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収穫の楽しみと寂しさと・・・

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 東庭のレイズドベッドにしている 低めの花壇で ニンジンの収穫が始まった 春先は チューリップが咲いた花壇であり 昨年は チューリップの後にバジルを育てた場所に  今年はニンジンの種をたのだった 一昨年  ここはシシトウを植えていたので ナス科植物の連作障害を避けてのことだった 北側に並ぶ場所には 既に キュウリも次々と収穫が続き 家計的にも助かっているかことは事実だが それ以上に 収穫の楽しみは大きい ニンジンは 同時期に収穫となりそうで ふたり暮らしには 結構な量であり こんな時は 保存の仕方が鍵となる  そこで  紙に包んで冷蔵庫の野菜室で立てて保存することにした スティックサラダにして食べてみると  しっかりとした甘みが感じられ うれしくなる お煮しめにして食べてもみたが  やはり その甘さに 妻も喜んでいた 話は変わり 先日 大きなショックを受けたことがあった 高校時代に同じ部活で 仲良く過ごしていた友人が亡くなった 癌が発見されて わずか1年で他界したと お嬢さんからの報せで知ったのだった 5年ほど前に 会ってからは  しばらく会わないままでいた その友人のSNS投稿は 見ていたのだが まさか こんなことになっているとは・・・ 振り返れば 確かに  ここ最近は めっきりと投稿が減ったいた とても悔しく そして残念であった 仲が良い友が減っていくのは 寂しいことだ あの未曾有の災害で亡くした たくさんの友人知人を思い出し 酷い虚無感に苛まれた数年間が  突然 フラッシュバックした私だった 長く生きるということは こういうことなのだろう 今は この夏 帰省してきた孫娘4人の姿を思い出すように 何かと話題にしては 笑顔になる私と妻 大病を乗り越えて  今の生き方を磨いている妻 私にすれば その笑顔が日常にあるだけで 何よりもうれしい 残された親は義母ひとりとなり  今年95歳 70歳の自分たちが  長旅に出られるのは あと何年あるのだろうか まだまだ 出かけたい場所がある・・・ 義母の状況から判断し 妻と話し合った結果  今後の旅は 1泊2日程度とし しかも  2時間ほどで帰宅できる場所に限定することにした それにしても昨日の雨は酷かった 息子が暮らす東京都も 大変な状態だった 千葉県在住の妹や 石川県にいる大切な友人のところも さぞやと思った 今年の...

孫たちの帰省

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お盆期間は ふたりだけの暮らしから  最大で10名の暮らしに変わる とはいえ 今回は 息子の伴侶は どうしても仕事の都合がとれず 息子が娘たちを連れて 新幹線での帰省となった なので今年は 9名でのお盆となった ご先祖様には申し訳ないが 墓参は お盆期間を避けて 済ませる予定で 先ずは 孫たちへの対応に注力するのが常 娘のところは19歳と17歳の孫娘 息子のところは 8歳と4歳の孫娘 大きな孫たちが 小さな従妹を相手して それはそれは 賑やか過ぎるほどになる それを 妻も私も 目を細めて過ごす 妻も私も 身体的な都合から  なかなか遊び相手とはならないので  大きな孫娘たちが  家の中で 汗をかきながら たくさん遊んでくれた 娘家族が 1泊だけして 生活根拠地に戻ると 小さな孫たちの元気な声も 少なくなる そこでジイジは考えた  ウッドデッキに小さなビニルプールを置き そこに水を貯めて 南庭に向かって  水鉄砲を思い切り楽しませることにしたり  マンション暮らしでは経験できない花火遊びは 50坪サイズの駐車場で  二晩続けて 飽きるほど楽しめたことと思う さらには 気仙沼市と陸前高田市の両市が共有する 広大な広田湾を眺めさせたりと 都会では感じ得ない体験をさせた  息子家族が生活地である東京に戻る前日の夜 花火を終えた後に 後片付けを済ませた私が 遅れて家の中に入ると  息子と孫娘たちの靴が目に留まり 乱れていた 靴をきちんと並べ直して 写真を撮ってみた 翌朝 息子家族を 一ノ関駅まで送った後 両親と兄の墓参をし 少しだけ買い物をして帰宅  自宅のダイニングテーブルに残っていた  小さな孫娘たちが使ったマグカップを見て  妻が 片付けるのを惜しんでいた  妻と二人の生活に戻り  大量の洗濯も ほぼ終わった  当然だが  妻は 立っている時間が多かったため 足の痛みが 強く出てしまい  痛み止めの湿布を貼った後  ソファに座り スツールに足を載せて 居眠りを始めた 私は居眠りする妻を気遣い  乾燥室にしている息子の部屋に 洗い終えたバスタオルなどを干し 2階の書斎の大きな椅子に座り オットマンに足を載せると  あっという間に 居眠りをしてしまった 妻は足の痛み 私は腰の痛み 古希を迎えたポンコツ夫婦は  大切な家族のために できることを頑張ったのだった

