投稿

2024の投稿を表示しています

笑えた大晦日

イメージ
今日は大晦日 ・・・で 思い出した 昨年の大晦日のテレビ番組で放送された「逃走中」で マツケンさんが出ていたらしい・・・ 「らしい・・・」と書いたのは  私がテレビ嫌いで ガチャガチャと五月蠅いテレビ番組は好まず 余程のことがない限り 衛星放送も含めて テレビを視聴しないからである 特に嫌いな期間は  大晦日から正月にかけてで その期間は 私にすれば最悪の日々で 書斎に籠っているのが常 昨年の大晦日も そのように過ごしていたら 息子からメールと画像が来て 大笑いした 逃走中に出ていたマツケンさんと私が激似だというのだ 息子は姉(娘)のところにも この写真を送ったらしく 娘家族も大笑いしたそうである それがこの写真               2023「逃走中」から拝借 これを見た 妻も大笑い 自分で見ても・・・笑えるほど似ていたのだった まあ 実際は このマツケンさんよりも 白髪の量がはるかに多いのが私だが・・・ 今見直しても ほんと笑える・・・ そんな訳で 私のことをよくご存じの方も 大笑いされたことだろうと思う 義母の自宅介護で 大変な毎日を過ごしている私たち夫婦だが 「そういえば マツケンさんの写真が・・・」と思い出し 写真を見つけて ふたりで笑った・・・ 新しい一年も 笑い合える一年にしたいものだ

午後2時の気温が0.5度で風速6mだっていうのに

イメージ
寒い日だっていうのに いったい何してんの・・・ 12月27日 午後2時のこと 午後4時には 義母がショートステイから帰ってくるというのに 外に出て やりたかった遊びをし始めた私 伐り倒して 薪割り台にしていたミズナラも 3年も経過すれば 十分に中まで乾燥したと思い 樹皮を剥いだら 虫食いで ぼろぼろ・・・・ 諦めずに しっかりと樹皮を取り除き 表面をバーナーで焼いたあと 束子(たわし)で磨き 運び易いように 残り物の材料で作った 取っ手を付けて また バーナーで焼いて・・・ はいできあがり 既に細くしている薪だけを割る台なので こんなもんで十分  そして この冬は 西側の法面の柴刈りをする予定で 可能ならば 数本のハンノキやミズナラを伐採できるかも・・・ とすれば また薪や焚き付けが準備できるかもしれない とはいえ あくまでも 無理はせず 安全第一で 柴刈り爺さんを楽しみたいと思っている さてさて 現在は 午後3時を過ぎた そろそろ 車いすの婆さんが戻って来る また介護三昧の日が始まる・・・

空にはたくさんの飛行機雲が

イメージ
連日のように 澄み切った青空が続いている 最近の こんな青空の日は 上空には 1000mから2000m級の高度の雲が増えてきたように感じる 秋のような4000mから5000m級の高層雲は少なく 低層の雲がある時は 雪模様になる日も多くなった 今日は 愛車を洗おうと思い カーポート前に出たら  綺麗なひとすじの雲を引いた旅客機が 頭上に見えた この旅客機は 韓国航空の旅客機だった もちろん旅客機なので 高度は10000m程度 その高さには風がないようだったが 地上には 結構な風が吹いていて 洗車をしていると 車に落ち葉がたくさん落ちてきた こんな日は 飛行機雲が楽しい 興味深い飛行機雲・・・ 翼の先端により発生した風の乱れが リズミカルな雲を発生しているようだ 義母がショートステイに行っているため 車を洗ったり  灯油を買いに出かけたり 屋外倉庫の整理などして のんびりと過ごしている のんびりと言いながらも  バタバタと動いているような気もするが 義母がいる時とは異なり 気持ちはとても楽で・・・ 先日のこと 義母を内科通院させたら  「もうご本人は来なくて良いですので  家族受診にしましょう」と言われ 医師からさらに 「体調に何かあったら 救急車を呼ぶ前に こちらに連絡してください」と言われた いずれ 時は来る 覚悟を決め 慌てないようにしたいものだ

