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12月14日の雪

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12月14日に降った雪 前夜までは  僅かに積もる程度かと安易に構えていた 朝 起きて 寝室から窓の外を見ると かなりの降り方で こりゃ すごいな・・・と 着替えた後 ペレットストーブを点火し 更には 灯油ファンヒーターをオンにした後 電気ポットでお湯を沸かして  朝のコーヒーを淹れる ゆっくりとリビングの温度が上がってきた こんな時は  焦って 除雪作業をしても  この降り方が 少しでも収まらなければ 水分を多く含んだ重い雪のため 作業にならない訳で・・・ すると 市街地に住んでいる友人からメールが来た 「雪かと思っていたら雨だったね・・・」と!!?? 市街地(低地)エリアとの気温差は2度あるのが常で それが 雨と雪の境界温度となると  よくある 景色の差が起きた 起きてから20分ほどの僅かな時間で 我が家の周辺は一変していた こんな写真を撮って 友人へのメールに添付した 「やっぱり 山の上だね」という返事 岩手の北上市に住んでいる同級生からもメールが来た さすがに北上市は 気仙沼市よりも雪が多いらしく これから 出かけるために すぐに除雪作業を始めるという・・・ 冬になると 風の向きは北上市あたりから   こちらにも流れて来るため 雪はまだまだ降るな・・・と覚悟した私だったが この降り方は 油断ならないな・・・と思った 3時間ほど経過した 午前10時頃になると 降り方もだいぶ収まってきたこともあって  まずは除雪機を出して 駐車場の除雪作業開始 ところが 湿った雪の重さで 除雪機が押し負ける状態で 仕方なく スコップによる手作業も・・・ 一回目の作業途中で 身体はオーバーヒート 駐車場の半分も終わっていないというのに・・・・ 一旦 家に入り  汗で濡れた肌着を替えて 水分補給 雪が雨になり 作業再開ができないまま 時間は 正午を過ぎた 午後になり 樹木に積もった雪が落ちたなと思っていたら 除雪作業車が通過した 様子を見ていると  やはり雪の重さに難儀していたようで かなり小分けして 道路脇に雪を寄せていたのだった この日は 夕方になるまで  手作業中心での除雪作業を続けたが 当然 身体への負担も大きかった  翌朝の私の動きは  電池が切れかけた おもちゃのようだった 次はいつ降るんだろう・・・ 昨日(24日)も今日(25日)も雨 週間予報では 年越しまで 雪にな...

地震と雪

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12月8日 午後11時15分ごろに 青森県東方沖で発生した地震 その大きさはM7.5   揺れたエリアは 北海道はもとより 関東地区も含めた広範囲となった それは 寝る直前に起きたのだった・・・ スマホの警報が鳴る前に  とても大きな 横揺れが始まった すぐさま  ソファに座っていた妻を安全な場所に移動させたところで けたたましく スマホの警報が鳴った    長い揺れが収まった後 家の中で物音がした場所を確認  停電はしていなかったが  まずは 18Lのポリ缶に 水を貯めて 玄関ホールに置いた 次に 非常用の蓄電池を配置し  照明と暖房の対策をしている途中の 11時30分を過ぎたころに 再び 長く大きな揺れが・・・ その2度目の揺れが収まり  妻は 食器棚の乱れを整え直した あの震災から 毎日のように 寝る前には必ず  食器棚の両開きの扉に地震対策を行っていたことで 食器の破損は免れた  その後 建物の大きな破損がないかどうかを確認するため 寝間着の上にフリースを羽織って マイナスの戸外へ出た 海岸近くには 避難命令が出て けたたましく サイレンと放送が繰り返されていた 騒がしい市街地方向のことを機にしながら 懐中電灯で照らされた 我が家の外まわりを見た限りでは 特に 大きな被害はなく 細かな確認は翌朝に行うことにした 2階の窓から 市街地方向を見下ろすと 見える範囲で 停電は発生していない様子だった 結果 停電もなく断水もなかった あの震災で 悉くインフラが破壊されたこともあり かなりの部分が刷新され 強化されていたことも救いだった さて ここ連日のように雪が舞い リビングからの眺めが こんな日もあった こんな朝の景色は 心を和ませてくれる 北上山系の稜線の風景は独特で美しい 気仙沼市内にも かつて氷河があった場所があり そんなU字谷の景色が 我が家のすぐ近くで眺められる 山と海が作り出す 特有の景色は 私のお気に入り とはいえ 三陸沖は「地震の巣」であり 「いつでも 災害はやってくる」という心構えは絶やさない しかも最近  かなりの頻度で 釜石沖で地震が発生していたこともあり 近いうちに 大きな地震が来るのでは・・・ と不安になっていた それだけに 今回の地震は  ついに来たかと思った私だった  しかも震源地としては  頻度の少ないエリアでの発生だったのは意外だ...

