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2026十勝旅 5連泊のホテル

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6月1日午後3時過ぎになったので キウス周堤墓のガイダンスセンターから  道東自動車道を帯広に向けて走らせると  他の車の速度超過ぶりに驚きました 私の運転は 他車に迷惑をかけるほど遅くはありませんが 後方から追い上げて来る車の速度超過は著しく  何故か行列の先頭になってしまうことが繰り返されました 芽室に入ると  日高山脈越えのフェーン現象によるもので 車の外気温系は33度を示していました 道東道を降り 帯広の街中に入ると  どの道も広くて 走り易いことに あらためて感動した私 昨年も通った道なのですが  今年もまた そう感じたのです この道路環境は異質で  街づくりの根幹を アメリカに倣って 広い道路を軸にした町の発展を計画したということは有名な話で どこに向かうにも快適な道路環境には ほとほと敬服しますし つくづく羨ましいなあと思った私でした 16時40分ごろ  帯広駅前の見慣れた角を曲がると  ホテルの駐車場が見えました 昨年5連泊したホテルに  今年も5連泊の予約をしていたのです どんだけ十勝が好きなんでしょうね 自分でも 笑えます リッチモンドホテル帯広駅前の ジュニアスイートルームは 私たち夫婦には 願ってもないような空間なのです 料金は 通常の部屋よりは少しお高いですが 昨年も利用してみて  何よりも 過ごし易さが最優先と考えてのことでした 昨年は4階でしたが 今年は12階で 部屋のドアを開けると リビングがあります 撮影のためにカーテンを開けてみました 角部屋なので 窓は全部で3か所あり そのうち駅側の2か所からは 駅の姿が かなりの高さから見下ろせました さすがの12階で かなり遠くまで見えましたね 駅の向こう側に見える 地平線とも思えるような広がりが 十勝平野の大きさを 一層感じさせてくれる部屋でした 妻も うれしそうに窓の外を眺めていました 「また帯広に来たね~」と  十勝の食料自給率は 驚くばかりの1200%という数字 酪農製品はもとより 野菜の美味しさまでもが別格 妻のお目当ては 昨年食べられなかった美味しいものを とことん食べて帰ろうと計画していたらしく 出て来る観光先は 食べ物屋ばかりで・・・笑 さて 部屋の間取りは  大画面のテレビの向こう側には 寝室があり  寝室の右側には 水回りが集中していて 洗面ボウルの向こう側には 洗濯機が...

2026十勝旅 苫小牧から帯広まで

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苫小牧に上陸した私たちが真っ先に向かった先は リーズナブルで満足できるお昼ご飯を手に入れるため 千歳市にある 道の駅サーモンパーク千歳でした 買ったものはといえば 生のたらこと焼きたらこのおにぎりと 小サイズの5色海鮮丼 おにぎりのお店の名前は「なまら旨おにぎり」 「なまら」は北海道の方言で「とても」という意味があり その名のとおり おいしいおにぎりということで事前学習していました 生ものの鮮度や味には  すこしうるさいと自負する気仙沼人の私たちなのに なんで 千歳まで来て これを買うの!!って 疑問に思われるかもしれないですね・・・苦笑 とはいえ 道の駅の中は 平日だというのにかなりの混雑ぶりで 座って食べる席もなくて 車で移動して静かな場所で食べることにしたのです その静かな場所というのは 時間の関係もあり  ここしかありませんでした 車で20分ほど移動し  その目的地に着くと 「おぉ!」と声が出てしまいました 昨年は砂利に駐車区画のロープを張っていた駐車場でしたが 今回は しっかりと舗装された綺麗な駐車場になっていました 管理する千歳市の心意気を感じました なにせ世界遺産登録のひとつですからね・・・ そこは 再訪となる キウス周堤墓群ガイダンスセンターです 止めた車の中から ハルゼミ(春蝉)の可愛らしい鳴き声が 賑やかに聴こえていましたが 道の駅の喧噪とは別物の 綺麗な森を見ながら  駐車場の車の中で のんびりと昼食をとりました 上陸した最初の食事が車の中でいただくとは 予想もしていませんでしたが  買ったおにぎりは 名前のとおり なまら旨いおにぎりでしたね もちろん  5色丼も 妻とシェアしていただきましたが  間違いのないお味でした さて 昨年に続き2度目となった ガイダンスセンターですが 内部の展示内容を 再度学び直してから  あれこれと妻と会話して気づいたのは  昨年 自分たちが学んだことが  頭の中からだいぶ消えていたという事実でした・・・苦笑 ガイダンスセンターの窓越しに 緑が濃くなった 遺跡の周回路の入り口が見え  妻が 「また歩きたいなあ」と言い出し 「上陸初日から 結構な距離だよ 大丈夫なの?」と聞く私 妻は 何としてでも歩くと言い張るので  この日の予定を変更して ここに時間を費やすことにしたのです 気持ち良い木漏れ陽の中を歩きだして  再...