焼き芋と妻の左脚のトラブル

イメージ
一昨日のこと  外気温は3度だが 風がないので暖かいこともあり 義母が大好きな 焼き芋を 東庭で 自作の無煙薪ストーブを使って しっかりと時間をかけて  「甘くなあれと」願いを込めて焼いた 過去の記事で その製作状況については投稿していたが 理想の燃焼状態となるよう 何度も作っては壊した結果  ドラフト構造で しかも3次燃焼という  優れた燃焼効率のストーブが 一昨年にできあがった その上に用意した蓋も ペール缶で作成し オーブンとして使用していたが 昨年には 竈部分の基本構造を大きく変えていたのだった 義母は 焼き芋が大好きで マッシュした状態をスプーンで食べたのだが 小さめのサイズをまるまる1個分食べた 焼き始める前に サツマイモを下処理していた妻も もちろん その甘さを楽しんでいた そして 昨日  義母を6日間のショートステイに送り出した 義母がショートステイに行くと 私たちは あれこれと買い物にでかけるのが常 まずは 義母のリハビリパンツ購入に始まり 日常的な生活用品 食品類 追加が必要となった私たちの真冬用の衣類まで・・・ 昨日の昼食前だけで  5件のお店を妻と回り 帰宅してからの昼食 昼食後は 追加する介護用品のリース契約のため 業者が来宅しての契約 ほっとしたのが 午後3時を過ぎた時間帯 それから妻は 食品の買い忘れがあったということで 私が運転手で  近くのスーパーに行き  当然ながら 私が荷物運び 妻に重いものを持たせるのは危険で セラミック製という人口骨が その素材の硬さから 接する骨を壊してしまう可能性があるためである 帰ってきて直ぐに  妻は夕食の準備を始めようとしたので 休憩をするよう促した 義母を送り出す際にも かなり家の中を動いていた妻 私も妻のサポートに徹していたが 上述のとおり 義母を送り出した後も 買い物で かなり歩いたのだった 夕食後の風呂上り 妻の左脚が浮腫んでいることに気が付いた 右脚には問題はなかった 両脚が浮腫んでいれば 内科的な問題があるのだが 最初に手術したのが左足で2011年のこと そして  その2年後には 右足も人口骨に置き換えられた 左右のどちらも同じ骨で 原因不明の骨壊死だった 痛み止めの湿布を貼った後 妻はスツールに脚を乗せて ゆったりと休息 そして 今朝の妻の浮腫んだ左脚は だいぶ腫れも引いていたようで ...

介護負担も限界か・・・

イメージ
94歳の義母の介護が再開した その介護度は4 最重度が5となるので そのひとつ手前といったところだが その負担は かなりのもの・・・ 写真のように 玄関前にスロープを設置するため 施設にロングステイをお願いしていたのだが 帰宅してから 僅か5日間で  その負担の大きさに 私たちの身体が悲鳴をあげた  出来上がったスロープのおかげで 送迎は楽にはなったものの ほかの全ての面において  その負担が さらに増えたことを実感した 日に日に情況が厳しくなるのは 分かってはいたのだが・・・  家の中では 妻とふたりがかりで 義母の両側に立ち 義母を静かに立たせて ゆっくりと移動させるのだが 義母は 脚の裏に 自分の体重を乗せることが難しくなり 時には 自分の足で立つことすら忘れてしまうこともあり 義母の体重が 私たちの腕にのしかかってくることもある となると 家の中での車椅子使用も視野に入れないといけないが トイレの扉の前で 車いすから降ろす作業に難儀することが分かり  家の中では車椅子を使うことを避けることにし 私とふたりで移動させるという日々 妻の両足には 人口骨が入っている関係から 義母を支えることができるのは 右腕しか使えず  私は私で 腰椎の4個の椎間板すべてが潰れてしまっていて 腰痛があるのは日常的なこと そのため 義母を立たせるときは 妻が右腕で支えるしかなく 私は左腕で 反対側から義母を支えることになる 結果 妻の足の痛みが少し強くなり始めた かくいう私も 過去に左肘の靭帯損傷をしているにもかかわらず 左腕を使うしかなくなり 先日 左肘の痛みが再発してしまった そんなこんなで  義母を眠らせた後 夜中にふたりで 痛み止めの湿布を貼る日々 妻の身体的負担を考えると もはや限界で セラミック製の人工骨が 周囲の骨よりも硬いので 人口骨が周囲の骨を壊す可能性があるのだ・・・ そうなると 確実に妻は 足の手術のために再入院になると 担当医師から言われていた・・・ それだけは避けたいのが私の気持ち このような状態を ケアマネージャーさんに伝えたところ 状況を理解してくださり 入所申し込みをしている施設に空きがでるまでの間 ショートあるいはロングのステイを繋げていくという計画に変更し 妻の身体的負担を軽減できるよう配慮してくださった とはいえ  空き待ちが原則の入所のため ...