お盆を前に パタパタと

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 お盆を前にして パタパタと動いている とはいえ 東北地区でも比較的涼しいといわれる気仙沼市でも 今日は32度を越えた 今朝は 朝6時前から 南庭の草刈りを芝刈り機で行った 長雨が続いたことで 草の伸びも著しく 帰省する息子のところの4歳と7歳の孫娘が 気持ち良く 庭を走り回ることができるようにと思ってのこと そして 午前中は晴れていたこともあり 布団干しやら タオル類の洗濯など 何かと朝から慌ただしく過ごしている 2階のベランダには 大物の洗濯ものを私が運び上げる 妻の足の負担を減らすためである さて 少し前となる7月30日に 妻の買い物もあって 久しぶりに盛岡市まで出かけてきた 昼食は 大好きなぴょんぴょん舎のピビン冷麺と チジミを食べようとしたら なんと富山湾の白エビが入ったチジミがあることを見つけて もちろん とてもおいしくいただいた 妻の買い物がメインだったが  盛岡まで出かけるのだから ぴょんぴょん舎に行こうということで・・・ とはいえ さすがに夏休みだけあって 平日なのに かなりの混雑だった

ささやかな夢だったこと(追加修正あり)

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昨日に投降した内容の時間軸が前後していたり 文章的に不足していたことで  読んでくださる方々に申し訳ないと思い 修正を加えたことをご容赦願いたい 私には 子供の頃からの ささやかな夢があり それが 60年ほどの時を経て 今 やっと形になってきた感がある とはいえ 人はそれぞれに人生の荒波があり 御多分に漏れず 私にも何度か訪れた でも今は 共働きで苦労した子育ても すっかりと終わり 子供たちも家族を持ち 経済的にも完全に自立し 残った親の介護も 義母ひとりだけとなり その義母も 8年間続いた自宅介護を経て  昨年から施設にお願いすることができた 介護生活から解放されて1年半が過ぎた今 私が 中学生のころに思いえがいていた ささやかな夢が やっと形になったような気がする その頃の私の家は 父が経営していた仕事が傾き さんざんな貧乏生活を強いられていた時であり 思春期の入り口にあった自分にすれば 将来の自分の家族には 経済的な苦労だけは絶対にはさせたくない そんな思いを持ち続けて 今の年齢になった  その頃は 自分がどのような仕事に就きたいかも 定かではなかったが  自営業だけは絶対に嫌だと自分で決めていた その願いどおり 安定した職業に就くことができ 退職して10年が過ぎた今 現職時代に繰り返した仕事上の失敗や後悔 そして  精神的に だいぶ追い込まれていた過去も  時間とともに薄らいできたことが何よりだと思う 今年70歳となる私だが  まだまだ幼い自分がいることは事実 その部分は 妻がしっかりとカバーしてくれていて 良い妻と巡り合えたことに 感謝するばかりである 妻の今は  あの震災後に 片足ずつの手術を経て 今では両足に人口骨が入り  身体障がい者手帳を持つようになったが 歩けなくなると思っていた不安が 妻の努力で消え 家の中では クラッチ(杖)無しでも歩けるようになった 施設にお願いしている義母の面会も  自宅から直近の施設でもあり 気軽に通えるのが 何よりもありがたい 今の暮らしは やっと追い求めていた 柔らかな風が吹く 森の中の静かな日々となった とはいえ 最近のクマ騒動で 不安な気持ちもない訳ではないが ふたりの時間を少しでも長く楽しみたい そんな思いから 年に数回の旅を計画している 今年は 金沢に続いて 北海道への旅も終えた 北海道旅は 昨年に続き2度目...

予約注文していたものを手に入れた

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昨年に購入していたコメリ製のレジャークーラー(22L)は ひときわ優れたコスパで 活用度も高かったが 車旅を楽しむ私たち夫婦にすれば もう少し 小さめのサイズも欲しいと感じていた そんな折 この春先に 2026年モデルが発表され 新たに 15Lサイズが追加されたことを知り 即 ネットで予約注文をしていた 大きな街ならば 既に店頭に多数並んでいるらしいが 過疎化が止まらない田舎では 最寄りの店頭に並ぶことはなく 5月19日に やっと手に入れることができたのだった 22Lと同様に真空パネルが入ったモデルで メジャーな他社製品の 4分の1程度の価格で しかも性能は同等(以上?)という 驚きのコメリ価格・・・ レジャークーラーは 今や必需品であり いろいろなサイズがあることは望ましいが 保管場所に困るため 敬遠されがちな 生活用品でもある  我が家の場合は あの震災経験から  災害時に冷蔵庫から食品を移動するため  ハードタイプの 53L(冷蔵品用) 40L(冷凍品用) 旅行(車載)用として  とりわけ長時間の保温が効く ハードタイプ(真空パネル)が  22L(昨年購入) 15L(今回購入) 日常的な買い物用として ソフト タイプ(折りたためる)が 20L 7L そして 海釣り専用として 魚臭くなってしまった  ハードタイプの 17Lがある 総数は 7個 かつては 70Lというサイズ(海での大物釣り用)もあったが 船で沖に出かけることもなくなったので 欲しい方に差し上げた あると便利なレジャークーラーだが 置き場所に困るということも事実 我が家も サイズを考えて  家の中に分散させるしかなくて・・・ 私たち夫婦のお楽しみが車旅であり 特に今回の購入で  旅の楽しみが さらに広がった さて 次なる旅行計画は・・・

