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4月, 2021の投稿を表示しています

怖い道具を使う

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昨夜は豪雨だったが 雨上がりの午前7時  しかも風が強くなる前に 庭の手入れをした 手入れといっても 草を焼くという作業 道具は 使い込んだ新富士バーナー製の大型の草焼きバーナー 山林火災を起こしてはまずいので 連日の乾燥注意報が解除される雨上がりを待っていたのだった 灯油3L弱をタンクに入れ  手押しポンプを押して内部の空気を加圧し  バーナーに余熱をかけてから さらにポンプで加圧し 着火   すると ゴーーーーー と大きな音を立てて  赤い炎から 黄色い炎になり  最後は透明で青っぽい炎になるという道具 その炎の最高温度は1300度・・・ 使い方を間違うと とんでもない事故につながる道具 家のまわりに敷いた 砕石の間から出た小さな植物なら あっという間に灰になる その後 南庭の土留めの石組み間に伸びてきた草の処理 草を抜くと 石の間の土が痩せて 石がぐらついてしまうので 抜かずに焼いている 次に 畑の不要な草を焼いたが 灰になるまで焼く必要はない 熱がかかれば 直ぐにしおれてしまうのだ わずか30分ほどで 3Lの灯油を使い切る 正直なところ とても怖い道具で 毎度のことながら  火を止めるまで 緊張状態が続く もしも火が付いたまま 転んだら大やけど・・・ 燃料の灯油がなくなり 火が消えると ふうとため息をつく かなりの汗をかいていたので 片付けを終えてから 家に入り 着衣をすべて取り替えた 道具を振り回していたので 軟弱な両腕が プルプルしていた  熱をかけられて しなびた草は  明日にでも除去しようと思う このバーナーは 年に5回ほど活躍してもらうが  今回は その1回目だった 腰痛がでてきたので リビングのソファーに座り  淹れたコーヒーを飲みながら  きれいになった 南庭を眺めている 空も青く澄んだ色で 気分は上々 と思っていたら 市の広報無線の放送 もちろんコロナ対策推進の・・・ どこかに遊びに行きたいが 義母が背中を丸め  ダイニングチェアで居眠りしている・・・ さて スギ花粉もほぼ終わりに近づき 車を洗って ワックスがけしたいところだが 腰痛発生のため おとなしくしていようと思う  

優しく風に揺れる

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明るさを感じる白花に 五つの斑点があり  そして明るい緑色の葉 愛くるしい姿のネモフィラ・ファイブスポット 我が家のネモフィラ専用花壇の大きさは 畳一枚ほどだが 毎年 溢れ種から たくさんの花を咲かせる 我が家のネモフィラは そもそも「星咲きフロックス」というf1品種だったのだが 20年ほどかけて原種化した つまりは 同じ場所で20年ほど咲き続けている 専用花壇は 土の状態をみながら 腐葉土や肥料を追加して 今に至る 花が終わると 根ごと引き抜き 冬までに 天地返しを2度ほど行うにもかかわらず 期待に違わず 毎年 びっしりと咲いてくれる いつも なんとなく同じ方向を向いているけど 柔らかな風の日には 音も立てずに サラサラと揺れ 春の強い風には  細かく首を振りながら 細かくバイブレーションのように揺れる それも見ていて飽きない 首を振り方 初冬に かわいい双葉を出し始め  一部の株が開花の準備を始める  厳冬期は じっくりと小さく葉を育て 初春に ひとつふたつと花が咲き始める  土の管理さえ 失敗しなければ 期待を裏切らない 生真面目な花 しかも花期が3か月ほどと長く楽しめ 周囲の花壇に影響を与えない そんな一年草は滅多にない

東庭の手抜きを解消

前回の記事で  東庭の写真をご覧いただいたが その中で 唯一 放置したままだった  手抜きの花のことを書こうと思う それは スイセン  最初に球根を植えたのが なんと20年ほど前 それから追肥もせず 放置しっぱなしだったこともあり 今年も花が咲かなかった・・・ 「今年も」と書いたが 実際のところ ここ10年ほど咲いていない かなりの ほったらかし状態 しかも粘土質の土に植えっぱなしだったこともあり 土がガチガチに固まっていた これでは 花も咲かない筈・・・ サボっていた理由を ずばり言うと  私があまり スイセンが好きではなかったから・・・ あまりにも どこにでもある花だから さらには  写真に撮っても面白味に欠けるというのが その理由 では 何故に植えたのか それは妻のリクエストだったから・・・ そしてついに手をかけた 肥料を加えた腐葉土をたっぷりと入れ 大きめの球根のみを選んで植え たっぷりと水やりをしたのだった これで 放置し続けていた課題も解決した 来年は咲くだろうか?