久しぶりの花巻温泉宿2

イメージ
花巻「志だて」の朝食を 十分に楽しんだあと 少し休んで 私は部屋風呂を楽しみ 妻は 大浴場に向かった 妻は 湯上りに またアイスを楽しんできたと・・・笑 少し涼んでから 着替えを済ました後 妻の希望で お隣りの「志戸平温泉」への専用通路を通り フロント前の大きなショップに行った 私はいつものように荷物持ち 日常的に 片手がクラッチで塞がれているのが妻の歩き方 そんな妻に負担をかけさせたくないので 私が荷物を運んでいるのだった お子さん連れの多い「志戸平温泉」は  いつも音楽が流れ  楽しそうにお子さんたちが走り回っていた これもまた 良い風景 東京在住の孫たちの姿と重ね 目を細める私たち 孫たちと一緒なら 間違いなくこちらに宿を取るだろう 買い物を終え  ゆったりと 11時ちょっと前にチェックアウト この後の予定は 最近話題になっている場所に・・・ 場所は 大リーガー菊池雄星選手と大谷翔平選手を育てた 花巻東高校のすぐ隣りにある KOHこと "King Of the Hill"という練習施設 菊池雄星選手が自費で 母校の隣りに建てたことで 報道等で有名になった 中を見学できるのかどうかまでは確認できなかったが 今回は 外観だけを見に行った そのあとは 花巻市役所の駐車場に向かい この場所に移設された 盛岡藩花巻城の鐘楼を見学 小雨がぽつぽつと降っていたが 初見となった史跡 この日の予定は 花巻城址の見学で 既に この市役所周辺も 城址の中ではあったが 再び車に乗り 復元された西御門に向かうことにした 資料によると 花巻城は そもそもが1591年の九戸政実(くのへまさざね)の乱の後 盛岡に入部した盛岡藩南部氏領南端の抱え城であったことは史実であるが 1189年の奥州藤原氏の滅亡以後の400年にわたり この地を支配した稗貫(ひえぬき)氏の居城で その当時は鳥谷ヶ崎(とやがさき)城であったという そして 初めて花巻の名の由来を知ることになった 桜の花びらが お城のすぐ脇を流れていた北上川に落ち 渦を巻いている風景からだという・・・ 後に 北上川の氾濫を理由に 川の流れを変えたというが そのことすらも知らなかった さて 今回の一番の目玉は  あの新渡戸稲造氏の祖父は この花巻城に勤める 南部藩の重臣だったということで  訪れたのだった 広い城跡だけが残っ...

久しぶりの花巻温泉宿1

イメージ
前回の墓参りの記事と 時間的に話は前後するが 義母のロングステイが終わる直前の  チャンスとなったタイミングで 花巻のいつもの温泉宿「志だて」に行ってきた 運良く リーズナブルな宿代になるセールがあり そのタイミングで予約がとれたのだった 宿に到着したのが 午後3時ちょっと前だったが 辺りは 雪になるか雨になるかの瀬戸際の気温のようで 山深い場所を流れる豊沢川沿いは  冷たい霧が 川の上に帯のように立ち込めていた 愛車を駐車場に入れて 外に出ると 纏わりつくような湿気の多い空気が  一層 肌寒さを感じさせた 荷物を降ろそうとしていたら  宿のスタッフが  停めたばかりの車のところまで 出迎えに来てくれた いつものことだが スタッフに 最近のクマの出没状況を聞くと なかったとのことで 軽く安堵した ラウンジのソファに案内され チェックインの手続きをする際に 今回で何回目になるかスタッフに聞いたら 7回目とのこと 最初に利用したのが ちょうど10年前だった お気に入りの宿とはいえ 決してお安くはない宿・・・   7回目と聞いて ずいぶんと利用したものだと思った 現在 このお宿は 2部屋を抜いたスイートルームを作ったことで  全24室から23室になった あまり人に出会わず 静寂を楽しめること そして 高いレベルの創作和食を楽しめることが  私たち夫婦のお気に入りでもある 客室は4階まであるが  クマを警戒する生活は 自宅だけにしたいので 1階の客室は予約したことがない 部屋に入り 荷物を降ろすと さっそく私は  窓ガラスの向こう側で湯気を上げている 半露天風呂の温度を確かめることにした すべての部屋に 源泉掛け流しの風呂があり 1階は石風呂だが 2階より上は陶製のものが置かれている 樹木を眺めながら すっぽりと肩まで湯に浸かり 宮沢賢治の作品にも出てくる豊沢川を眺めるのが  いつもの私のお気に入り この日の豊沢川の水は いつもより白濁しており まるで春先の雪代混じりのようで 上流の豊沢ダム周辺に積もった雪が融けて  川を濁らせていたのだと思われた そして 畔には ハンノキと思われる黄葉樹木が散見されていた 写真には見えないが  その右側には ひときわ高木となったアカシデが オレンジの葉を散らし終えていたようで 羽根の形の実を たくさんぶら下げていた  お湯に手を入れてみる...