若葉の頃を過ぎて・・・そして暴風警報

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金沢旅行に出発した日は  気仙沼市の桜が 満開になる直前で  山々の木々も 新緑の芽生えが美しくなっていたタイミングだった 金沢旅行から帰宅して 一週間後には 予定していた 義父と義祖母の仏事(法要)を済ませ そこから あたふたと自宅の環境整備を続けてきた私 先ずは 暴風のために スギの葉や 枯れ枝が散乱してた宅地内を ブロアーなどで清掃し 次に 満開になっていたチューリップ(約90球)が ちらほらと花弁が散り始めたので  地中の球根を育てるため  早めに刈り取って 手にしてみれば 空も青くて 写真になるかなと思い まあまあかな・・・自己満足 その後の 雨あがりの朝 さらには 数年間さぼっていた カーポート屋根の汚れがあまりに酷く 指先で触れてみると  今年の大量のスギ花粉が そこに重なり まるで泥のようになっていたことに我慢ならなく 洗浄を決意 合掌型の2台分のカーポートから始めた 市販の旗立て竿に やはり市販のドライワイパーをネジで固定した オリジナルの道具の先に 台所用スポンジを3枚固定し ホースで水をかけながら 洗浄を進め  半分を終えて 下から見上げると 著しい左右差に 軽く驚いた私 残る北側の半分は かなりの差が出てしまったのだったが この日はこれで時間切れとなり  残る作業を翌日以降にまわしたのだった その翌々日に 北側半分を終え  軽自動車を置いている もう1台分のカーポートも終え 雨樋も洗浄を終えた後 コンクリート面も洗浄したのだった 私の車の向こうに 妻の車が見える 空の青も 見通せるようになった 家の中にいた妻を呼び この視点で カーポートを眺めた妻は  「お~」と 声を上げた  この数年間 汚れたまま手を着けなかったのは 2種類の脚立と 20mの高圧ホース そして高圧洗浄機を使い ひたすら水をかけながら 汚れを落とすという作業が  あまりに大仕事だったこともある  その後は  エコキュートの土台部のコンクリート表面の塗装を終え さらには  南庭の草地の手入れと 列植してあるレンギョウの花後の手入れを行い  すっきりと きれいになった南庭  その翌日には 水洗いだけしてごまかしてきた 愛車を カーシャンプーを使い 高圧洗浄だけでは落とせなかったスギ花粉などを しっかりと落とし ボンネットの鉄粉を除去した もちろん 妻の車も同様に しっかりと洗浄...

報告 ~20日16時53分の地震~

4月20日 16時53分の地震についてですが こちらは 妻も私も無事です 妻が外出から帰って来て間もなくのことだったので 安堵しました かなり大きな揺れだったのですが  多少の物の移動があった程度で  被害というほどのものではありませんでした 自宅は 海から離れた 山の尾根にありますので 津波の影響は皆無です 再び大きな揺れが起きる可能性がありますので これから災害準備品の確認を行います  

妻の車のタイヤを新調

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春は 税金等の出費が嵩む時季だが 今年はさらに上乗せ・・・ 妻の軽自動車の夏タイヤを新調しないとならない状況であり 10年目となる軽自動車だけに  当たり前だが 安全装備類もその10年前のレベル・・・ でも妻は 「市内だけしか走らないから これでいい」との主張 ゆくゆくは  妻の所有の軽自動車1台のみで暮らすことが理想であり 私のホンダ・モンキーというバイクを ファミリーバイク特約で その車の任意保険に追加すれば 妻の身体障がい者手帳で 自動車税が非課税となることもあり もっとも経済的な選択となるのであろう その点で 考えれば  軽自動車よりも 1500cc程度のハイブリッド車の方が 更に経済性は高くなる あらゆるラニングコストと 少し遠出もできる小さめの車の選択が 最も理想とするところとなる まあ 数年先のことになるが・・・ という訳で 今回選んだタイヤは             ※横浜タイヤHPから借用 新しくなったブルーアースを選択 気になっていたベーシックなタイヤで 久々のヨコハマタイヤを履かせることとなる お世話になっているお店に注文をしたら 入荷を待つことになった もちろん 妻の車での遠出はせず それ専用は やはり私の車 とはいえ 新しいタイヤで市内を走ることは ささやかな楽しみなのである  