お隣りの陸前高田市の今

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気仙沼市の北隣りにある 岩手県陸前高田市 あの「奇跡の一本松」で有名になった街 かつて 美しい黒松林(防砂林)が 砂浜から吹き付ける砂嵐から市民を守っていた 5万本ともいわれた黒松林の姿は消え 唯一残った1本の黒松が「奇跡の一本松」と呼ばれた 残念ながら その一本松も  今では人工のものに置き換えられている あの震災で破壊された市街地は 低地の盛土を行うために  近接の山を崩し 空中に張り巡らされたベルトコンベアで  土を移動して 広い土地全体を大規模に嵩上げした ダンプカーで土を運んでいたら  復旧に時間がかかり過ぎるからで 可能な限り 素早い土地の嵩上げを目指すための 苦渋の行政判断だった 過去も そして今も 私たち夫婦は  気仙沼市にはない美しい風景と 陸前高田市でしか買えない物品を買いに 出かけることが多い かつては 我が家から片道約1時間かけて 車で移動していたが  三陸自動車道ができてからは およそ半分の時間で行けるようになり 当然ながら 訪れる頻度も増えていた 震災からの復興道路として活用されるべく  宮城県矢本ICから 青森県八戸市是川ICまでの区間が無料であり その区間の自動車専用道は 日本最長の無料区間となっており 当地で暮らす者にすれば ありがたく利用させていただいている 先日 その陸前高田市に出かけてきた 私たち夫婦は 行くたびに町の復興状況を見て来るのだが  ここ数年 市街地の復興が止まっているように感じられるのは 哀しい現実と思えたのだった 今回は 陸前高田市博物館の屋上から撮った  かつての中心街の写真を お見せしたいと思う スマホでパノラマ撮影したのだが  これが大津波襲来前の市街地の中心付近と思われる場所 写真の左手奥には 陸前高田市の箱根山 山が切れている場所が広田湾で  その右側に気仙沼市の唐桑半島先端が小さく見え  それに続いて 同じく気仙沼市の霧立山なども見える 左手前に小さく見えるビルは 今では災害遺構となっている 旧米沢商会の建物で  所有者の希望で 今は震災遺構となっている 包装品の卸小売業をされていた米沢商会さんの建物が残り 周囲の建物は ことごとく津波で破壊された 津波が屋上を越え 煙突の先端近くまで達したのだが 御主人が 屋上の煙突の上に登り かろうじて命を繋いだのだった 奥に見える三角状の建物は かつての道の駅...

11月22日 初氷

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11月22日 朝 起床して リビングのカーテンを開ける おや・・・・氷が張っている 朝露が 凍ったようだ 写真を撮るために スマホ片手に玄関から外へ出た 昨日 近隣でクマの目撃情報があったため 玄関ドアを少しだけ開けて 戸外を確認してから庭に出たのだが 南庭で 黒い姿を見つけたものの すぐに理解できた クマではなくカラスが来ていたのだった  カラスも食べ物を探しに 我が家の庭に来ていたようだ そろそろ 庭にカラス対策をしないとならない時季になった 放っておくと 南庭がカラスによって 穴だらけになるのだ と同時に  ニホンカモシカ対策もしないとならない 南庭をニホンカモシカが通過すると カラス対策の仕掛けが壊されるからである 手間はかかるが 今日あたりから  カラス対策とニホンカモシカ対策をしないとならないようである

2年ぶりのバルコニー洗浄

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2年ぶりで バルコニーの床を洗浄した 汚れた状態の画像で恐縮だが こんな状態で・・・ 特に 日陰となっている部分に 花粉やら塵が 雨水に流されて集まり  さらに日陰のために 乾き難くなっているため  苔のような状態になっていた まあ どこのお宅でも  バルコニーやベランダがあれば起こり得る状況で・・・ 今は大量の落ち葉が集まる場所でもあり ほうきとちりとりで 軽く清掃した状態が 上の画像で 雪が融けたあとなため 日陰の部分が少々濡れている 今後 雪が積もった際に  除雪しないでいると  床と壁の隙間から水が浸入して  深刻なトラブルになり兼ねない そのため バルコニーの除雪作業は必須 雪が積もると  苔があることで かなり滑りやすくなり 転倒の危険性が上がるのだった とはいえ 我が家の場合  高圧洗浄機を持ち込むには  高圧ホースを20mほど用意しなければならないのだが  我が家には 10mのものしかなく 2年に1回程度の洗浄のために  その長さを用意するのは 無駄とも思われ・・・ そこで 18Lポリ缶3個に水を入れ  水を撒く程度の 中華製の水圧の低いハンディタイプを使って  水を噴霧しながら 作業をすることにした 先ずは バッテリー式の中華製洗浄機で水を撒いて  そこに ベンザルコニウム塩化物液を  ごく少量ふりかけるように撒き デッキブラシで ごしごしと汚れを落とす  ところが 苔状態なため なかなか床が見えてこない場所もあり ベンザルコニウム塩化物液が 効果を出すまで  少しの時間放置し 休憩をとる 15分ほど放置した後 再びデッキブラシ作業を始め  ある程度 汚れが取れたところで 水を散布しながら ヘドロのような汚水を洗い流す それでもまだ 汚れが落ち難い場所には  同様の作業を繰り返し  最終的には 床用のスクイージーを使って 水をしっかりと切ってから 写真を撮った あまり変わらないじゃないかとお叱りを受けそうだが 滑る苔を除去することが目的だったので ご容赦いただきたい また 再塗装した部分の剝がれがあるのは仕方ない 手前左側の壁も綺麗にしたが  奥の壁の汚れがまだ残っていたものの  酷い汚れは 取れたので 今回はここで終了 塗装面が出て 滑らなければOKということにしたが 黒ずんだ場所まで 徹底的に汚れを落としたいのであれば 10年ぶりに再塗装するこ...