草取りの後に 優しい光が・・・

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小さな畑の草取りをしている時は どんよりと曇っていたが 草取りを終えた頃から 空がだいぶ明るくなった午後 花壇を見ると その優しい明るさに 庭の花が喜んでいるような気がした ぜひとも3枚の写真をクリックして 大きなサイズでご覧いただきたい 我が家の東庭には 芝桜 ムスカリ ツツジ チューリップが咲いている そして向こう側の南庭には うっすらとレンギョウの黄色が見える 優しい明るさは 庭全体を輝かせているような気がした  西側の用水路脇には  春の妖精のひとつ エンレイソウが群れて咲いていた 春とはいえ 未だに朝夕は寒く 控えめに咲くエンレイソウは うっかりしていると その花を愛でることすらできない そして どこにでもあり  しかも 幼い子供も知っている花のひとつ タンポポ 既に その綿毛の一部が風に飛んだようで・・・ 主張の強い花の姿は あまり好きではないが 綿毛は いつ見ても可愛いと思う その姿には 整然とした秩序があり しかも繊細で可憐 じっくりと鑑賞する気持ちすら失ってしまうような昨今 こんな時間は 特に大切で・・・ 俄かに 心のバランスをとり戻してくれるような気がする あまり知られてはいないが タンポポの花期は短い せいぜい5日程度である ひと株から次々と花芽が出てきて咲くためか  花期は長いと誤認されていることも事実・・・ じっくりと花を観賞して 自分を取り戻す そんな 心のリハビリテーションは 大切な時間

介護生活(食事編)

義母の食事は悲しい 食事を終えて 食器を下げるた時点で 何を食べたのか記憶から消えている  「いただきます」「ごちそうさまでした」を言う習慣も消失し 無言のまま 食器に手を伸ばして食べ始め  「おいしい」などの 味についての発信もなく ひたすら無言で 口いっぱいに頬張るように食べる   食べ終わると さして間もなく 居眠りを始める・・・  ここまで記事を書いていた午前0時10分ごろのことである 夜間 ひとりでトイレに移動すると転倒の危険があるため 移動介助のため部屋に入った妻が 声を上げたのだった 義母がパジャマを脱いだ状態でベッドで寝ていたという・・・   どうやら義母は寝た状態で吐いたらしく 妻が「どうしたの」と聞くと 「濡れていた」と応えた義母 「濡れていたんじゃなくて 吐いたんでしょ」と確認しても ティッシュボックスのティッシュペーパーを使い切り 濡れたシーツなどを拭き 汚れたパジャマを脱いで寝ていたようだが 義母は自分が吐瀉してしたことを 既に忘れていた・・・ いつもなら 義母の排泄を介助した後に 私たちは就寝するのだが 午前0時過ぎの時間帯だというのに 吐瀉物で濡れてしまった衣類や シーツそしてベッドパットを交換し さらには洗濯を始めるしかない状況・・・ しかも義母の部屋は 胃液の臭いで満ちている・・・ 食事のあとに 再三にわたる「飲みすぎだよ」という注意を無視し 大量の水分補給をしたことが原因だったのだろう 食事の際も こちらが量を調整するのが常 出したものはすべて食べようとするからだ・・・ 日中は 義母の内科通院だったこともあり いつになく疲れたことが 過剰な水分補給に繋がったのかもしれない 食事は 手指の拘縮のため箸が使えず スプーンやフォークを使用しての食事 椀や皿も 義母の状況に対応したものを用意し できるだけひとりで食べることができるよう配慮している 食べ方は いわゆる「ばっかり喰い」で ご飯ならご飯だけ 味噌汁なら味噌汁だけを食べ なくなるとおかずの椀に手を伸ばすというパターンで その都度 「こっちも食べて」の声掛けをする しかも啜るようにしての食事なため 咳き込んでしまうことが多く 誤嚥の可能性が高い 危険な摂食状態なため 何度となく 姿勢や椀を持つように声掛けをするのだが こちらの声掛けは 食事の邪魔をする雑音でしかないようで 時には ...