2026十勝旅  初日から翌朝まで

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ブログのスキンを変更しました いかがでしょうか? また これまでは常体文で書いてきましたが 敬体文に変更します  7泊8日で 北海道十勝地方への旅をしてきました ざっくりと旅程を並べると 5月31日日曜日 午後19:40発 太平洋フェリー「きそ」で仙台港を出港 6月1日月曜日 午前11時ごろ 北海道に上陸 帯広に移動 6月2日火曜日 釧路湿原へ出発 6月3日水曜日~5日金曜日 帯広市内見学 6月6日土曜日 ホテルを出発し 白老町へ移動 太平洋フェリー乗船 6月7日日曜日 仙台港着 帰宅 という流れでした 先ずは 5月31日 日曜日のこと 仙台港から出港する 太平洋フェリー「きそ」の 夕方6時前には 乗船手続きをしなければならず 午前中をかけて 持ち物を再度チェックして  愛車に積み込み のんびりと自宅を出発しました 妻が夏用のカーディガンが欲しいというので 仙台港近くの無印良品のお店に寄ったあと 乗船手続きを済ませて 乗船しました 今回で7度目となる太平洋フェリー利用でしたが 「いしかり」と「きたかみ」ばかりで 「きそ」は初めてでした 今では「いしかり」や「きたかみ」は 新しくなっていて 「きそ」だけが 最も長く運航されている船体なのです  かつて札幌・旭川・富良野を旅した時に往路で利用したのが 旧「きたかみ」でしたが その時に悩まされた 船体の軋み音などや  エンジンマウント部の制震不足が 今回の旅でも 唯一の不安材料でした とはいえ 波予測の状況は  波高 波周期 風向 風速の予測を 私なりにまとめても これ以上にないくらいの最高の船旅だと 確信していました  今回は 昨年の「きたかみ」で経験した特等洋室を予約していて 妻が入り込んでいますが・・・ 部屋は狭くて ベッドも寝心地が悪かったですね  この時 港に停泊している状態で エンジンの振動が感じられ 制震不足は古いから仕方ないかなと感じていました 夕食を船内レストランで食べて感じたのですが そのあまりにコスト優先の提供状態で  10年ほど前に感じたような 美味しさからはほど遠くて このレベルで 店を構えていたら 客も入らず 閑古鳥が鳴くような最悪レベルで・・・ コロナ禍  ウクライナ・ロシア戦争 ホルムズ海峡封鎖と 燃料代高騰と それによる食材費の高騰で 仕方ないとはいえ  昨年の十勝旅では ブログに...

ささやかな夢だったこと(追加修正あり)

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昨日に投降した内容の時間軸が前後していたり 文章的に不足していたことで  読んでくださる方々に申し訳ないと思い 修正を加えたことをご容赦願いたい 私には 子供の頃からの ささやかな夢があり それが 60年ほどの時を経て 今 やっと形になってきた感がある とはいえ 人はそれぞれに人生の荒波があり 御多分に漏れず 私にも何度か訪れた でも今は 共働きで苦労した子育ても すっかりと終わり 子供たちも家族を持ち 経済的にも完全に自立し 残った親の介護も 義母ひとりだけとなり その義母も 8年間続いた自宅介護を経て  昨年から施設にお願いすることができた 介護生活から解放されて1年半が過ぎた今 私が 中学生のころに思いえがいていた ささやかな夢が やっと形になったような気がする その頃の私の家は 父が経営していた仕事が傾き さんざんな貧乏生活を強いられていた時であり 思春期の入り口にあった自分にすれば 将来の自分の家族には 経済的な苦労だけは絶対にはさせたくない そんな思いを持ち続けて 今の年齢になった  その頃は 自分がどのような仕事に就きたいかも 定かではなかったが  自営業だけは絶対に嫌だと自分で決めていた その願いどおり 安定した職業に就くことができ 退職して10年が過ぎた今 現職時代に繰り返した仕事上の失敗や後悔 そして  精神的に だいぶ追い込まれていた過去も  時間とともに薄らいできたことが何よりだと思う 今年70歳となる私だが  まだまだ幼い自分がいることは事実 その部分は 妻がしっかりとカバーしてくれていて 良い妻と巡り合えたことに 感謝するばかりである 妻の今は  あの震災後に 片足ずつの手術を経て 今では両足に人口骨が入り  身体障がい者手帳を持つようになったが 歩けなくなると思っていた不安が 妻の努力で消え 家の中では クラッチ(杖)無しでも歩けるようになった 施設にお願いしている義母の面会も  自宅から直近の施設でもあり 気軽に通えるのが 何よりもありがたい 今の暮らしは やっと追い求めていた 柔らかな風が吹く 森の中の静かな日々となった とはいえ 最近のクマ騒動で 不安な気持ちもない訳ではないが ふたりの時間を少しでも長く楽しみたい そんな思いから 年に数回の旅を計画している 今年は 金沢に続いて 北海道への旅も終えた 北海道旅は 昨年に続き2度目...