花粉症に悩まされて

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もともとアレルギー体質ではあるが 一番恐れていたアナフィラキシー症状も運良く再発せずに この年齢まで暮らすことができた とはいえ 現代病のひとつでもある 化学物質による過敏症が発症し 自宅での生活には 支障がないものの 包装紙や書籍の印刷インクや 化粧品などに 酷い時には 眩暈や頭痛 吐き気が生じてしまうようになってしまった はてさて あまりに激しすぎる今年のスギ花粉には  さすがにまいっている・・・ こんな時は 目や鼻腔の洗浄は当然のことで さらには 2月の時点で 眼科と耳鼻科の医師から処方された 薬によって なんとか暮らせている ちなみに  我が家のカーポートの屋根には スギ花粉による風紋までできるほどで まあ 背景には 杉の木立が見える環境では どうにもできないが・・・ この西側の土地の所有者は  ここ数日をかけて  我が家から100mほど先から こちらに向かって 太い杉の木の伐採を始めたようだが 残念ながら 我が家の背後にある 細い杉の木は  伐採する予定がなさそうで・・・ そもそも花粉は 風に乗って運ばれるものも多いのだろうが 花粉が降り注いでいる我が家としては  どうにもならず しかも今年は 恐ろしいほどの量で 花粉症のない妻ですら 目がごろごろするという・・・ ここに 春の黄砂が混じると  えらいことになるのだが・・・ 金沢に旅行する頃には 花粉が大幅に減ることを 祈るばかりである

今年も記念月を祝う

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3月は 私たち夫婦の結婚記念の月で 今年で44回目となる  何やら調べてみると トルコ石婚と呼ばれているようだが 次回は こんな私ですら知る     サファイア婚 そんな44回目のお祝いを  いつものお宿で行ってきた いつものお宿と言えば  花巻「志だて」か  松島「一の坊」で 昨年が花巻だったので 今年は松島を予約 「一の坊」は 何といっても  食にうるさい気仙沼人を 納得させてくれるような料理を提供してくれる宿 しかも  美味しければ おかわりも自由という そんな夢のような宿 妻にとっては  和洋のお料理が自由に選べることが 最大の魅力であり そのすべてを一品ずつ食べても すべては食べきれない しかも デザートも多様で それらすべてが美味しい・・・ 次の誕生日で70を迎える私たち夫婦にとっては  自制心をもって 食を楽しまないといけない訳だが  幸いにして 食べたら体重が増えるだけという 単純な食事制限の夫婦 目の前で綺麗に盛り付けてくれる美味しいお料理と 肌がすべすべになるアルカリ泉の温泉を楽しみたくてのこと お宿に着いたのは 午後2時半で  チェックインの際に フロントスタッフから 「いつもご利用いただきありがとうございます」と 丁寧なごあいさつをいただいた  今回は この宿の利用も記念すべき10回目 少々お高い宿だが それ以上の価値があることは明らかで・・・ 慣れ親しんだ ハンモックが付いた お気に入りの部屋に向かう 部屋に入り 「ふう~」と声が出た  というのも この日は スギ花粉の量が凄まじくて 水平線が見えず 海の色も緑がかっていて  天頂部すら 青空が霞むほどで 最悪の飛散状況だったのだ 荷物を降ろして すぐさま うがいと手洗いを済ませて お風呂に向かった私たち 温泉を楽しむことはもちろんだが  何よりも 花粉を落としたかったのだった 子供のころからアレルギー体質で  10歳の時に 今で言う アナフィラキシーショックを起こし  全身が腫れあがり 呼吸も苦しくなったことで 病院に運ばれたことのある私    当時は そんな用語もなく 不明な症状のため カルテも別管理され 多くの予防接種は 医師から禁止され続けた  さすがに この歳になれば  予防接種もできるようになったのだが 形が変わり 今では 化学物質アレルギーになってしまい  暮...

テレビの新調

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昨日は 15年目の節目とやらの特番が 盛んに流れていた 何が「15年目の節目」なのか? 10年目の時もそうだったが  節目とやらいう言葉を 何でこのような大災害に付けたがるのか・・・ 偏屈な私には まったく納得できないまま 2026年3月11日が終わった 足の悪い妻にとっては 一日の暮らしの多くが 読書するかテレビで過ごすのだが  テレビが大好きな妻ですら  「どのチャンネルをかけたって 津波の映像ばかりで 気が滅入る」と・・・ 録画していたテレビドラマのストックを減らすことに努めていた そうだった テレビのことだった 3週間ほど前に 突然 テレビチューナーが壊れて 受信不能になったのだ 震災後に買ったソニーのブラビアだったが 10年が経過していたこともあり 妻と量販店をまわり 新しいテレビを決めたのだった それから一週間ほどかけて 妻はデッドストックになりかけていた HDに録画していたドラマを視聴していた 私は テレビは余程のことがない限り見ることはなく そんな習慣が かれこれ学生時代から続いていて テレビへの信用度(特にニュース番組)は とても低くて 新聞への疑念もかなり高いという偏屈者・・・    時にはテレビも見るが 主にスポーツ観戦か映画程度なので 妻は 新しいテレビが来るまでの間  接続しているHDのお掃除をしていたのだった 購入したテレビは 量販店の展示をあれこれ見てまわり 我が家のテレビキャビネットに入るサイズぎりぎりの シャープ製43インチと決めた それが      ※画像はシャープのHPから借用 量子ドットテレビの綺麗さに驚き  少しお高いが 10年楽しめたら かなりのコスパだと思っての決定だった もちろん HDも4Tという 大きなサイズで 10年前ならば考えられないほどの価格で 日本エレコム製品を購入した シャープは かつてのような純国産ではなく 今では  台湾のホンハイ精密工業も関わってはいるが 量子ドットの圧倒的な画像に心が奪われたのだった さっそく妻は お気に入りのドラマを たくさん予約していた 私も NBAバスケットボールを観戦してみたら  これまでのテレビとは 画像も音も雲泥の差だったことに驚いてしまった そこで 処分したテレビと一緒に使っていた ヤマハ製スピーカーシステムまでも取り外し 近いうちに 市の処理施設に運んで 処分すること...