カラスの被害

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毎年 頭を悩ますのがカラス被害 群れで移動してきて 南庭を荒らすため 冬前に 南庭に釣り糸を張り巡らせ 翌年の桜が終わったころに糸を取っていた 今年も 昨日 半年間張り巡らせていた糸を取り除いたのだが 想定以上に 今朝の南庭は 酷い状態になっていた 庭の苔を毟られ 昆虫やミミズなどを食べている こんな状態が 140坪の南庭全体に及ぶ・・・ 考えてみれば 今年の桜はかなり早く咲いた訳で しまったと思ってみても 既に遅し・・・ この状況は  冬場に群れて行動する習性のハシブトガラスの集団によるものだが その群れが解散するのも 季節的には間近であることは間違いない 群れが解散すると 今度はテリトリーを主張するハシボソガラスのつがいが 同じように庭を荒らすのだが  これほどまでの被害ではない カラスが餌探しに必死なことは理解できるが  今朝の無残な南庭の姿に さすがにがっかりした・・・ 近辺にはカラスが嫌うフクロウがいるが フクロウだけでは役不足で  ハヤブサが生息していたならば 確実に来ないのであろう さて この荒れた状態を どうするか 何であれ この現状を放置できない リビングから見える景色が汚いのは嫌なことで・・・ 気を取り直して 地味に苔を踏み固め 見かけ上は だいぶ戻った気がしたものの カラス被害は繰り返されると思われ・・・ もう一度 新しい釣り糸を張り直し ゴールデンウィークが過ぎるまで 張っておくことにした    

介護生活(手洗い編)

今は介護生活真っ最中で その驚きと対策に 苦慮することが多い 義母と一緒に暮らし始めて半年になる これまでの義母の行動の中で とりわけ重要な 手洗いという生活習慣を取り戻すための 顛末を記録しようと思う 義母の手洗いは すべての場面で 水でささっと流せば それで終わってしまっていた しかも それで しっかりとできていると自負するのだった 長いひとり暮らしで  すべてが万事 都合よく簡略化されていたようだ そこで納得したことがあった 義母が住んでいた家のあちこちが 手垢だらけになっていたのだった 「ちゃんとできている」と胸を張る義母だが 不衛生極まりない状態は このコロナ禍では大問題 やっと 一緒に生活することを選択してくれたものの どうすれば しっかりと石鹸で手を洗ってもらえるか まずは 手洗いし易いように 泡状の石鹸を用意してみた ところが 泡を手に付けたら それですぐ水に流すことを幾度と繰り返す 付き添って しっかりと洗うよう促すと 「洗っているのに」と言い返してくる 手指の拘縮がみられるので  手を揉むように洗うことは大切なリハビリ要素 何度も試してみたが どうしても泡状では同じことの繰り返し・・・ そこで 液状のものに替えて 数日使ってみた 手を揉むように洗う動作は増えたが リハビリとしての扱いには 程遠い所要時間  幾度となく声掛けしたが 定着せず・・・ 最後の砦である 固形石鹸にしてみた 手指が拘縮しているため 手から石鹸を落とすことが多く 石鹸が大き過ぎるのかと思い 石鹸を半分にしてみたが 手から落とす頻度はさして変わらず・・・ ちょっと目を離すと 動作を端折ってしまい 「石鹸で洗ってきた」と嘘をつく ところが石鹸は濡れていない・・・・ 自分勝手な都合というか面倒くさがっているのか・・・ あまりに 石鹸を手から落とす頻度が高いので 再び 泡状石鹸に戻すと  同じことの繰り返しで 石鹸をつけると 手をこすり合わせることなく すぐに水で流す 結果 一番 手を動かす動作が多いのが固形石鹸だと判断し これまでの泡状石鹸も液状石鹸も 棚に仕舞った ところが 月に1回ペースのショートステイに行ってくると ほぼゼロリセット状態になってしまう 果たして 身に付けられるのか 無理なことなのか・・・ 6か月の時間が悔しい