定宿の温泉と初雪

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11月11日に一泊で 定宿の松島一の坊にでかけてきた 部屋はいつもの 低層階である2階の45平米の部屋を予約していた 日常的な歴史散策旅ならば リーズナブルなビジネスホテルだが 年に2・3回のペースで  一の坊の温泉とオールインクルーシブサービスを楽しむ私たち夫婦 今回は 翌日に 円通院と瑞巌寺を巡る予定にしていた 今年は タイミングが良かったようで 運良く 紅葉の円通院と瑞巌寺を楽しめそうだった 自宅を出て 三陸自動車を走り 2時間かからず松島に到着 三陸道がないころは 片道3時間半もかけて 子供たちと松島を楽しみに来ていたものだった 午後2時半に チェックインし 部屋は2時45分から利用できるのだが その間の楽しみには ラウンジで好きな飲み物と 菓子類をいただき のんびりと松島の海を眺める楽しみがある この日は 長潮のため 潮の干満が少なく潮の流れも見えない そして  海鳥たちが ゆったりと低空を飛び交っていた 今回で8回目の利用だったので このホテルならではのお楽しみを過ごさずに 温泉と食事だけを のんびりと楽しむ予定だった 部屋はいつもの  低層階の2階で ハンモック付きのツインルーム この部屋は 多くの利用客の流れとは無関係な 専用のガーデンフロアにある 廊下には ガーデンフロア利用者だけの専用のサービスルームもあり 飲み物や菓子なども 部屋に近い場所で楽しめるのもうれしい 部屋から いつもの庭の風景を見る このフロアは低層階なため  松島の遠景を見るのには少し寂しいが このフロア一入口には 予約者以外は入れないとの表示があり 静かに過ごしたい私たち夫婦には うれしい環境だった 風呂に入り 館内着で夕食会場へと向かい 目の前で調理してくれる料理を 自分でテーブルまで運び この宿ならではの 贅沢な夕食 まずは和食から開始したが  この後の写真は割愛 飲み物は 濃厚なぶどうジュースから 大好きなアサヒビールに変わり 贅沢で美味な料理をたくさん堪能した それにしても 食材だけでなく 料理のお味も格別の宿で  それが自由に選択できるのが良くて 何度も利用している私たち夫婦 翌朝は 日の出を楽しみ 朝風呂も楽しみ  そしてお約束の 贅沢極まる朝食も楽しみ いつもより早くチェックアウトし 円通院へと向かった 午前9時半に 円通院の隣にある有料駐車場へ到着 妻の足のこと...

こんな晴れた日には

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とても気持ち良い空が広がった朝のことである 先日の群発地震のことを忘れてしまいたい私には 外遊びの欲望が ふつふつと湧いてきた とはいえ  毎日のようにクマ被害の報道が続いていることもあり 森の中にある我が家も 安閑とはしていられない そこで クマが寄って来ないよう 火遊びをすることにした 妻が先日 サツマイモを購入していたのだが それを焼くことにしたのだった 野生動物は 火で焦げたような臭いを嫌うため 既に クマ対策として木酢液を入れたペットボトルを カーポートにぶら下げていた 加えて  先日 東庭の手入れをする時は ストーブ用の木質ペレットをふるいにかけて出た屑に 火を点けて 煙を出しながら 作業をするようにもしていた そして 恒例の焼き芋  メインとなる ヒートライザー部を設けたダウンドラフト構造と  3箇所の蓄熱構造を取り入れた 自作の薪ストーブ しかも今回は  虫食いだらけになった薪の処分をしたいと思ってのこと  安易に火が点くと予想して 細めの薪に ランタン用のパラフィンオイルを少しかけて ガスライターで火を点けた 今回は 100円ショップで買った着火剤ではなく パラフィンオイルを試してみたが  やはり 少しばかり難儀した 「やはり着火剤の方が良かったな」と反省 難儀しながらも薪が勢いよく燃え始め  リビングにいた妻に ガラス越しに声をかけた 既に妻は準備を終えていたようで すぐに 用意されたサツマイモを耐熱皿に載せて 笑顔で玄関ドアを開けて出てきた 薪ストーブは 音を立てて燃え始めていた   オーブンの天板が赤くなっていないタイミングで サツマイモを並べ 蓋をする 20分のタイマーをかけ タイマーが鳴ると天地返しをするようにし 蓋を被せて じっくりと焼き始めた 煙突の先は 無煙で 排熱により 視線の向こうの景色が少しだけ溶けていた 10分ほどで 甘そうな匂いが 漂ってきた 妻は リビングのソファで足を伸ばして休んでいた 私は 放射熱さら逃げるため ストーブの前に置いた折りたたみ椅子から立ち上がり 片手箒で 玄関前ポーチに吹き込んでいた枯れ葉を掃除し始めた タイマーが鳴り アルミホイルで包んだ芋の天地返しをする 2度目のタイマーが鳴り  妻に声をかけて 耐熱皿に芋を載せて渡した後 余計になった薪を片付けていたら  「残っている熱で かぼちゃが焼けるよね」...

穏やかな日々が

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朝の気温が 5度以下になる日も増えてきた となると  決まって リビングのペレットストーブに 火が入ることになる 火が点くと ほっとするのは本能的なものと思われ 安堵感に満たされた朝になる 揺らぐ火を眺めながら 朝のコーヒーを淹れる 妻が起きて来る前の ひとりの時間を楽しむ私 そんな朝の時間帯に PCでブログを綴るのも ネットで情報を探すのも 実に愉しい のんびりと暮らせることに感謝するばかり とはいえ  就寝前の入浴では いつも決まっているかのように 震災で受けてしまった軽いPTSDに  何故か 気持ちが振り回される いつもなら 音楽をかけて気を紛らわすのだが 昨夜は それどころではなかった 夕方に起きた地震により 音楽をかけて気を紛らわすことより 早々に入浴を済ませることが必要だった それは とても長く揺れ続ける地震であり 11月9日の17時03分に起きたのだった 気仙沼市は震度2という発表だったが そんなもんじゃなかった 震度4はあるだろうと思われるほどの揺れで 妻もそう感じていた もちろん気仙沼市の観測地は  何故か中生代の大きな岩盤の上にあるものだから  我が家のように 大量の土石流が起きたと思われる地盤が  長い長い時間の流れで  標高150mの丘になった土地とは 揺れ方が違うのは明白 今回の地震が 怪しいと感じたのは 8日の土曜日から始まっていた 8日に同じ震源地で2回起きた この時点で おかしいなと思った 以後 本震と思われる揺れまでの間に 8回の記録が 気象庁から発表されていた 今朝(11日)の午前7時までに 発表された記録では なんと21回となっているが  記録されない有感地震も多く  今朝も2度ほど 家具がカタカタと鳴って目が覚めた 記録されない有感地震は数知れず  小さな津波も来ていたようだった 津波注意報が出ていても  あの震災を経験した身にすれば・・・と そして はたと 正常性バイアスがかっていた自分に気が付く・・・ 得てして  正常性バイアスは 災害などの経験の有無にかかわらず 直ぐにリセットされてしまう傾向があり そのためにも 常日頃から  いざという時の対策を意識しておかねばならないのだが そうと分かっていながらも 反省を繰り返す 軽いPTSDがあるにもかかわらず こんなことを繰り返す私 また 大きな揺れが来るかもしれない  それで...