予約注文していたものを手に入れた

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昨年に購入していたコメリ製のレジャークーラー(22L)は ひときわ優れたコスパで 活用度も高かったが 車旅を楽しむ私たち夫婦にすれば もう少し 小さめのサイズも欲しいと感じていた そんな折 この春先に 2026年モデルが発表され 新たに 15Lサイズが追加されたことを知り 即 ネットで予約注文をしていた 大きな街ならば 既に店頭に多数並んでいるらしいが 過疎化が止まらない田舎では 最寄りの店頭に並ぶことはなく 5月19日に やっと手に入れることができたのだった 22Lと同様に真空パネルが入ったモデルで メジャーな他社製品の 4分の1程度の価格で しかも性能は同等(以上?)という 驚きのコメリ価格・・・ レジャークーラーは 今や必需品であり いろいろなサイズがあることは望ましいが 保管場所に困るため 敬遠されがちな 生活用品でもある  我が家の場合は あの震災経験から  災害時に冷蔵庫から食品を移動するため  ハードタイプの 53L(冷蔵品用) 40L(冷凍品用) 旅行(車載)用として  とりわけ長時間の保温が効く ハードタイプ(真空パネル)が  22L(昨年購入) 15L(今回購入) 日常的な買い物用として ソフト タイプ(折りたためる)が 20L 7L そして 海釣り専用として 魚臭くなってしまった  ハードタイプの 17Lがある 総数は 7個 かつては 70Lというサイズ(海での大物釣り用)もあったが 船で沖に出かけることもなくなったので 欲しい方に差し上げた あると便利なレジャークーラーだが 置き場所に困るということも事実 我が家も サイズを考えて  家の中に分散させるしかなくて・・・ 私たち夫婦のお楽しみが車旅であり 特に今回の購入で  旅の楽しみが さらに広がった さて 次なる旅行計画は・・・

2026年5月15日の地震について

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 震源地が まさに気仙沼沖の直近だった 気象庁の発表では 気仙沼市の震度が4という発表だが 我が家は それどころのレベルではなかった 我が家の地盤の影響もあるかとは思うが 震度5は確実にあったと思われた まずは 妻も私も無事であり 家の中の破損等は無かったのだが  2階の書斎の本棚から数冊落下した程度で済んだことは幸いだった  これから 本棚の耐震部の緩みを確認し 必要に応じて 対応するつもりである 自宅外壁の破損やひび割れ等については 明日の朝に確認しようと思う あまりにも震源地が近いため  スマホの警報は 地震の後になっていた あの日のことが 瞬時に思い起こされた私たち夫婦だった

藤の花の季節になり

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我が家の周辺の藤の名が咲き出した いつも連絡してくださる友人の投稿を見て 一関市松川にある藤棚を見るため  妻と出かけてきた その友人の自宅すぐ近くの道路を通過して 辿り着いた場所は こんな奇妙な案内が建っている場所で 「東北砕石工場」の名が刻んである この工場は あの宮沢賢治が病に伏す直前に働いていた工場で ファンの方なら 一度は訪問したことがある場所 この藤棚は その工場裏の斜面の上にある 見事な花穂の長さは いつも圧巻で 一眼レフ持参の女性が 夢中になって撮っていらしたのだが 邪魔にならないよう離れて動いていた私たちを 気遣ってくださったのか  女性から声をかけていただいた  この日の夜から 夜間のライトアップがなされる予定だとか・・・・ 全国的にみれば 規模は小さいのかもしれないが  私にすれば 何物にも代え難い場所である つい先日のことだが  庭を掃除したばかりだというのに またもや 暴風警報が出て  我が家の自宅南側敷地の砕石部分には 西側のスギ林から 大量の枯れ葉が落ちて 手前となる東側から西へと またもやブロアーで吹き集めていたが ここまで集めてみて 今回の量に驚いた訳で・・・ こんなにも風が吹き荒れたのは この場所に住み始めてからの30年で 初のことだった 昨日 お天気に誘われて  藤の花を見ようとおでかけしたのだったが 花を見るまでは 暴風の被害はなかったのか 少しばかり不安だった私・・・ とても良い状態だったことに安堵した  毎年恒例のお楽しみであり 管理されている地元の方々に感謝するばかりである 藤の花を愛でてから 平泉にある和菓子店に お気に入りの菓子を買いに行き 一関市内で食事と買い物を楽しみ のんびりと帰宅したのだった 夕食後の話題は 今年再訪する予定の 北海道帯広市の話や 釧路 富良野の観光情報について 妻の希望を踏まえながら あれこれと話をした 昨年は 桜の花が咲き出す直前の帯広を訪れて  雪が残る十勝地方を楽しんだが 今年は 花が咲き乱れる季節の帯広を楽しみたいと思っている