花は難しい

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花を写真にするのは難しいと思う 自分はカメラを弄るのが好きだが それは 幼い頃からの憧れで いつか 大きなカメラを買うことができるようになったら そのカメラで 身近なものを撮って楽しみたいと・・・ カメラを買って いろんなものを撮ってきたが やはり 庭に咲く花を綺麗な写真で記録したいと思うし 頭上に輝く星を撮ってみたいと素朴に思ったものの 星を撮るには 予算が少なすぎるし ならば  もっと手軽な 夜景撮影という手もあり 何度か夜景撮影に出かけたものの 妻は 夜は私に家に居て欲しいと願う  当然の帰結だが 残るのは自分で育てた花となる 今 我が家の庭に 盛んに咲いているのは レンギョウ ムスカリ チューリップ  咲き始めたのが シバザクラとネモフィラ その中からチューリップを撮ってみた 毎年 何度も撮ってはいるが 良いと感じるものには なかなか行きつかない そして 今年の一枚 チューリップは やはり逆光で撮るのが好きで・・・ 今回は コンパクトでローアングル撮影が楽なCanon M3に  アタッチメントを付けてフルサイズレンズを装着 ローアングルは 腰に負担をかけるので モニター可動のM3にした 6Dというフルサイズカメラもあるが  このような写真を撮るには ローアングル用の三脚と 分離した別体のモニターが必要で iPadをモニターとして使ってもみたが  願わしいピントで シャッターを切ることができないことが多い これもまた 私の稚拙な技術のためで・・・ さらには風の影響による被写体の揺れも 課題のひとつ なんであれ すべてが万事 撮影の知識と技術の不足があからさまになる   それでも 好きな遊び 自分勝手な解釈だが 逆光で撮ると 花弁の優しい色合いが感じられ 葉の輪郭も一層はっきりとしているような気がする また 背景は青空に浮かぶ白い雲をぼかしている 重い6Dではなく ずるしてのM3撮影 可動式のモニターを老眼の目で凝視し  エィ!!とばかりに 気合いでシャッターを押す 当然のことだが 一度ではねらいどおりにいかず 今回は3度目で 自分なりに納得した やはり画質は 6Dの再現性には敵わずで・・・ さらには このブログに画像を落とし込んだら 粗い画像になり だいぶ雰囲気が変わってしまった ここでも ダウンサイジングなどの技術の差が出てしまうのだろう  まあ へたくそ爺...

ロングライドは駄目だよ

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「 ロングライドは駄目だよ」 かつて バイクを諦めて手放したにも関わらず どうしても諦めきれずに  今のスクーターを買った時に 息子に言われたひと言で 私の腰患いを気遣ってくれた きっと親父は バイクから離れられないんだろうと 息子は息子で諦めたのだと思う まあ オートバイとはいえ 原付2種のスクーターだから許してくれ・・・ さて 先日11日の日曜日は 広い青空という とびきりの天気で  風はまだ きりりと冷たいけど スクーターには大きな風防のスクリーンも付けてあるので 走りたくて うずうずしていた 妻は 私の気持ちを察してか 「バイクで走りたいんでしょ」 さらに 「婆ちゃんはお昼寝になるだろうから 大丈夫だよ」と・・・ 足の悪い妻への負担軽減を考え  義母がいる時は 極力 出かけることを控えてはいたが 結局は 市内の気になっていた海岸線を  約70kmほど走り回ってきたのだ しかも 30年前くらいに買ったゴールドウィン製の 冬用のジャケットに肩と肘のパットをしっかりと入れて RSタイチ製のオーバーパンツを履いての冬用仕様対策でのこと 当然ながら 腰にもしっかりと腰痛対策用のベルトを巻いての重装備 さすがに途中からは暑くてたまらず  インナーの薄手のダウンベストを脱いで シート下の物入れに仕舞い込んで 気持ちよく 満開の桜を眺めながら走った 震災以後の10年間  まったく行ってなかった場所だけを走ろうと思ったものの 未だに迂回路だらけで 行きたい場所に辿り着けない・・・ 途中で道が切れていたり 工事中のため砂利道が長く続いたりと そんな場所だらけだったため 何度もUターンや迂回の繰り返しで  結局のところ 辿り着けずに  今回も数か所の目的地を断念した 気持ちを切り替えて  予定していなかったが 観光名所である お伊勢浜まで行ってみた どうしようもなく悲しいほど高くて長い防潮堤ができあがっていて 蒼く澄んだ春の海の風景を遮り  お伊勢浜に着くまでの間は  コンクリートしか眺められないというストレスに縛られた ここの海岸線も ハード面重視の県政により 大きく変わってしまった  こんな巨大防潮堤の維持管理費に  将来 どれだけの費用が掛かるのか・・・ お伊勢浜のすぐ近くにあった大きな民宿は消え かつてない広さの駐車場となっていた これもまた 悲しかった お伊勢浜駐車場か...

