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2泊3日荘内藩への旅 その1

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26日の朝のこと 6時に起床し 天気予報を見ると 案の定 間もなく 気仙沼でも雨が降り出し  この日の目的地である 鶴岡市の加茂水族館の辺りは 到着時間には かなり降りそうだという いったいどんな最上川沿いの山間ドライブになるのだろう・・・ 雨の日のドライブは 大嫌いな私・・・ パンとコーヒーで軽く済ませ 洗濯物を干して ゆったりと8時過ぎに出発した 往路は 気仙沼市から国道284号線を一関方向に向かい 一関市室根の道の駅あたりから ぽつぽつと雨になる 一関市川崎町を抜けて北上川を渡り  すぐさま岩手県道48号線に入り 花泉方向へ そして  県道48号線から 宮城県栗駒市金成町で国道4号線へ 築館の町中で国道398号線へと移る 暫くして くねくねとした峠道に入ると  案の定 雪になった 次第にどかどかと大きな雪になり 前方視界が悪くなる 路面の雪はすぐさま融けたが 外気温は3度 油断できない路面状況 峠道を抜けて 宮城県道253号線に入り川渡温泉の近くに出た 雪は少し小降りになったが 気温は変わらず 国道108号線を道なりに直進していると  気づかないうちに 国道47号線に変わる 鳴子温泉を過ぎたあたりから 風景を楽しめないほどの雪の降り方は続き 山形県最上町のバイパスを通過し 最上川上流と並行する道をひた走る その頃になると 雪から雨となる 最上川が見え始めると すぐさま妻は 旅行ガイドブックを開いた  あれこれと 気になる場所があるらしいが 運良く? 外はかなりの雨・・・で  妻も 雨だね・・・と 新庄市を抜けると 最上川の風景が変わり 船下りの船が 流れに逆らいながら  波を派手に立てて進んできたのが見えた 雨も土砂降りに近い状況になっていた 延々と山と最上川を眺めながら 雪の中を走り 道の駅しょうないに着いた時には 既に午後12時半を過ぎ 既に出発から4時間が過ぎていた   加茂水族館までは あと1時間くらいかなと思いつつ 道の駅で食事をする 行ったことがない場所では 決まってカレーライスにする私 道の駅での食事の多くが  お味が・・・とほほほ となるのが常なので そんな場所では 決まってカレーラースを選択する私 食事をしていたら 雨が若干小降りになったので 再び運転開始 そこからは ナビに最短コースを選択させたのだが 水田の中を走る 信号機のない直線道路を...

3年ぶりの旅行計画を実現!?

日々の介護に追われ 旅行に行きたくても 出かけられない そんな日々が  いったいどれだけ続いたんだろう・・・ 妻の病で 入院・手術となったのが3年前だから 以来 1泊2日は実現できていたが 妻の体調を案じて それ以上遠くへの 旅を控えていたことも事実 最近になり  妻の病状が安定してきただけに 最低でも2泊3日の旅をしたい・・・ しかも 3年前の手術をする以前に  既に両脚に人口骨が入っている妻には 負担の少ない 車での移動がベスト 今回 希望する旅先は 時代劇小説で  江戸時代の架空の諸藩であった海坂藩(うなさかはん)と聞けば あの藤沢周平氏の出身である 荘内(庄内)藩だと 理解できるだろう その鶴岡市と酒田市が今回の目的地 長く藤沢周平氏の作品に触れてきた夫婦にすれば   彼の地を訪れてみたい・・・と 思うのは自然な流れ しかも 庄内藩は 徳川四天王と呼ばれた筆頭家老  酒井忠次公の孫にあたる忠勝公が 荘内藩領主として入部して以来 江戸時代が終わるまでの間  領民との良好な関係が保たれ続けたという・・・ しかも 戊辰戦争という大混乱を経てもなお  歴史遺産が数多く残っているという  東北地方としては 極めて稀な地 とはいえ  気仙沼から車で訪れるには  高速道路を利用すると かなりの遠回りになるので 一般道を進むのがベストな選択で 途中休憩を入れたにしても 片道で6時間ほど・・・ となれば 最低でも 2泊3日は必要であり 運転する私にすれば 最悪なことに 我慢を強いられる一般路の しかも  山間の狭い道ばかりとなり 疲労困憊することは必至・・・ とはいえ 両脚にトラブルを抱える妻がいるので 車での旅行は必須となる そして  腰の悪い私と脚の悪い妻という私たちに必要な宿は 洋室ツインしかなく しかも 閉所恐怖症ぎみの私には 狭いユニットバスでは ぐらぐらと眩暈が置き 18平方メートル以下のツインルームでは  かなりのしんどさで  これまた面倒なことに 少し広めの部屋が助かる・・・ 運良く 2月初めから義母がロングステイとなり 4月末までの3か月間 のんびりできることになったので 活用しないのは勿体ない・・・ ということで ひととおり 義母がいることでできなかったことを終え 2月半ばを過ぎた頃になって  3月末あたりに 酒田・鶴岡に行けないかと  妻と相談しながら ...