昨年の失敗から

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 なんやかんやと あれこれ失敗ばかりをする私だが 昨年の秋にやらかした失敗は 冬季閉鎖期間の確認もしないまま 勢いで出発したことで 道路が閉鎖されていて 念願敵わずだった・・・  昨年は好機を逃してしまったのだが その好機とは  「栗駒焼石ほっとライン」の紅葉だった 宮城県民である私にすれば  何故に鳴子の紅葉を見に行かないのかと問われそうだが 鳴子の紅葉は 絶景ポイントが限定されていて  駐車するにも難儀するのが常 その点で 栗駒焼石ほっとラインの紅葉は その範囲が広く 道交法に触れないことと 他の車の通行に迷惑にならなければ どこに駐車しても あるいは停車しても構わないという魅力がある しかしながら 冬季閉鎖があることも事実だった 自宅を 午前9時に出発し 大谷翔平選手の故郷を通過して  奥州市水沢区で買い物と昼食を済ませてから  国道397号線を西に 胆沢ダム管理事務所に向かった 管理事務所で小休止をしてから ほっとラインに入ったのだが  あいにく 雲がかかり始めた 紅葉を楽しむには 青空が必須 とはいえ 楽しむことができたのが良かった 若い頃は 未舗装の林道をオフロードバイクで走り抜けた道だったが   今では全線舗装となり バイクで爽快に走ることもできる 妻の足のことを考えると  歩く範囲と段差などの条件を いつも考えねばならず 車内からも楽しめることはありがたい とりたてて観光地でもないが  私たち夫婦にすれば ドライブも楽しめる楽しいコースで 失敗さえしなければ 毎年のお楽しみなのだった もちろん  自宅周辺の紅葉も 俄かに始まっていて 景色を楽しめるようになってきた 枯れ葉もかなりの量となり 車のタイヤも 既に交換した  そろそろ初雪かなと思える気温になり始め ペレットストーブに火を入れることも 日に日に増えている また今年も 冬が来る

今年もあと2か月

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奥羽山脈にも雪が降り 自宅脇の ウワミズザクラの葉が鮮やかになった 秋も終わりになってきた 今日は この秋最後の 南庭の草丈を整えるため 芝刈り機を出して 刈り込もうと思っている 雑草と天然芝の南庭だが  雪が積もると ぴょんぴょんと頭を出す草の姿も愉しいが 綺麗な雪景色の南庭を眺めたいという気持ちの方が強いので ひと手間 かけようと思っているのだ 話は変わり  先日 東庭のチューリップを植えた 植えていたアシダンセラの球根を掘り上げた後  苦土石灰を撒き 土壌改良剤を投入し  土が落ち着いたタイミングでの作業  花壇に対して 球根の数が多いが  この写真の場所だけでなく 合計3か所に植えた 毎年 春になると  大きな花弁が 見事に並ぶのが嬉しい まだ 東庭には  マツバギクが少しばかり咲いているが その手入れもしないとならない  広がった部分を刈り込み 冬に備えるためだ  我が家は あと1か月を待たずして 初雪となる  昨日は  私の車は 後回しにして 妻の車のタイヤ交換を済ませた 段取り良く 年末に備えた準備を進めていこうと思う

秋が深まり

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秋もどんどん深まってきているようで ひと雨ごとに気温が下がってきている 最高気温が20度を越える日もあるが 先日の雨の日は 最高気温が13度の日もあった その日は 衣服を調整しても寒く感じる 「底冷え」になり エアコン暖房だけでは 風がうるさく感じてしまい 昨年よりも3週間ほど早く  ペレットストーブの試し焚きをすることにした 野鳥の進入防止対策のために取り付けていた 煙突先端の専用蓋を外して 外壁から20cmほど飛び出す煙突先端部を取り付けた それから 炉の内部に入れておいた 除湿剤を撤去し 木質ペレットを 空のタンクに補充し その他 いくつかの準備を済ませて 最後に 動作用の電源コードを繋いでスイッチをオンにした 火が入り 燃焼状態が安定した後 外に出て 煙突を周辺を見ると この夏に塗装した コンクリート製ポーチの上に 煤が噴き出していた 外壁から出ている煙突は 高さが70cmほどで ストーブの裏側から 真っすぐ外に煙突が伸びていて 着火の際 煙に火が点いた瞬間の  ボッという 小さな音とともに発生する  軽い爆発燃焼により起きた 煤の排出である 煤は 昨シーズンの終わりに行った煙突掃除で 内部に残っていた粉が 外に排出されたのだった シーズン中に 煙突に煤が溜まってくると まとまった煤が 外に出ることがありが そんな冬の日は決まって  日中の暖かい時間帯に ペレットストーブを止めて 煙突掃除をするのが常だった 試運転のこの日も ストーブが暖かくなると 妻は嬉しそうに ストーブにお尻を向けて立っていた  「始まったな」と私 「だって あったかいんだもん」と妻 冬の日の 妻の行動パターンである ストーブの上に置いた小さな薬缶が  ふつふつと湯気を立て始め 室内の底冷えも無くなり  居眠りをしたくなるような 安堵感で満たされた エアコン暖房も悪くないが  やはりストーブの火はありがたい  そして  雨があがった翌日の昼前 もしやと思い  家の北側の外壁を見ると 案の定 恒例の襲来が始まった 西側の森にある 杉林や  稲刈りが終わった自宅周の水田から  たくさんのカメムシが飛来していた これは毎年恒例のこと お分かりのとおり カメムシは  ありとあらゆる隙間から侵入しては 家人を困らせる 写真の下に見える 丸い計画換気システムの排出口からも 当然 進入してくる量は多く...

