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哀れな姿に

太陽を受けて 燦々とした輝きを放っていた福寿草だったが あっさりと  イタズラ烏によって 無残な姿になってしまった 早春の喜びを具現化したような美しい花が 見事に姿を消したのだ こういう時の  私の落胆は大きく 悶々とした心の状態になってしまう これで   庭から花が消えて 次のムスカリ そしてレンギョウの開花まで だいぶ待つことになる 花が消えた花壇というものは まさに真冬の花壇に逆戻り ふう〜〜・・・・

綴ることが好き

自分では  まったく思ってもいないことだが 私の文章力が高いと 以前に   数名からお褒めの言葉を頂戴した 自分では  うまいとは決して思っていない 読み手を考えての文章表現は 高校時代からの癖もある 新聞部だった訳でもない さらには 読書好きだった訳でもない 理屈をこねまわして 父と口論になったこともある 癖のある少年のひとりだった私も 年が明けて   齢62を迎えたばかり 大学時代は   売れない詩集を出していただなんて 千葉在住の妹も知らない事実

春の庭いじり始まる

凍った土が溶けてきたので 動いたものを元に戻す作業を始めた 土が凍り   子供の頭大の庭石などが浮かされて それが溶けると  以前の場所には戻らないもので 少しずつずれてしまう それを修正するのが 毎年のように行われる   春先一番目の作業 しかしながら腰も左肩も痛むので 作業範囲は限られる そんな状態ながらも 長いこと家の中で動かない日が続いたので 外で動いたので   気分は上々 杉花粉も飛び出した さらには北東北まで   中国からPM2.5が飛来しているのとの様子 まあ   春だから そんなもんだろう

だいぶ早いので驚いた

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今回はチューリップの話題 自宅の南庭に置いた   鉢植えのチューリップ 密植したものだが   次々と芽が出て来た これには驚いた 東庭の花壇に地植えしたチューリップの球根は そんな素振りもない 鉢に触ってみたら   かなり暖かかったのだ それにしても  例年より  早過ぎる

福寿草という花は

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福寿草という花は 稚拙な私の技術では 写真に撮るのが難儀な花で 強い日差しでは   花の細部まで撮れず かといって 日陰では   華がない だからこそ  晴れた日に撮るのが大切だと・・・ まあ   ほどほどに撮れたと自己満足

早春を味わいたくて

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立春もとうに過ぎたが 庭の雪も溶け 渡鳥のツグミが   毎年のようにこの時季に庭に来て 俄かに動き出した虫を啄ばんでいる チョンチョンと餌を食べ   背伸びをして また食べることの繰り返し そのリズミカルな動きが   愉快なことで しばし見入ってしまう 人の姿への警戒心が強く 安易には近寄れない さて   今日はとても暖かく 午前11時で  外気温は6度

春の妖精

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スプリング エフェメラル 春の妖精 そんな素敵な呼称を与えられた一群の花 そのひとつの福寿草 早朝に見た時には 昨夜の雨が凍り ベールのように覆っていたが 陽が昇り   水滴となり 風情を醸し出す

肩の痛みがありながらも

痛みの続く左肩には 既に3回目のブロック注射を終え 僅かに回復傾向に進んでいる 厳寒期のこの時季は    例年のことだが 蛇や蜂 そして漆などの   害のある動植物が活動していないこともあり 自宅裏の法面の芝刈り作業をすることにしている 伸び放題にすると 大きくなった樹木が   自宅に影響するため 毎年のように   自宅敷地に面する法面の手入れを欠かさないようにしているのだ

理解不能な今を どう生きていこうかと・・・

ここ数日  ご近所さんや出先で知人に会うと 「お寒いですね」が社交辞令になっている マスコミは   世界的な規模での大寒波と報道し あちこちで   悲しいことに凍死者も出ていると報道されている 確かに寒いとは感じるが どうにも腑に落ちない・・・ 夏は「温暖化」だと騒ぎ 冬は冬で「大寒波」と騒ぎ はてさて    地球規模での温暖化は進んでいるのだろうか あまりに浅学の私には分からない

ガソリン価格に驚いた

今朝の寒さは大変だと 全国ニュースでは大騒ぎ 今朝   起きて 外気温計を確認すると・・・マイナス5・・・って 普通の気温 盛岡市がマイナス10度だと  NHKでは 寒い寒いと報道していたが 盛岡でのマイナス10度って   騒ぐほどのことではない 盛岡からずっと南に位置する我が家でも 数年前の正月元旦に   マイナス13度を経験したのだが 今朝の   アルコール計の表示はマイナス5度

ついに諦めて通院

左肩の痛みの激しさが増して まともに睡眠ができなくなってしまったため ついに諦めて   ペインクリニックへ通院した 昨年の右肩の肩関節周囲炎での通院経験から まだ大丈夫かと思っていたのだが 同級生の医師からは 「ここまで酷くしてしまって」と叱られてしまった

荒れ放題の舗装路の修復計画が出されたが

もう「被災地」とは   個人的には呼びたくもない 壊滅的に破壊された街並みも 新しい姿にどんどん変わって来ているのだから 「被災地  被災地」とマスコミはいつまでも呼び続ける きっと   そう呼ぶことがマスコミとしては安易なのだろう それにしてもいつまで   そう呼ばれ続けるのだろうか あと1か月ほどで   またあの日がやってくる あれから8年にもなるのだが 未だに我慢の生活が続いている