ガーデニング用の靴選び

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以前にも投稿したメレルのジャングルモック 気温の上昇とともに 靴の中が蒸れるようになってきた  雪道では 滑らず暖かく 履き易いという利点があったが さすがに 外気温が5度以上になると  暖かいユニクロの靴下では 少しばかり蒸れるようになってきた そこで 以前から気になっていたメッシュのジャングルモックが セールになっていたのを 某スポーツ用品店で発見! おかげで だいぶお安く手に入れることができた メレルのジャングルモック エクスプローラーという靴 麻と綿の混じった厚めの靴下を履いて使用することを前提に ワンサイズ大きな靴を買ったのだが ドローコードを引いて フィッテングすると とても塩梅が良いのだが  歩いてみると 案の定 底が硬い そもそもが 舗装路向きの靴底ではないので 土の上に移動してみたら  当然のように接地感が落ち着く 使い始めの堅さは  メッシュ地だけに 皮よりは柔らかいものの がっちりしたゴム底だけに  なかなかの手強さで  履き慣れるまで時間はかかることは経験済み とはいえ  どうしても ぴったりなサイズがないゴム長靴よりは 庭の手入れをする際には 都合が良い 「探検家」というネーミングの靴を  ガーデニングで使うというのは いささかオーバースペックなのかもしれないが 斜面を上がり降りする際も この靴底は信頼でき 多少のぬかるみでも信頼できる底であることは やはり経験済み 列植しているレンギョウの剪定や 斜面に植えている花の手入れをする際に  滑って転ぶことから守ってくれるだろう 年齢からくる 膝や腰の痛みは 専用のサポーターさえしていれば問題なし 庭作業での事故は願い下げで 何よりも安全第一 庭のムスカリも咲き出した 列植している30株のレンギョウも咲きそうだ 昨年のレンギョウは 期待外れだったが 今年は どんな咲き方をしてくれるのだろう

珍しい野鳥が来た

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まず先にお伝えしておかねばならないのは 「珍しい」とは あくまでも個人的な感想であり 決して絶滅危惧種と出会ったというようなものではなく 我が家で初というレベルというだけのこと たくさんの野生動物に囲まれて暮らす我が家は 当然だが野鳥も多い  とはいえ 衰えた視力では 庭に舞い降りた鳥の識別も難しくなっているのが実情 さて 一昨日のこと・・・   見慣れない体色の野鳥が 小集団で 東庭で餌を探していたに気が付いた どうやら色の違いは オスとメスが混在していると思われ NIKONの双眼鏡を持ち出し  野鳥ハンドブックから あれこれと同定を試みたものの その野鳥もちょこまかと動くので  ハンドブックを置いて  その姿を目に焼き付けることに専念することに変更 とはいえ  生来の記憶力の悪さもあいまって  同定には四苦八苦・・・ そこで妻にも双眼鏡で見てもらっていたら  目の前の道路を車が通過し 当然 その野鳥の群れは飛び去った・・・  あとは 私が苦手とする記憶に頼るのみ・・・ 私がハンドブックから あれこれと探し ついに マヒワではないかと考え 妻に確認してもらい やっと落ち着いた  マヒワ  我が家で初のことだった  野鳥の写真を撮る機材もないので いつも参考にさせていただく 「サントリーの愛鳥活動」のHPからお借りした画像が さすがに留鳥ではなく しかも 冬場限定・・・ そして 雪が消える時季だからこその出会い また 出会いたい そんな気にさせる 美しい野鳥だった  