暮らしを維持していくということ

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昨年の初冬に始めた 西側法面の柴刈り作業は 結果的に 全面を終えるまでには至らない あまりに半端な状態でシーズンが終わった というのも  本来なら作業の中心的な期間となる1月下旬から 2月の中旬の外気温が  69歳の腰に持病を抱えた爺さんには あまりにも低温だった 例年同様の衣服で最低限の暖を確保した上で 一度は試みたものの やはり厳しかった 既に投稿したように  1月上旬から2週間ほど  経験したことのないほどの咽頭蓋の炎症が起きて  微熱と通院が続いたことも 作業を滞らせた理由のひとつではあるが 気仙沼に住んで44年にもなるのに 初めて経験する あまりにも長期的な低温に負けてしまい 冬場の環境整備を敢え無く断念するしかなかったのだ 何故にそんな寒い時季に作業をするのかといえば 気温が下がると動けなくなる害虫が多いからである さらには 広葉樹を伐採して 薪を作るのに好ましいタイミングだからでもある 薪は主に 災害時に使用する薪ストーブで使うためだが 薪というのは いつまでも保存できるものではなく 虫食いが発生し 薪としては使えなくなってしまう 以前に用意した薪は 5年前のものが多く 燃料としては不適切なレベルに近づいた そして 雪も終わりだと思っていたら 積もった・・・ 雪が降ったのは 一昨日だったが  昨日の最高気温は3度で  しかも終日曇り空のため 日照取得ができず 家の中は寒いだけで 暖房使用は必須 何せリビングは 吹き抜け構造なため 最も大きなクラスの家庭用エアコンだけでは 風が煩わしく感じられるため じんわりと温めてくれるペレットストーブは 大活躍 今年は 例年にない寒さのため  木質ペレットの消費は 例年よりも多かった これまでなら 多くても年間で75袋以下で収まったが 今年は それ以上になり 結果的に90袋を購入した 1袋10kgなので 900kgを買ってきたことになる この暖かさを 一度経験してしまうと 片道7kmほどの運転をして 何度も木質ペレットを買いに行くのも 苦にはならない とはいえ  既に高齢者の仲間入りをし  次回の運転免許更新から 高齢者講習の対象になる私 ポンコツの身体が動く限りは  我が家の暖炉でもある ペレットストーブの火を 心地よく眺めるため 地味に買い出しに行こうと思う さて・・・ 最近になり 人生最後の車選びを考え始めてい...

体調不良でのお楽しみ(追加修正あり)

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長いこと 新規ポストしないまま過ごしていた とにかく今回の寒波の影響は大きく 毎日のように 最低気温は マイナス6度ほどで  最高気温は かろうじてプラスになる程度 空気は驚くほど乾燥し 正月七草のころから のどと鼻の風邪になり 1月14日に  いつもお世話になっているクリニックで薬を処方していただき 改善はしていたが 一向に鼻閉状況が治らないまま難儀していたこともあり これは耳鼻科しかないなと判断し 1月29日に 毎度お世話になっている一関市の耳鼻科医院に通院し 2月2日の今日になって やっと治ったと実感ができるようになった 気仙沼市内には開業している耳鼻科がないため 2次救急のための気仙沼市立病院ではなく  距離で50knちょっと離れた一関市まで行くのが常 耳鼻科通院後はだいぶ楽になり すっかり頓挫していた柴刈り爺さんを始めようかと思ったが 妻に止められた 確かに 最高気温が1度や2度では  身体の負担が大きいことも事実 作業は大量に汗をかくほどで  年齢からしても 重労働に間違いはなく ここは健康と安全が第一と判断した  それにしても この寒さと雪で 動くのが億劫になっている 兄の命日であっても 墓参りにも行けないまま 自宅に籠り続ける毎日 まあこんな時は 旅行計画をあれこれと妄想するのが一番 タブレット端末で地図を開き 距離と時間から 旅程と宿を選ぶ まずはその前に  今年の結婚記念日はどうするかという話題になった  いつものように「おいしいものを思いっきり食べたい」と妻 となれば 今回で記念すべき10回目の利用となる宿しかない その答えは 「松島一の坊」 ここのお目当ては  私たちの目前で シェフたちが極めつけの一皿を用意する これに尽きる  しかも美味!! 宿泊料金は少々お高いが それだけの価値はある もちろん お酒も和洋あり 好きなものを好きなだけ 食べて飲んで過ごせる 温泉も 大好きなアルカリ泉質で 予約した部屋は  予約者しか入れないという専用フロアにある  いつものハンモックデラックスツイン          ※一の坊HPから借用 チェアハンモックに揺られて のんびりするのは 実に気分が良い 部屋の冷蔵庫には 2人分のペットボトルのお茶2本と水4本 しかも 廊下には フロア専用のラウンジがあり いつものことだが  チェックイン後に 部屋に到着する...