歴史探訪に出かけてきた その3

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 前回の続き たかだか1泊2日の歴史散策を  3回にわたって綴るというのは 少し冗長かもしれないが  お付き合いいただければと思う 九戸城のガイドハウスを出て 次に向かったのは  車で2分ほどの距離にある二戸市埋蔵文化財センター おや?と思われた方も多いことだろうが そもそも九戸城跡が 二戸市にあるのだ 少しややこしく感じるのは  南北朝時代前後は  この地域が 糠部郡(ぬかべぐん)と呼ばれ  ここには 一戸という地名から九戸まであったといわれ 繰り返すが 九戸政実公のお城が 現在の二戸市にあるということなのだ さて 二戸市埋蔵文化財センターが 古い建物の3階にあるとは知らず その外観からも 階段を利用するしかないと判断した私たちだったが  幸いにしてエレベーターがあったので  足の悪い妻にはありがたかった これまで何度も「足の悪い妻」と書いてきたが あの3.11の大震災の後 妻の両足の同じ部位の骨が 順に壊死していまい  左右の順で 壊死した骨を人口骨に置き換える手術を受けており 今は 身体障がい者2種の手帳を持っているのである 手術前の私は 不安になっていた 妻は 再び歩けるようになるのだろうかと・・・ 今 こうやって  なんとか歩けるようになったことに感謝するばかり とはいえ 就寝前になると 足の痛みを湿布で誤魔化しながらも 日々暮らしている状況なのだった   話を戻す 埋蔵文化財センターの展示物のうち おめあての貴重な資料が 残念ながら貸し出し中だったようで 萎える気持ちを 抑えながら見学したが 興味深いものも多くあった  見終えて外に出た私たちは 「雨が降っていないね」とお天気に感謝  すると ちょうど正午のサイレンが鳴った 車に乗り込んで 「お昼になったけど お腹が空かないね」と私 「私もだよ しっかりと朝食を食べたからね」と妻 「雨のこともあるから 三戸町の雨雲の状況を見て決めよう」と私 車に乗り込んで スマホで検索 どうやら 二戸市の北に位置する三戸市は  まだしばらくは雨が降らないと思われ 食事をパスして 三戸町へと向かうことを決めた 杖を使う妻にとっては 雨は不都合だからである 雨になるだろうと諦めていた場所が 見学できると確信し 少し気分も 上向きになり 車を走らせる 三戸城は 三戸南部氏の南部晴政公による築城(1539年)であり 南部...

歴史探訪に出かけてきた その2

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 青森県と岩手県にまたがる 南部家の歴史を知りたくて 青森県八戸市のホテルを出発した私たち夫婦は 岩手県二戸市へと向かった 雨予報だったにもかかわらず  幸いにして 二戸市の周囲は雨で ここだけが降っていない様子 降ったにしてもかなりの小雨の模様だとはいえ 私たち夫婦にすれば 雨は都合が悪いのだった 妻は右手でクラッチ(専用の杖)を使い 歩行を助けている状態なため 足元が悪い状況では 不安が大きい しかも 左手に傘をさすことになり 両手が塞がれることになる 戸外の見学の場合 雨の日を避ける理由がここにある 段差や斜面のない屋内であれば  杖がなくても短い距離なら歩けるのだが お出かけの時は 妻が歩ける場所を探りながら 「ここ 歩ける?」と 声をかけ 時にはそのコースを歩かないこともある 今回の旅の中で  特に訪れたかった場所が 八戸市の根城跡と二戸市の九戸城跡 どちらも戸外で 平坦な場所だけとは限らない 「2時間くらいは 雨は降りそうにないね」と スマホで雨雲の動きを確認した私たちは ガイドハウスから 傘を持たずに移動開始した 三の丸に位置するガイドハウスからすぐのところに 外堀を上がり降りする 手すりが付いた階段があった 早々に 妻は難儀するのだが  妻は元気な声で「大丈夫 歩く」と意気揚々 今回 妻が一番訪れたかった場所なのだった そこから曲輪(くるわ)となる通路をしばし歩き 南側の深田堀(ふかだぼり)と呼ばれた  人や馬が歩けないほどの泥濘の堀の上に 今は舗装路がかけられた道を ゆっくりと歩くと そこから見えたのは 二の丸切岸(きりぎし)という要害の姿だった 蔓性植物に覆われてはいたが 部分的に見えたのは 火山灰と思われる堆積物が浸食により露頭した天然の要害 この垂直面には いくつも穴がみられたが  おそらくは木の根が腐れた跡と思われた  高さは10mほどになるのだろうか  不自然なほどに垂直になっていることに驚いた 二の丸切岸(きりぎし)と呼ばれる崖だけに  おそらくは 切り立つように下部が掘りこまれたのかもしれない この城跡は3方向が川となっていて 馬渕川に面する場所は さらに高さのある断崖絶壁となっている これが 豊臣秀吉による奥州再仕置きで 豊臣軍と九戸政実公の軍が戦った城跡 秀吉の甥である秀次を総大将にして  井伊直正 浅野長政の高名な武将ら...