父の命日と雪

イメージ
父の命日である先日の午後3時頃  一関市内の墓地へと向かい  墓参りをしてきた 墓地の上にある菩薩様の方向から陽が差し込んでいた 父は54歳で旅立った  ガンだった 現在の私は67歳 父よりも干支で一巡以上も年上になった そう思うと 自分も長く生きてきたものだと思う さて 今朝は 最低気温がマイナス2で  うっすらと雪化粧となった そして 一昨日から 義母が施設から戻ってきた これまで  義母が施設にお世話になっているタイミングで 業者に 車いす用の通路を玄関前に造ってもらい 自前の作業で ウッドデッキの右側に  施設の車が入って来れる場所を確保し しっかりと タイヤ止めまで準備した  そして  12月7日の今日から デイサービスが再開する 今は  義母の朝食中で 妻が介助している 介助の段階も一段上がり  ほぼほぼ全介助となり 妻と私のふたりがかりとなっている 私の両親はともにガンで他界し 病院でみとられた 94歳の義母の 世話をし続けながら あれこれと 自分の今後を思っている これからの自分は どう生きるべきなのだろうか・・・と

キツネの嫁入りと雪

イメージ
昨日は こんな空だというのに  写真には写らないほどの 雨・・・ そして この時の雨雲は ※ ヤフー マップから ・・・雨雲はない こんな青空の日に雨が降るのは 「キツネの嫁入り」だという言い伝えがある そういえば 先日の19日に雪が降り 我が家のウッドデッキが白くなった 朝 カーテンを開けてびっくり いつもより ずっと早く雪が降った 南庭には キツネだけではなく ニホンカモシカ・タヌキ・テン・ハクビシンなどの 4足獣対策の白いロープと カラス対策のため 黒い釣り糸を張り巡らして 南庭の被害を減らす工夫を終え ほっとしていたところに 雪が降ったのだった 自宅周辺の紅葉もあっという間に終わり  ほんとうに 冬が来たようだ

2年ぶりに 倉庫の屋根の洗浄をする

イメージ
一昨日のこと カーポートの屋根を高圧洗浄した 2年も洗浄していなかったので 汚い画面ですみません・・・ 雨合羽を着て 洗浄開始 この差に 自分でも驚いた 洗浄を終えると ところどころ ペンキが剥落し始めた 今更ながら  下地剤を塗らなかったのが悔やまれる あと数年は このまま剥落するのを待って 次は下地処理をしてから 塗装しようと思う

介護のお休みが終わる前に2

イメージ
前回にも書いたように 義母の介護が再開する前に 美味しいものと温泉を 十分に楽しもうと思い 先週は 3度目となる「松島一の坊」に行ってきた 今回の客室は 46平米サイズで ソファとハンモックのある部屋を選択 客室選択を 少しだけ奮発したので  部屋には お茶と炭酸水が2本ずつとミネラル水が4本 こんなに備えられているのは初めてのことで 「同じホテルなのに 客室によってかなり違うな」という印象で しかも 廊下には このガーデンフロア客室専用のコーナーがあり 冷蔵庫には 大量のバドワイザービールが入っていて 自由に飲めるというサービス付き おつまみも含めて ほかにもたくさんのお楽しみが・・・ この日は 夕食前は部屋の大きなテレビで のんびりとビールを飲みながら 相撲観戦 夕食時間になり レストラン「青海波」へと向かい                  この天井は ほんと凄い・・・ 今回は和食からスタートしてみたけど どれもが うなるほどの美味さ・・・ この後 次々とお料理をいただいて しかも あまりお酒は強くないけど 4種類のビールをいただいて おなかいっぱい・・・・ 今回で3度目の松島「一の坊」だったが やはり ここの料理は別格で とても美味しい・・・ 分かっていながらも 少し食べ過ぎなくらいになってしまった 「まあ ここに来た時くらいは いいんじゃないの」・・・って ふたりで笑った 一旦 部屋に戻り 今夜は テナーサックスの生演奏があったので 堪能したあと バーカウンターで ふたりでノンアルコールカクテルを楽しんだ その後 妻は温泉を楽しんで 私は良いが醒めてから入浴した ゆったりとした気持ちで就寝した 翌朝 早々に  温泉と岩盤浴を楽しんでからの朝食も これまた美味だったが 3度目ともなると 少し贅沢病が出てきて 「朝食は いつもだいたい同じ内容だね」と・・・ それでも 美味しいから たくさんいただいてしまった・・・ 食後は また部屋でのんびりし その後は ガラス工芸ショップでの クリスマス展を楽しんでから いつもより 少し早いチェックアウトを済ませ 多賀城市の東北歴史博物館へと向かい その後は 買い物をしながら帰宅した さてと・・・ これで 義母の介護休みの終わりが ぐっと近づいて来た 玄関前の工事も終わり  家の中も 義母を迎える準備を始めたものの 介護に無理...