春先の今の暮らし

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 一昨日は 最高気温が2度という 梅が咲き始めた3月下旬としては 異例の寒さになった そして昨日の朝は 庭も白くなった もっと 積もるかと予想したが この程度だったので助かった 防風警報が出て  たくさんの交通網に影響があったようだが 我が家の周辺は いたって静かなもので  風の影響もほとんどなかったことは助かった というのも 先日の暴風で  西側の森から飛んでくる たいへんな量の枯れた杉の葉で 庭が埋め尽くされたような状態となり  マキタのブロアーを使って へとへとになって掃除を終えたばかりだったので またか・・・と案じたが いたって綺麗なままの敷地状態だったので助かった 今 義母は 2か月間の施設ステイをお願いしていた  特に気仙沼市のこの時季は 一年で最も寒くて雪も多い 通院するにしても デイサービスに行くにも  凍結等で 足元が悪くなるため 危機管理のため 療養型の施設に入ってもらっているのだ とはいえ あくまでもロングステイの形で 妻の休養も兼ねてのこと 入所して1か月になるが  おかげで 両脚に人口骨が入っている妻の脚の状態が 一時的にせよ 痛みが減ったのは とてもうれしい 4月半ば過ぎには また義母が戻ってきて 妻の脚を気にしながら 私も義母の介護を手伝うことになる・・・ さて  この一か月の使用電力量のお知らせが届いた この一か月は  例年通り 陽もささない日が多く  日中の寒さが 一番厳しい この一か月 当然のことだが エアコン暖房が最も活躍する 昼間の電気料金が 増となった とはいえ 先月比較で1500円とちょっと・・・ 優れた省エネ型エアコンだが さすがに これは仕方ない 日照取得の熱量も 一年で最も少ないため さすがに ペレットストーブだけでは乗り切れない寒さで リビングにある エアコンあるいは灯油ファンヒーターの併用が必要になる 特に この冬は 昨年11月に購入した メーカー最大の寒冷地用エアコンは さすがの寒冷地用だけに フルに活躍してくれている かくも 寒冷地仕様のエアコンが暖かいとは・・・ おかげで ここ2週間ほどは 昼間から就寝する前までエアコンが活躍し 昼間の使用電力量が増えたという訳で・・・ 太陽が通過する角度が上がり 日照取得熱量が減った今は 暖房器具に頼らざるを得ない日々 使用した灯油量 燃やしたもペレット燃料の価格...

3年越しのペール缶薪ストーブが完成

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2021年の3月12日の投稿から始まった 一連の使用済みペール缶を活用した薪ストーブ製作が やっと形になったので報告する 完成した 最新の姿が下の写真 次の写真は 2021年の第1作目 単純にペール缶をふたつ重ねて  上の缶だけ 加工を施しているという 今思えば あまりにも手抜きで 2重にしたことで さして暖かくもないという・・・ 今では この1作目で使っていた煙突を ダウンドラフト構造の中心部分となるヒートライザーとして 断熱材と合わせて 新たにペール缶の中に閉じ込めて活用し 1作目で使用したペール缶素材は 2作目で使い切った・・・ その2作目は ペール缶を横置きにしての製作構想だったが あえなく没・・・ そこで  理想とする姿を再確認した・・ 無煙燃焼により 鍋などの食器が煤けずに調理でき その熱い天板は 蓋を乗せればオーブンにもなるという そして 寒い冬でもストーブで暖がとれる  そんな理想的な屋外用薪ストーブを作りたい IHヒーターで調理をし 電気暖房に頼り切っていた我が家が あの震災で 本当につらい思いをしたことが そもそもの動機・・・ しかも  薪となる雑木は 西の森にいくらでもある・・・ そんな経過もあり 2年前に 理想を解決する構想が練り上がり 第3作目となった姿が つい先日までのもので 竈の高さが 現在の改良したものと比べて半分ほどで 竈部分の体積の不足のため 薪が少しでも太いと 竈に入り切れずに 写真のようにはみ出してしまう そのため 良好な燃焼状態を作るのに 何度も薪割りを強いられるだけでなく 扉を閉じられないので 爆(は)ぜた熾(おき)が  座っている自分の足元に飛び出しくる・・・ そんなことから 太い薪を使えることで手間を減らし しかも 扉を閉めても 燃焼状態の良いものにしたい・・・ そこで  竈部分の構想を練り直し 新たにペール缶を お世話になっている気仙沼スバル店さんからいただき 竈部分の作り直しにかかったのが 今年2月末 今回 新しくなった竈部分を ざっくりと説明すると ペール缶を逆さまにして活用し 下部には 灰を出すための 取り外し窓を付け 焚口には扉を付けた めざすところは 扉を常に閉じた状態での  中火の2次燃焼 天板には 上に載せるダウンドラフト部とつながる 炎が通る穴を開け  さらに 下部には 直径6mmの空気穴をぐるりと3...

