったくもって 出鱈目な栽培管理をしてきたことを 今になって 知ったのだった・・・   とはいえ 運良く ここまで育ってくれたことに感謝し 少しでもかわいい姿になるよう手をかけたいと  気持ちを正すことにした という訳で  先ずは 夏場の直射日光を避け 半日陰に移すことにした・・・ この2月に記事にした 自宅のリビングで栽培した 孫3号が種を植えたメロンのこともあったが 孫が植えた種を実らせたいという  切実な爺さんの願いなどは 皆無で しかも  こんな寒い地域で育つ筈もなく 「どうせ無理だろう」という テキトーなスタートを切った 恒例の栽培遊びだったが  今更ながらではあるが 少しだけマジになった この栽培報告は いずれまた・・・  

自家栽培のカブ そして介護の現況

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花壇のような畑で栽培する カブの収穫が始まった 花壇のようなと書いたのは  コンクリートブロックで囲った 畳1枚にも満たないサイズの畑で カブを植えて 楽しんでいるからだ 写真の背景は 今年のバジル栽培の状況で 大豊作となったバジルは 葉が大きく味も濃い・・・ さて カブの話  カブは妻が大好きで 特に味噌汁の具になるのだが 次々と収穫するカブを使って 煮物をするなど 妻は あれこれと工夫し おいしくいただいている さて 話は変わり  義母の介護の状況が大きく変わってきた 実は 間もなく始まる義母のロングステイを利用して  6泊7日で 北海道の道東に行こうと計画し 今年3月末には すべての宿の予約を終えていたのだったが 義母の介護状態が 急に変わってきて 私たちが長い旅を計画するのは  もしもの場合に対応できないと思われる状況になってきたからである そこで 残念ながらも 予約していた宿を 全てキャンセルした・・・ 悔しいことだが これもまた仕方ない 結婚して42年になる私たちだが  4人いた両親のうち3人を送り  最後のひとりとなった義母を  4年前から 我が家で受け入れ 介護しているのだが この5月ころから 自分で食事ができなくなり  さらには  歩かせることが危険な状態になり 介護レンタルの車椅子を使用するようになった 通院するにも 妻と私のふたりがかりとなり 義母を車に乗せて 車椅子を積み込んでの移動 食もさらに細くなり 体重も減り 痩せ細ってしまった義母 93歳という年齢からも  当然のことだが  必須アミノ酸の吸収が悪くなるばかりで 咀嚼も容易ではなくなったこともあり そのため流動食が中心になってしまった こうなると 私たちが長旅に出ることは やはり無理と考えるしかなく 長くても2泊3日がせいぜいで  すぐに旅をキャンセルして帰宅できる範囲に限定することにした 私たちも 健康不安がある前期高齢者だけに 少しでも元気なうちに 北海道旅に行きたいことは事実だが  ここは我慢するのも人生である 家庭での義母の介護にも 限界が近づいている気がするが 介護施設への義母の入所申し込みを 複数の施設で終えているが この気仙沼エリアでは 入所待ちが多く いつになるかは霧の中・・・  最も心配なのは 人口骨が入っている妻の両足で いくら私が 妻をサポートしても 妻の足の状態...