介護のお休みが終わる前に1

イメージ
義母の介護休みももう終わる 記事にしていなかったが 10月は 鶴岡市と山形市の歴史散策を  それぞれ2泊3日で楽しんできた そして 11月は 妻が学生時代を過ごした盛岡を 1泊で じっくり散策してきた 鶴岡市では 明治維新前後の荘内藩を辿る旅                松ヶ丘開墾場跡には現存する建物群があった 山形市では 何よりも見たかった国宝 「縄文の女神」を鑑賞                       山形県立博物館にて さらには 猛将 最上義光公の功績を学ぶことができた そして 盛岡の初日は                  妻の足のことを考え 盛岡駅から遠い場所にある盛岡八幡宮周辺や 旧南部邸跡である 御薬園を散策 そして2日目は 盛岡城址と周辺を 休みがながらも じっくりと徒歩で楽しんできた 妻の足のことを考えると 盛岡散策は 厳しい計画だと思ったが  どうしても行きたいという妻の気持ちを大切にしたのだった 案の定 帰宅してからの妻の足には 強い痛みが出てしまったようだ とはいえ 歴史を巡る旅は 先人の叡智を感じることができるので とても楽しい 旅先では その土地ごとに 学ぶことも多い 妻は 平安期以降の歴史に関する興味関心が強く 私は 旅先での地政学・地学的な興味が強いため ふたりの頭を突き合わせて  あれこれと議論しながらの旅は とても楽しい そして 11月には  介護のお休み最後となる  ひたすらリラックスするだけの お楽しみを用意していた それは次回に・・・

山の尾根に家を建てて28年目となった今

イメージ
自宅を新築し 入居を開始したのが  1997年の10月だから  28年目となった今の暮らし 以来  こつこつと自力で庭を造り あれこれと植栽を楽しんできたが 自分の庭に いわゆる完成形というものはなく その時々で工夫をし あれこれと楽しんできた 南庭は芝種を蒔いたものの 他の植物が周囲から侵入し  想定どおり 自然というものには到底抗えない植生の庭になってしまった ある時は ヤマトコガネムシが大繁殖し大変な状況になり 仕方なく農薬散布をしたこともあった  そして今は 蒔いた種ではない 天然ものの芝が増え始めており  多種多様な草を 刈り込んで管理をしていた南庭にも  部分的だが 天然芝という光明が差し始めた 東庭は 宅地西側の用水路周辺を整備している際に出てきた 拳ほどの大きさの石を拾い集めたり  コンクリートの円柱状のテストピースを セメント会社から貰ってきたりして あれこれと並べながら 今の形になった 「家」があって「庭」があるから「家庭」 そして そこに住む者が 穏やかに暮らせることが 望ましい「家庭」だと 今も愚直に信じている私 今では  そんな我が家から巣立ったふたりの子供が それぞれにふたりの娘をしっかりと育てていて 結果  孫娘4人の祖父母となった私たち夫婦 離れて暮らす孫娘たちの成長を 写真を見るたびに 眩しく感じるほどである あの震災を経て 自分の人生の考え方が変わった 震災後に 足を手術したものの 身体障がい者になってしまった妻 そして 自分の腰の悪化もあり  夫婦で 一緒に早期退職し 療養に励んできた それもこれも  本気で 退職後の人生を考えるタイミングだったと判断したからである その後は 妻と車旅をすることを楽しんできた 大好きな東北旅はもちろんだが 南は 名古屋 郡上八幡 白川郷 長岡 新潟   北は 札幌 旭川 函館 そして今は   義母が施設ステイするタイミングで旅に出ている 北海道に行きたいのはやまやまだが  地続きで すぐに帰宅できる範囲での旅をしているのだった それでもやはり ふたり旅は楽しい 震災で生かされたのだから  あの時 天に召された たくさんの友人知人のためにも  自らの命と暮らしを大切にし  悔いのない今後を過ごそうと心に決めた そして義母にとっても  暮らし易い家でありたいと願い 玄関前の工事が終わった そして 修...