歴史探訪に出かけてきた その1

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妻と一泊で 歴史探訪の旅をしてきた 前回は 津軽旅で  今回は 南部藩の歴史探訪 八戸市と二戸市 時代を違えた今では 2県をまたぐことになる訳で 八戸は青森県で 二戸市は岩手県の自治体 ところで 戸と書いて「へ」と読むが 「へ」って何?というと 諸説あるらしいが 決定的な解釈はないらしい 自宅を朝7時に出て 三陸自動車道を利用して北上 終日 晴れの予報で 気持ち良いドライブが楽しめそうだった 気仙沼から宮古の北までは トンネルが多いが 次第にトンネルは少なくなり  表土が十和田噴火で埋もれ 海から100mほどの断崖の上にある台地の上を 広い空と海を眺めながら ひた走る ここは三陸海岸線の中でも とりわけ好きな風景である この日は とても天気が良くて いつものように 「道の駅おいすた山田」で最初の休憩 そこから さらに北に走り 久慈市の北にある「道の駅いわて北三陸」でも休憩 ここに来ると 毎度のように ポケモンの個性的な遊具を眺めて そして必ず  ポケモンが大好きな 孫娘3号の話題になる私たちだった ひとしきり ショップ内も眺めてから  北に向かった 階上岳周辺になると  美しい秋の空と海  右手に広がる 大規模な海岸段丘を眺めることができた そして 目線の先の低地に広がる八戸市が見えてきた  この景色は 三陸自動車道の終点を 広く見下ろすものであり 八戸に来たなと実感できる風景だった 気仙沼市から 休憩を挟んでも4時間弱という行程 時間は昼前で  先ずは 根城公園内の八戸市博物館駐車場へ向かう 駐車場の目の間には こんな騎馬像があった この騎馬像は 南部氏の始まりである師行(もろゆき)公 この台座の反対側には 南部氏は 後の岩手県盛岡市を中心とした南部藩の祖である 事前学習は進んでいたものだから 妻も私も ああだこうだと話しながら 食い入るように資料を眺め  草書体の一次資料などにおいては その解釈で 妻とあれこれ話し合う いつもそうなのだが ほかの見学者と比べると 時間のかけ方がまるで異なり 昼前に入ったのに 気がつけば午後2時にならんとしていた まあ こうなることは予想できていたので 車の中には パンやおにぎりを買い置きしてあり 少しだけ空腹を満たした さて この博物館の隣には  師行公が築いた城跡があり 「根城」(ねじょう)という  日本のお城100選のひとつ...

秋になり

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秋になると  雑草地を刈り込んで管理している南庭に  エノコログサ(ネコジャラシ)が目立つようになり 自宅周囲は ハギの花が満開となっている さて  我が家の南庭は 8月に2回 9月に2回と マキタ製の電動(バッテリー)芝刈り機を持ち出して 平面部の草を一気に刈りこんできた 一昨日が その9月の2回目だった 140坪サイズの南庭は この機械を導入するまでは 肩掛けベルトを使って 刈り払い機で綺麗に刈り込むには  なんと3時間ほどかかっていた 以前は 暑さで大変な思いをしていたのだが 少し気温が下がった時間帯に  押して歩くだけの芝刈り機は とても助かる もちろん 作業後の水洗いとメンテナンスは必要だが それにしても  南庭の草刈りが あまり苦にならなくなったことは事実 上の写真からも お分かりかと思うが 砕石にして管理している敷地は 草取りが必要で 自分なりに 時間を見つけては 草取りをしていて 手作業で抜くには あまりに手間がかかるような場合は 大型の灯油式草焼きバーナーを使い  安全に配慮しながら 焼き払っている それにしても 夕方に聞こえていた コオロギの声も だいぶ以前に消えてしまった  ここ数日は どこの隙間に入り込んだのか 判明しない アマガエルの声だけが 聞こえている 夏の間 盛んに飛んでいたハチも少なくなり 一気に秋が進んでいる 朝の最低気温が15度を割り込み 日中の最高気温も 25度に満たない日が増え 明るい色の外壁が好きなカメムシが  我が家に飛来するようになってきた まあ 稲刈りが終わる季節になると カメムシの飛来が増えるのは常 こんな季節になると 釣竿をもって 海に出かけたくなる私だった 介護から解放されて初めての秋 久々に 海釣りを楽しみたいなと思う

退職して11年目にして実感した今

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間もなくやってくる誕生日で69歳になる私 58歳で 身体上の理由で退職し 早いことに10年が経過した 退職してからの2・3年は  身体を復調させることに注力していたが 義母の衰えが見え始め 同時期に 実母の重病が発覚し 間もなく他界 実家を始末をするため 最終的には 司法書士の力を借りて 裁判調停まで行った 義母の介護と並行しての 実家の始末は とてもたいへんだった 実家の始末を終えると 義母の状況は更に悪化し 我が家に連れてきての介護 身体障がい者である妻の足の負担も考慮し  自分のことなど後回しにしての自宅介護は  妻も私も かなりの負担だった やっと今年の1月に 申し込んでいた施設から声がかかり 義母を入所させることができた その1月末には 互いの労を労うために  定宿にしている 松島「一の坊」を楽しみ 3月には やはり定宿にしている花巻「志だて」を楽しみ  4月末には 妻との4度目の北海道旅を7泊で実現できた もちろん 介護の拘束から解放されたとはいえ 義母の様子を知るために 施設に足を運んでいる 退職後の10年は波乱の10年だった ここに至って やっと 願わしいスローライフが 実現できていることを実感する 昨日は 秋の空が広がり 最高気温は23度だった 庭のアシダンセラの花も終盤となり ひとしきり厳しかった 今年の暑さを忘れるかのような風が吹き アシダンセラの清らかな香りを楽しむ そして 余るほど収穫したピーマンと万願寺とうがらしを撤去し 残った根を除去し  来年の春の花のための準備を開始 東庭のタマスダレは 見事に咲き さらには  南庭の片隅に植える ニンニクの準備も進んでいる 介護に左右されることなく 旅行を楽しみ 家で育てた野菜を食べ  花を楽しむ 何事にも囚われない そんな時間を待っていた 妻と一緒に あと何回 旅を楽しめるのだろうか あと何回 お気に入りの温泉宿を楽しめるのだろうか 慌ただしかったこれまでの人生を語らずに 楽しかった思い出だけを話しながら 人生の余白を楽しみたいと願うばかりである  