新年初でシーズン3回目の

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冬季限定のお掃除のことで 話題は 一昨日に行ったペレットストーブの煙突掃除のこと 我が家のストーブ煙突は  壁から出ているだけで  その長さは 60cmほどの直管となっている そもそも 煙突がそんなに短くても大丈夫なの?と よく聞かれるが  排気用モーターによる強制排気だからこその安心感がある 稼働時に排気口に手をかざしても 危険だと感じるほどの熱さではない   ぞの構造は2重で 外側から吸気して 内側の細い管から排気する形となっている 吸気した燃焼用の冷たい空気は 内側の排熱により暖められ 内側の排気熱を下げるだけでなく  ペレットの燃焼効率を促す仕組みになっている なので 煙突掃除というのは 内側の排気管の中を ブラシで掃除し 煤を掃除機で吸い込むだけの簡単作業 とはいえ 煤は飛び散るのは必須で  周辺の煤を払うため ダスターも用意している 煙突掃除をした後は  毎度のことながら コンクリート面の水洗いを行った いよいよ本格的な寒さとなる予報が出ている 今後数日間 最低気温がマイナス7から8度程で 最高気温が +1~3度程度の日が続くという こんな寒さの時は  ペレットストーブは大活躍 エアコン暖房だけだと 風が煩わしく 空気の乾燥を 加湿器で補うことになる その点で言えば ペレットストーブの柔らかな暖かさを感じるだけでなく ストーブの上に置いた鉄製のヤカンで お湯を沸かし おいしいコーヒーを飲むこともできる そして何よりも 暖炉として火を楽しめるということは 実にありがたいもので 妻との穏やかな暮らしを演出してくれるのだった  こんな寒さが続くとなると  降った雪が春先まで溶けないことが多い 当然 道路も凍結することも多く  しばらくは 近くでの買い物程度で済ませ 遠方に出るのは控えたいものだと思う 何せ 次の誕生日で70になる爺さんにすれば 安全が第一だからである 火を眺めての お籠り生活を楽しもうと思う

冬季限定の柴刈り爺さん

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この時季だからこそできる  自宅周辺の環境整備作業がある それは 家の周囲の柴刈り作業 その1回目を昨日終えた  恒例の 西側法面(のりめん)の整備  寒さで 虫や蛇の動きがなくなり 作業し易くなっているからである この法面は 隣地であり   所有者の許可を得た上での環境整備 昨日までの2日間で 斜面の下半分を終えた状態が上の写真  斜面に立って作業をするので  安全面から考えれば 体調が悪い時には無理な話で 膝や腰の痛みの少ない時を見計らって作業を行っている さらに この作業の終盤に  奥の斜面に立っているハンノキを2本ほど 伐倒する予定 広葉樹のハンノキは  どんどん大きくなってきており  いずれは 我が家にとって支障木となる そのハンノキは 薪割り後に  3年ほど乾燥させて 災害時の燃料とする予定 更に作業は 玄関から見える道路脇の整備を並進めていて 安全運転に支障となることを避けたいがための作業 既に手前を刈り込んでいるが 写真の奥側となる部分は 今後の作業場所であり カーブの先を見通せるようにするのが目的  路肩が下がっているため 作業するには厳しいが この作業をするようになってからは ご近所さんに 感謝されようになった 土地としては 知人の所有であり もちろん了解を得ての作業である 作業事故があれば 自己責任ではあるが  見通しの悪さから 運転中に何度か怖い想いをしているだけに 自宅前での交通事故は願い下げだと思う気持ちから 道路に迫った草木を刈り払っているのだった 慌てず 安全に作業を進めて 暮らし良い環境を作っていきたいと思う