自宅東側の工事が終わる

イメージ
自宅東側の玄関前工事が終わった 今回の工事は 義母の車いすの移動のためのものだが 将来的な自分たちのことも考えての工事だった 材料費の値上げが影響していて  予想よりも高額になってしまったのは仕方のないことだが 義母のための車椅子用アプローチを確保できたのは 何よりもうれしい この工事により これまで 晴れの日にしか出せなかった 木製のテーブルと椅子2脚が  雨の日でも活用できることになった さらには  雨の日に 買い物から帰ってきた時に 濡れずに傘を閉じる空間ができたのは 何よりもうれしく もちろん 傘を開いて乾かすこともできる 雪の朝も 凍結を気にしながら おそるおそる玄関から  外に踏み出すことも少なくなると思われる そして・・・ 小さなことだが 新聞受けが濡れなくなったことで 横なぐりの雨の日でも  濡れた新聞を取り出すことがなくなった 残っている課題は  施設の車が スロープに向かって進入してくる場所のこと 今回の工事で 中型トラックが入れるようにするため 左右に砕石を除けていたが 先ずは その砕石を敷き直すことが私の作業で  砕石とはいえ さすがに重くて 腰痛が発生してしまった  無理せずに作業をしたいところだが 義母が帰ってくるまでの残り時間は限られている・・・

電気料金の話題はこれが最後

イメージ
 10月分の電気料金が分かった 昨年10月の支払額と比較すると6千円ほどの減となった そしてこの一年間の 電気料金の総額については その前の一年間と比較して 驚きの133,421円の減となった 予想はしていたが それだけの節約ができたのは 昨年1月に蓄熱式電気暖房機を ペレットストーブに替え 11月には 電気温水器をエコキュートに替え 故障したエアコンを 最新のものに替えたという 大きな投資があってのこと・・・ もちろんこの額から  購入した木質ペレット燃料の金額を差し引かないと整合性がないので 記録を確認したら 昨シーズンは 4万4千円ほどかかっていた なので 実質的には9万円ほどの節約になったということになる 「9万円の減くらいなら 騒ぐほどじゃないさ」と お叱りを受けるかもしれないが 蓄熱式電気暖房機と電気温水器をフルに使用していた2021年までは  年間総額で40万円以上も電気代を支払っていたことと比較すれば 年間の節約額は15万円以上になる・・・ さて 電気代の節約の話題は 正直なところ 自分でも飽きたので 今回を最後にする

義母の施設預かりを再延長

イメージ
8月から始まった介護の夏休みだが 当初 施設には2か月間で 義母をお願いする計画だったが 玄関前の改修工事をするため 3か月に延ばしてもらったのが そもそもの介護の夏休みの始まりで ここにきて 工事の遅れもあって  さらに1か月 延長してもらうことになった さて その工事の現状はといえば この25日までに 新規の軒の木部と 既存の木質外壁のウェスタン・レッドシダーに キシラデコールを塗り終え コンクリートの流し込みが終わり 週明けの28日以後に型枠を外すという・・・ 型枠を外した後は 写真からもお分かりいただけると思うが  隙間の空いた玄関前アプローチを整え直し 周辺に 砕石を敷き直すという流れ 南庭側には 介護用の福祉車両が車を寄せられるように 新たなアプローチを作ろうと思っている それにしても こうやって眺めてみると  大きな追加改修となった・・・ 軒の長さは8mほどで その下に車いすの移動スペースを確保 そして 南側にスロープを設けたのだが この大きな空間は 車椅子の移動だけでは勿体ないと思われ  日々の暮らしの中で  お楽しみ空間として 活用しない手はないと あれこれと妄想し始めた・・・ コンクリートを流し込む前は このように1段目の長い階段を設けていたが その階段に張っていたタイルを剥がし 鉄筋の入った強度の高い通路を作ってもらった 今回の工事で 上の2枚の写真からも理解できると思うが コンクリートの下になるインターロッキングのブロックを外し 庭の空いているスペースに重ねてもらっておいた その余ったブロックを利用して  写真奥のスロープの先に  自分で敷き直そうと思っている ここからのことは 次の課題であって あくまでも今回の工事の範囲ではない  今回の工事が終わったら  残った東庭のスペースをじっくりと眺め さらに 義母を福祉車両から降ろすためのスペースがどうあれば良いか 自宅に置いてある車いすを 外に出して 実際に動かして 必要な場所を決めてから 余ったインターロッキングのブロックを敷いてみようと思っている 何であれ 今回の工事が終わってからでないと 次の工程の具体的なイメージが湧かないからである ともあれ現状では   福祉車両の進入路の舗装工事については  予算を確保してからの課題とした なので 車椅子を降ろす場所だけを 手作業で確保し 車椅子が砕石...