メロンの花と暖房

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孫娘3号が植えた メロンの花が咲いた 日照温度がかなり高くて  植木鉢に 白い紙を回して温度を上げ過ぎないようにしていた そして 今朝の外気温は13度・・・・ ここ 数日間はエアコンを除湿だけで動作させていたのだが さすがに今朝は エアコンの暖房を入れた 「暑さ寒さも彼岸まで」といわれているが そんな秋彼岸も 今日からで 我が家は 妻の足の事情から 昨日 墓参を終えた 坂の上にある墓地に 一番近い駐車場がとても狭く フライングしないと 妻が墓参できないからである

ささやかな農作も終わりが見えてきた

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 今年の我が家の栽培品目は 万願寺とうがらし カブ ミニトマト ピーマン ニンジン ミョウガ トウガラシ(鷹の爪) そして恒例のスイートバジル ミニトマトは 葉巻き病になってしまったが それ以外は すべて順調で 今では  ピーマンと万願寺とうがらしの収穫がほぼ終わりになっている 写真は 鷹の爪を乾燥させている様子だが   1本の苗木があれば まるまる一年 お料理で使えるほどの収穫となる 日干し用のざるでもあれば 格好は良いのだが 家にあるもので代用・・・笑 日照がある日に  こうやって ウッドデッキの上に置いて  乾燥させているのだが  9月後半になったというのに  気仙沼市では 今日も31度の予報 トウガラシを乾燥させるには都合が良いが 南の地域では 未だに猛暑日が続いて 大雨被害も起きている 不謹慎だが もはや「異常気象」ではなく  日常的な気象になってしまっているような そんな気さえする 地球の極軸が どんどん傾いているという情報があり このままでいくと ポーラーシフト(極の反転)が 起きてしまうのではないかと不安視される 二酸化炭素が「異常気象」の原因ではなく この極軸の傾きが モンスーン(季節風)を変化させ  高温や大雨の被害を引き起こしているのではないか と 素人目線で疑ってしまう・・・ その目線で 学者先生たちが何も語って欲しいのだが 私が得た情報が 間違っているのかもしれない これだけ高温が続くと 当たり前だが  ヒートアイランド現象も加速するだろうし・・・ とにもかくにも 各地で災害が続いているようだが 何よりも安全第一 どうすれば減災できるのか 私たちの知恵が試されているような気がする

今年もメロン栽培

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今年のお盆に 娘家族と息子家族が一緒に帰省して  我が家は 過去に例のないほどの大賑わい・・・ 家の中を孫娘3号と4号が走り回り  それを18歳の孫娘1号と16歳の孫娘2号が相手をしてあげる 今年のお盆は これまでにない賑やかさで 8月末も暑い日が続いたことで 大量のタオル類や寝具の後片付けも終わり  既に季節は 秋彼岸を迎える直前 小学校1年生になった孫娘3号が  2年前と同様に メロンの種を持参して 小さなプランターに たくさんの種を蒔き  今では  その芽を 3株まで整理して こんな状態になった  それにしてもメロンの生長の早さには驚くばかり 蒔いてから3日で 芽を出し 既にここまでになった 栽培用のハウスもない我が家で  これからどうやって 温度管理するのか・・・ 2年前もそうだったが  リビングの掃き出し窓のガラスに寄せて  蔓を上方向に延ばすよう紐で誘導するという 家の中で 垂直栽培をするしかなく  結果  出来上がったメロンは かなりの小粒となった 今回も その方法しかないが 孫娘3号の植えた種を  どうしてもジイジは 育ててあげたくて・・・ 1か月前の にぎやかなひとときを 楽しく妻と思い出しては  ああだったね こうだったねと 静かに暮らしていく元気を  孫たちに たくさんもらった夏だった

ど渇水から大雨洪水警報

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 気仙沼市では  昨日までは 給水制限になる直前の渇水状況だったのに 今朝は 激しい雨の音で目が覚めた すると たて続けにスマホが鳴り 大雨洪水警報まで発令された 雨樋の水が溢れ びっくりするほどの雨だった これだけ降るのは 滅多なことではなく 雨レーダー画像を見ても 赤く表示されている部分が 1時間経過しても 動かない・・・ どういうこと・・・・ 昨日は 秋の涼しい風が吹いてくると  草が硬くなり 刈り難くなると思い 朝5時から 家の周辺の草の刈り払いを行った 暑くなる前に終わったものの  自分の家の敷地ではない 西側の公共水路の周囲や 市道脇の草も刈り払った すっきりとして 気持ち良い景色になったものの 久しぶりのまとまった雨で また草も延びる  今年はあと何回 草刈りをするのだろう それにしても  この雨の被害が出ないことを祈るばかり