明けましておめでとうございます

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 新年 あけましておめでとうございます 皆様にとって 良い一年になることをお祈り申し上げます さて 元日の今朝は 午前5時50分に目が覚めた  「覚めた」と書いたが 年末に鼻風邪をひいてしまい 布団の中で目が覚めたら  くしゃみと鼻水で起きずにはいられなくなったというのが 正直な話 市販薬を買って来て だいぶ鼻風邪も回復はしているが 朝が 一番つらくて・・・・ 新年早々 鼻風邪だの 鼻水だのと・・・失礼 さて  今朝の日の出は6時52分となっているが 雨雲マップでは すっかりと雪雲に覆われた朝で  初日の出は 拝めそうにもなく 外は雪になっている ちょっと前から降り出した雪は まだ僅かのようで 6時13分に玄関から外に出てみると  街灯のある北側の風景は まだ夜・・・ 雪がちらついていて 反射光が走る状態 外気温計はマイナス5度を示していた 明朝はさらに寒くなりそうな予報 新聞受けから 元日ならではの分厚い新聞を取り出して 家の中に戻った エコキュートは北国仕様だが 念のため 風呂の水をちょろちょろと流していた 凍結していないことを確認し 水を止めた 台所に戻り お湯を出して再確認  明日も油断できない寒さ 厳冬期の泊付きの旅行は  凍結の不安があるので 予定は立てられない こんな記事を書いていたら 外が明るくなってきたので 日の出の時間に 玄関から外に出てみたが 空は雲に覆われていた  どうやら 初日の出は拝めそうになく 今年が良い一年であるよう 朝日の方向に合掌し  家の中に戻った  世界情勢は 少数の裸の王様に振り回されていて  日本の国政も そんな裸の王様を崇める輩たちに振り回されている 安定を願う 高市内閣の不休不眠の努力もあり 僅か2か月ほどで トリガー条項と呼ばれたガソリン税も  今日から25円ほど 確実に廃止となった 高市内閣に期待を寄せてはいるが 今後の国民生活が 少しでも良い方向に向くことを祈るばかりである

12月14日の雪

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12月14日に降った雪 前夜までは  僅かに積もる程度かと安易に構えていた 朝 起きて 寝室から窓の外を見ると かなりの降り方で こりゃ すごいな・・・と 着替えた後 ペレットストーブを点火し 更には 灯油ファンヒーターをオンにした後 電気ポットでお湯を沸かして  朝のコーヒーを淹れる ゆっくりとリビングの温度が上がってきた こんな時は  焦って 除雪作業をしても  この降り方が 少しでも収まらなければ 水分を多く含んだ重い雪のため 作業にならない訳で・・・ すると 市街地に住んでいる友人からメールが来た 「雪かと思っていたら雨だったね・・・」と!!?? 市街地(低地)エリアとの気温差は2度あるのが常で それが 雨と雪の境界温度となると  よくある 景色の差が起きた 起きてから20分ほどの僅かな時間で 我が家の周辺は一変していた こんな写真を撮って 友人へのメールに添付した 「やっぱり 山の上だね」という返事 岩手の北上市に住んでいる同級生からもメールが来た さすがに北上市は 気仙沼市よりも雪が多いらしく これから 出かけるために すぐに除雪作業を始めるという・・・ 冬になると 風の向きは北上市あたりから   こちらにも流れて来るため 雪はまだまだ降るな・・・と覚悟した私だったが この降り方は 油断ならないな・・・と思った 3時間ほど経過した 午前10時頃になると 降り方もだいぶ収まってきたこともあって  まずは除雪機を出して 駐車場の除雪作業開始 ところが 湿った雪の重さで 除雪機が押し負ける状態で 仕方なく スコップによる手作業も・・・ 一回目の作業途中で 身体はオーバーヒート 駐車場の半分も終わっていないというのに・・・・ 一旦 家に入り  汗で濡れた肌着を替えて 水分補給 雪が雨になり 作業再開ができないまま 時間は 正午を過ぎた 午後になり 樹木に積もった雪が落ちたなと思っていたら 除雪作業車が通過した 様子を見ていると  やはり雪の重さに難儀していたようで かなり小分けして 道路脇に雪を寄せていたのだった この日は 夕方になるまで  手作業中心での除雪作業を続けたが 当然 身体への負担も大きかった  翌朝の私の動きは  電池が切れかけた おもちゃのようだった 次はいつ降るんだろう・・・ 昨日(24日)も今日(25日)も雨 週間予報では 年越しまで 雪にな...