自宅の改修が遅れていて・・・

イメージ
自宅の改修工事ために 義母を施設に預かってもらい 市内の業者さんに 工事を進めてもらっているが その主な改修は  新たに玄関前の軒を追加し 車椅子用のスロープを設置するというもの 移動が車椅子になった義母のためだけではなく いずれは 自分たちのためでもある 義母を預けている期間も 残り少なくなった現在 今月中に工事が終わるのかと不安な気持ちになっているが 業者の都合がなかなかつかず  このままだと  義母には もう少し施設に居てもらうしかなさそうな気配・・・ 先週の金曜日には 軒が出来上がった 写真は 自宅の東側だが この後  木部の防腐対策のための塗装 屋根の板金作業 そして コンクリートのアプローチ工事が残っている これまでは  写真右側の 手摺りを付けた外階段を 妻と私が 両脇を支えて 義母を歩かせていたが 工事が終わると  写真左側の軒に 車を寄せられるようになり そこにあるスロープを使って 車椅子を玄関まで移動させるという流れになる さて この工事で起きる問題は  1階のリビングが少し暗くなるということ・・・ とはいえ 夏場には 東窓にサンシェードをかけないと過ごせないほどだった・・・ 実際に軒が出来上がってみて サンシェードよりは少し暗いかなというレベルになった 冬になると 南庭に雪が積もれば  明る過ぎるリビングになり 厚いカーテンを閉めるほどの日もある 今は義母のために必要であり  いずれ時が来れば 自分たちの暮らしのためにも あって然るべきものと判断しての工事 これで 雨が降った日も  さほど不安なく 義母の外出が可能になり また これまでのような玄関先への雨の進入も激減し 雪の日も  玄関を開けて出ようとすると  吹き込んだ雪が積もっていて 難儀することも減るのだろう  この工事は さすがにお天気に左右されるため あと10月中には 終わりそうにない気配 やはり義母のお泊り延長は 決定のようだ・・・

家の改修工事が始まる

イメージ
我が家の玄関先の工事が始まった 建築申請が不要となる 小さな工事だが それは 義母のための工事で  玄関先の屋根の面積を増やし  車椅子用のスロープを追加するためのもの この基礎の上に屋根が取り付けられると 本格的に 車椅子用のスロープのための コンクリート工事が始まる これまでは 駐車場から  妻と私で 義母を両側から支えて 階段を上っていたが 今後は 写真の奥にあたる場所から 介護施設のリフトカーを入れてもらい 車いすのまま 玄関まで移動が可能となる 整形外科的にポンコツな夫婦の負担が  これで かなり減ると思われる とはいえ 今月末まで 義母を施設にお願いしていることで 今回の工事にこぎつけた訳だが 業者の都合で 1か月ほど工事の開始が遅れてしまった・・・ 願わくば 今月中に 工事が終わってほしいものだと思うのだが もし終わらなければ  義母を延長して預かってもらうしかない・・・

うれしい秋

イメージ
千葉県在住の妹のところに 初孫が生まれた 私にすれば かわいい姪が母親になったことは とてもうれしく  25日に秋彼岸が明けたこともあり  大安の日に届くように お祝いを送ろうと決め  妻とあれこれ品選びを楽しんでいる さて  気仙沼市も やっと最高気温が22度程度の日が続くようになり 夜は とても涼しく  これまで 長く続いた暑さのための疲労を 一気に解消できそうな気候となった さらには たっぷりと脂がのった戻り鰹や 秋刀魚の話題も出てきており おいしい気仙沼の秋が到来したようだ 加えて かなりエアコンを使った夏の名残りが  電気料金にも出てくるかと 不安になっていたが 拍子抜けするほどの結果となった 一般的にみれば 十分に高額だと判断されるだろうが 昨年は 古いエアコンを無理矢理 動作させていた結果の金額で 仕事量が増えた 新しいエアコンは 想定以上にエコだったようだ この結果に またも ニンマリとした 最終的な電気代節約の結果は  昨年11月にエコキュートを導入していることから 今年の11月の電気料金を見てから  年間総額を比較しようと思っている