猛烈な残暑が続く

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連日の猛烈な残暑の中 69歳夫婦は 静かに家の中で過ごしている 東北地区内でも 比較的涼しいといわれる気仙沼市でも 連日のように暑い そして 今日も こんな予報 昨夜から今朝にかけては 熱帯夜だった 夜ともなれば  家の周りでは コオロギが盛んに鳴いている 気仙沼市でさえ  これまでの期間での35度越えが 6月が1回 7月が9回 8月が5回という・・・ はてさて 9月はどうなることやら 娘家族が住む福島市や 息子家族が住む杉並区の 気温を見るたびに 無事の暮らしを祈るばかりである そして 気仙沼市の雨不足 市では給水制限も検討しているとの広報 仙台市から僻遠の地である気仙沼市は  宮城県中央部とは異なり 水道インフラを民間委託をしていないので 将来的な不安は少ないが  何せ 小さな河川に頼った水道事業のため 日常的な不安材料は残る 我が家はリビングにあるエアコン1台で暮らしているだけに 今更ながら  ここまで暑いと エアコンを増設しないとならないかと・・・ そうこう思っていると 暑さが終わるということの繰り返し エアコン買うなら 初秋が好機で  モデルが変わる これからのタイミングで探すと  かなり安価に買えるという・・・ とはいえ  この暑さでも それなりに工夫して暮らしている 冬場のことを考えると 高気密高断熱の家の壁に 穴を開けたくはない気持ちはある・・・ 暑さよ 早く収まってくれ

それは突然

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かなりの期間 雨が降っていない気仙沼市 水源となる河川も 渇水状態となり 給水制限になりそうな気配 そんな折に  偶然の「通り雨」があった その時に 玄関前のポーチの椅子に座り   雨をやり過ごそうとしていた私 たまたま 庭の草取りをしていたのだったが  降雨とともに 臭い風が吹いて来た  その時は 変な臭いだなと思っていたが 就寝前から 目が痒かった 洗眼しておけば良かった・・・ 案の定  翌日から 猛烈な目の痒みとなり  持ち合わせの目薬で やり過ごそうとしていたが 眠っていても 目をこすっていたらしく 3日目の朝には 瞼が赤く腫れてしまった アレルギー症状だなと思い  若い頃に一緒にバイクで走り回っ友人が院長を務める 近隣の眼科に行った 毎度のことだが  彼の診察を受けると 院長から あれからどうしてるとか  あいつは今どうしている・・・という 雑談が先行してしまう 「ちょっと待ってよ 診察結果は???」と聞くと 「ああ アレルギーの結果が出ていて 薬出しとくね」と 今は 厳しい院長と言われているらしいが  私の前では 互いにやんちゃなバイク乗りだった友 「しばらくはこれで 様子をみて」と言われ 「ありがとうございました」と診察室を出た  家の戻り 妻にこうだったよと伝えると 妻は「また いつものとおりだったね」と笑った 私の方が4歳年上なのだが  若い頃からタメでしゃべってくる 院長の気さくさが心地よかった それにしても このアレルギー症状は これまでに経験のない季節で訪れ  しかも 突然に爆発したような症状だった 通院してから3日目の今朝は  瞼の腫れもだいぶ収まり 痒みも軽減したが 点眼の間が開いてしまうと やはり痒みに襲われる なので だいたい4時間おきに  眼を洗ってからの点眼をセットにしている  前回 通院したのが3年前で  原因不明の眼底出血だった 久々に会った友人も 相変わらず元気だったので  何よりだった そして 深夜の地震 画像は日本気象協会のTenki.JPから借用したが 午前1時29分の地震  これはまずいぞと思わせた 地鳴りの大きさに目が覚め そして 連続する長い揺れ方・・・ 「臨機応変 臨機応変」と自分に言い聞かせ あらゆる事態を想定しながら 飛び起きた  妻も起きて  まだ 細かく揺れているというのに  1階のリビングに降りて テ...

ハチクマに感謝

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 ハチクマというタカの仲間をご存じだろうか 猛禽類の大型の鳥だが  毎年 5月あたりに大陸から渡ってきて 決まったエリアに営巣し 子育てをする 何年も 我が家の頭上で その声を聞いたり 姿を見てきたが 昨日の早朝 東庭の草取りをしていたら  独特なハチクマの声が聞こえ 空を見上げたら  恒例のことだが 見事なまでの真上を旋回していた しかも 親子で 親の後追いをして 飛んでいて  上昇気流に乗り 声を出しながら くるくると大きな円を描いていた  しめた! と思いスマホで撮影 とはいえ 撮れているかどうかは運任せ・・・ どこかで撮れていることを祈りながら  動画で撮ったものから写真にした 特有の鳴き声は YouTubeで検索し  他の方の投稿動画を参考にして欲しい ハチクマは 大型のハチのみを食べる特性があり オオスズメバチやキイロスズメバチといった 人間の生活に害のあるハチを 巣ごと(プレート1枚)を巣に運び 幼虫を雛に与えて 子育てをするらしい 今年も春先に出てきた オオスズメバチが いつからか 姿を見せなくなったので 今年もハチクマが来ているのかなとは思いつつも ついに昨日 確認できたのだった もちろん キイロスズメバチも見なくなっていた 自宅にも 何度も巣を作られては  自分で駆除をしてきただけに  本当にありがたいと感じていた  ハチクマのおかげで  暮らしの危険度は かなり下がった マダニ マムシ クマといった  大小の怖い存在は残っているが 飛来する危険な生き物が減っただけでも かなりありがたい ハチクマが営巣してくれる環境は 豊かな自然があるという証拠で それだけ田舎の山奥ということなのだろう 自宅が 山の尾根にあるため 上昇気流が発生し易いこともあり 他の猛禽類も 我が家の頭上を飛ぶことが多い 自分で選んだ 静かな環境での暮らしは つくづく 悪くないものだと思っている