地震と雪

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12月8日 午後11時15分ごろに 青森県東方沖で発生した地震 その大きさはM7.5   揺れたエリアは 北海道はもとより 関東地区も含めた広範囲となった それは 寝る直前に起きたのだった・・・ スマホの警報が鳴る前に  とても大きな 横揺れが始まった すぐさま  ソファに座っていた妻を安全な場所に移動させたところで けたたましく スマホの警報が鳴った    長い揺れが収まった後 家の中で物音がした場所を確認  停電はしていなかったが  まずは 18Lのポリ缶に 水を貯めて 玄関ホールに置いた 次に 非常用の蓄電池を配置し  照明と暖房の対策をしている途中の 11時30分を過ぎたころに 再び 長く大きな揺れが・・・ その2度目の揺れが収まり  妻は 食器棚の乱れを整え直した あの震災から 毎日のように 寝る前には必ず  食器棚の両開きの扉に地震対策を行っていたことで 食器の破損は免れた  その後 建物の大きな破損がないかどうかを確認するため 寝間着の上にフリースを羽織って マイナスの戸外へ出た 海岸近くには 避難命令が出て けたたましく サイレンと放送が繰り返されていた 騒がしい市街地方向のことを機にしながら 懐中電灯で照らされた 我が家の外まわりを見た限りでは 特に 大きな被害はなく 細かな確認は翌朝に行うことにした 2階の窓から 市街地方向を見下ろすと 見える範囲で 停電は発生していない様子だった 結果 停電もなく断水もなかった あの震災で 悉くインフラが破壊されたこともあり かなりの部分が刷新され 強化されていたことも救いだった さて ここ連日のように雪が舞い リビングからの眺めが こんな日もあった こんな朝の景色は 心を和ませてくれる 北上山系の稜線の風景は独特で美しい 気仙沼市内にも かつて氷河があった場所があり そんなU字谷の景色が 我が家のすぐ近くで眺められる 山と海が作り出す 特有の景色は 私のお気に入り とはいえ 三陸沖は「地震の巣」であり 「いつでも 災害はやってくる」という心構えは絶やさない しかも最近  かなりの頻度で 釜石沖で地震が発生していたこともあり 近いうちに 大きな地震が来るのでは・・・ と不安になっていた それだけに 今回の地震は  ついに来たかと思った私だった  しかも震源地としては  頻度の少ないエリアでの発生だったのは意外だ...

お隣りの陸前高田市の今

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気仙沼市の北隣りにある 岩手県陸前高田市 あの「奇跡の一本松」で有名になった街 かつて 美しい黒松林(防砂林)が 砂浜から吹き付ける砂嵐から市民を守っていた 5万本ともいわれた黒松林の姿は消え 唯一残った1本の黒松が「奇跡の一本松」と呼ばれた 残念ながら その一本松も  今では人工のものに置き換えられている あの震災で破壊された市街地は 低地の盛土を行うために  近接の山を崩し 空中に張り巡らされたベルトコンベアで  土を移動して 広い土地全体を大規模に嵩上げした ダンプカーで土を運んでいたら  復旧に時間がかかり過ぎるからで 可能な限り 素早い土地の嵩上げを目指すための 苦渋の行政判断だった 過去も そして今も 私たち夫婦は  気仙沼市にはない美しい風景と 陸前高田市でしか買えない物品を買いに 出かけることが多い かつては 我が家から片道約1時間かけて 車で移動していたが  三陸自動車道ができてからは およそ半分の時間で行けるようになり 当然ながら 訪れる頻度も増えていた 震災からの復興道路として活用されるべく  宮城県矢本ICから 青森県八戸市是川ICまでの区間が無料であり その区間の自動車専用道は 日本最長の無料区間となっており 当地で暮らす者にすれば ありがたく利用させていただいている 先日 その陸前高田市に出かけてきた 私たち夫婦は 行くたびに町の復興状況を見て来るのだが  ここ数年 市街地の復興が止まっているように感じられるのは 哀しい現実と思えたのだった 今回は 陸前高田市博物館の屋上から撮った  かつての中心街の写真を お見せしたいと思う スマホでパノラマ撮影したのだが  これが大津波襲来前の市街地の中心付近と思われる場所 写真の左手奥には 陸前高田市の箱根山 山が切れている場所が広田湾で  その右側に気仙沼市の唐桑半島先端が小さく見え  それに続いて 同じく気仙沼市の霧立山なども見える 左手前に小さく見えるビルは 今では災害遺構となっている 旧米沢商会の建物で  所有者の希望で 今は震災遺構となっている 包装品の卸小売業をされていた米沢商会さんの建物が残り 周囲の建物は ことごとく津波で破壊された 津波が屋上を越え 煙突の先端近くまで達したのだが 御主人が 屋上の煙突の上に登り かろうじて命を繋いだのだった 奥に見える三角状の建物は かつての道の駅...

11月22日 初氷

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11月22日 朝 起床して リビングのカーテンを開ける おや・・・・氷が張っている 朝露が 凍ったようだ 写真を撮るために スマホ片手に玄関から外へ出た 昨日 近隣でクマの目撃情報があったため 玄関ドアを少しだけ開けて 戸外を確認してから庭に出たのだが 南庭で 黒い姿を見つけたものの すぐに理解できた クマではなくカラスが来ていたのだった  カラスも食べ物を探しに 我が家の庭に来ていたようだ そろそろ 庭にカラス対策をしないとならない時季になった 放っておくと 南庭がカラスによって 穴だらけになるのだ と同時に  ニホンカモシカ対策もしないとならない 南庭をニホンカモシカが通過すると カラス対策の仕掛けが壊されるからである 手間はかかるが 今日あたりから  カラス対策とニホンカモシカ対策をしないとならないようである