介護の夏休みが続いていて

イメージ
ありがたいことに 介護の夏休みがまだ続いている そのおかげで 先月の20日に利用した「松島一の坊」を キャンペーン価格を利用して またも楽しんできた 私たち夫婦が休めるようにと ケアマネさんが配慮してくださり 3か月間 94歳の義母を施設にお願いできたことで 長い休養期間ができた 気仙沼市近隣は 高齢者施設の入所待ち期間がとても長くて 遠くに入所させたくないという 妻の気持ちを思うと 空きがあるという仙台近郊に入所させることもできない かといって 両足に人口骨が入っている妻のことを思えば 無理をさせたくもなく・・・ とはいえ この夏休み直前の妻の足の状態は あまり よろしくなくて・・・ そのことを ケアマネさんに伝えていたのだった 私と妻にすれば 最後のひとりとなった親だけに 大切にしなくてはと思うが 私も妻も 取り戻せない整形外科的なトラブルを抱えた状態で 自力歩行歩けなくできなくなった親の介護・・・ 決して無理をしてはいけないのにも関わらず  現状は厳しくて・・・ そんな状況下での夏休みだった いつもの旅行ならば ビジネスホテルを利用するのだが 高額なオールインクルーシブのお宿を楽しめるチャンスを 逃すだなんて もったいなくて・・・ しかも 義母に何かあれば  すぐに戻って来れる範囲内で 楽しめるお宿は多くはなく  そんな最中での 松島の「一の坊」の存在は とてもありがたい その範囲で言うと 岩手県の花巻温泉が好きで アトピー肌の私には 泉質が極めてうれしい「佳松園」と 料理人の腕が冴える「志だて」という宿が気に入り 幾度も利用してきた 宮城県ならば 鳴子と松島が該当するが 鳴子温泉は 立地が込んでいて 駐車場も狭いこともあり 何度か訪れてはいるが あまり好きにはなれなかった その点で 広々とした風景を眺められる松島のお宿は  過去にいくつかを利用したが その中でも 特に「一の坊」は 前回の利用でお気に入りとなった もちろん お宿の目玉であるお料理については 私たち夫婦も  「食べ過ぎた」と反省するほど楽しんだことは言うまでもない 気になる方は HPをご覧いただければと思う 【公式】 松島一の坊 | 宮城・ 絶景温泉リゾート (ichinobo.com)   夕食後は 恒例の音楽ライブで アルトサキソフォンのジャズナンバーを  バイオエタノールの炎を眺めながら楽...

南庭の手入れ

イメージ
暑さが少し和らいだ日の夕方 毎度の マキタ製電動(バッテリー式)芝刈り機を南庭に持ち出し せっせと手で押しながら 幾度も庭を往復した 面積が140坪ほどの南庭の ほぼ全面を雑草管理しているが 今では イネ科の植物が中心になってしまったため 生長はすこぶる早く 7月から9月にかけては ほぼ3週間に一度のペースでの作業となっている 暑さのあまり 家の中に籠り  運動不足傾向でもあるため  大汗をかいた後の シャワーは最高の気分・・・苦笑 そもそもの土質が 酸性度の高い粘土質であり 水苔が増えてしまう傾向にあったが 一昨年の春先に 大型の草焼きバーナーで ほぼほぼ全面をカバーしていた その水苔を焼くことで 強引に窒素成分を増やしてみた結果 写真のような姿にまで 水苔の少ない草地となった いずれまた  水苔で埋め尽くされることになるとは思いながらも 天然芝も 散見されるようになってもいるので 植物の刈り込みを続ける管理状況の中での 植物相互のなわばり争いが 興味深い

パイナップルとニンジン

イメージ
パイナップルがそれらしい姿になってきていて 花のことも記録しておこうと思って 写真を撮った 咲いてみて へえ~・・・と感じた 小さくて かわいい花 しかも そんなかわいい花の集合体が実をつけて  それがくっつきあってパイナップルになるなんて 栽培して 初めて気が付いた・・・ 全体像は 写真を撮っていて おや・・と気が付いた 上の写真には写っていないところに 脇芽が出ていたので 欠き取った 実の下にあった芽なので 裔芽(えいが)というらしい そして もうひとつあった こちらは かなり小さく 吸芽(きゅうが)というらしい とりあえず どちらも水に挿してみた 今後の育て方を理解できていないまま 水に挿したが まあ 外れてはいないだろうから 近いうちに 土を用意して  小さな植木鉢に 差し芽しようと思っている そして ニンジンの話題 まずまずのサイズが たくさんできた 何とも言えない形のニンジンもあったが しばらくは ニンジンを買うこともなさそうだ これで  毎日 ニンジン料理 それにしても 消費しきれるのかな・・・