落ち着かない一日

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あれから13年目の今日 朝から落ち着かない 起きて 真っ先に福寿草の鉢を見たら あれれ・・・ 鉢の中の土は凍っているけど もしかすると 今日咲くかも・・・と思い 我が家で一番暖かいベランダに 鉢を移動した 幸い 午前中は8度ほどの温度になるらしく  かなりの暖かさ 午前10時過ぎから 洗車することにした  この暖かさだと 素手で洗車できるのがうれしい 愛車のクロストレックが 融雪剤まみれになっているので  高圧洗浄機を持ち出し 丁寧に洗うことができた その後 福寿草を見たら まさかの 3月11日の開花・・・うれしかった 昼食後  やはり何かをしていないと落ち着かないので 東庭の春の準備 タマスダレの冬枯れの葉を除去し ラベンダーの周辺を整理していたら 午後2時を過ぎていたので 家の中に入った とはいえ リビングのソファに座る気になれず  うろうろしていたら あの時間になったので 玄関から外に出て 海の方を向いて庭を眺めていたら 広報無線のアナウンス 黙祷をする あの日以後 自分が変わった  小さいころからの泣き虫が  爺さんになって さらに泣き虫になった  気仙沼市内だけでも 1200人以上が犠牲になったのだから 多くの方々が家族や親族だけでなく   友人や知人を亡くしていた 誰しもが あの惨状がトラウマになっている  黙祷が終わり  また動き出した  何かをしていないと落ち着かない・・・ 今度は家の中の整理や掃除を始めた ずっと動いていたので 身体が休めと主張し始めた 背中や腰が痛みだしたのだ  仕方なくソファに座り  大相撲2日目を視聴し始めた いつの間にか 居眠りをしていた 目が覚めたら 幕内後半の取り組みになっていた  宮城野部屋の騒動など どうでもよくて  ただひたすらに 東北出身の力士を応援する私 相撲を見始めたら だいぶ落ち着いてきた 生々しい震災の記憶に重なるように コロナ禍となり  さらには  ロシアが戦争を始め 悲しい世界情勢だが 今日 福寿草が咲いたのは  何か良い知らせがあるのだと思うことにした

あの日に近づくと 気持ちも空も重くなる

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3月8日 早朝から雪になった 朝起きた時には うっすらだったが それから1時間ほどで こんな景色に・・・ 気仙沼には 大雪着雪注意報が出ていて 今も どんどん降っている あの日のような・・・ TVなどでも あの日関連の番組が増えてきた 日に日に 気が重くなる 直後は 途方に暮れていたが 日が経つにつれ  たくさんの友人知人の訃報を知ることになり そうだったかのと 涙した 混乱の中にあったこともあり 自分と妻と義母の その日のこと そして 離れて暮らす子供たちのことを考えるのが精一杯だった この時季は 何かをして気を紛らわすしかない 幸い  明日も雪予報で 除雪作業に明け暮れることになりそうだ 身体は疲労するけれど 気持ちは楽である