フクロウとナズナ

フクロウは夜行性だと言われているが 昼間のフクロウの声で驚いたら 今度は 寝室のすぐ近くの木から  しかも真夜中の1時ごろに 太い低音で ホーホー ホホッホホーホー ときた・・・ 寝込みだったが さすがに 目が覚めた まあ 身近に自然の息遣いを感じるのは 幸せなこと・・・ でも・・・この低音はちょっとね・・・ 寝ぼけた状態で フクロウだと気が付くまで しばし時間を要した さて この春に   植物が育ってほしくない場所の広範囲に  同じ植物の芽がたくさんでてきた 要は雑草扱いしなくてはいけない敷地の部分 その正体はナズナ  ナズナは これまで 敷地内にはなかった植物 おそらく ニホンカモシカが その種を体毛に大量に付けた状態で うちの庭を歩きまわったようで・・・ ナズナは 愛らしい花を咲かせ  しかも 種が入った房の形はハート型 ニホンカモシカが歩いた後には  その長い体毛が 種の移動を助け  広範囲に いろんな植物が芽を出すもので・・・ まさに「もののけ姫」の鹿神様の歩いた跡のよう・・・ 毎日毎日 ナズナの芽を摘む・・・ ひと雨ふ降ると またまた出てくる あまりの量に ここ数日は放置している 面倒くさくなったのだ なにせ相手は庭に敷いている砕石の間から  ひっきりなしに出てくる そこで  えいっとばかりに  富士バーナー社製の 灯油を燃料とする草焼きバーナーを持ち出して ゴーゴーと音を立てて 焼いてしまおうと思っている もちろん山火事防止のため 消火用の水を用意しておいての話 でも 灯油式バーナーは少々怖い道具 燃焼状態が安定するまで 気が抜けない 空気の加圧と予熱の掛け方が肝となる 今日は これから雨 どうしようか

10年後の砂浜

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昨日4月1日に 待望の式典があったという・・・ 大好きだった高田松原の砂浜が 立ち入り可能になったのだ 幼い頃  旧一関市から 家族でよくでかけていた海 車酔いの酷かった軟弱な私は  まったく車酔いしない兄と妹を横目で見ながら 必死に耐えて移動した道中のこと・・・ そして陸前高田に着くと その浜の大きさと風景が大好きで 解放感に満たされた記憶・・・ 家族を作り 気仙沼に住むようになり 車で隣町の陸前高田まで 子供たちを連れて行き こんな風景の中 豪快に砂遊びをさせたり 波打ち際で遊ばせたりと・・・ きっと うちの子供たちの記憶にも残っているのだろう・・・ この写真は 2011年2月12日に撮ったもので 10年前のあの大津波で  この風景が消え去ってしまう直前の写真 北西風という寒風の中 足を悪くする直前の妻と訪れた 本当に最後となった風景   消失するほぼ1か月前という 貴重な写真で 中央は陸前高田市の市民の森である箱根山 左側で半分隠れているのは氷上山 こんなにも美しい記憶が 私には残っているのだった・・・ この4月1日から この砂浜への立ち入りが 10年ぶりに可能になった 実は 前日である3月31日に  義母がショートステイに通うタイミングを見計らって 妻と陸前高田市の道の駅まで  極めて美味な 生七味を買うために出かけてきたのだった 残念ながら 道の駅から 砂浜までの道は遠く  海と陸を隔てる 巨大な防潮堤を越えて行くために  その先に 長い長い階段がある・・・ 脚の悪い妻には 到底 辿り着けない 今回も妻がぽつりと「行けないね」と・・・ もう少し暖かくなったら  折りたたみの椅子でも持参して  途中で休ませながら 防潮堤の先の風景を 妻と一緒に見たいものだと思う 車での帰り道  震災遺構となる 旧気仙中学校の付近から その砂浜を眺めてきた  砂浜は海まで30~60mほどで その長さはほんの僅か・・・ 残念ながらこの写真のような 2kmの長さには到底及ばず 大きな石組がその砂浜の両端を支え 異様な存在感を放っていた この砂浜は  宮城県大和町と大郷町から持ち込まれた 石と砂で再生されたのだそうだ 写真のような美しい砂浜に戻るのは  あと40年もかかるのだろうか・・・ その時は 既に私は消えているのだろう・・・

わざわざ面倒なことを

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どうしてこうも 手間のかかることを選ぶのか またまた 手間のかかることをして楽しんだ 今回は 次々と芽吹いてきた花壇の話 昨年の 10月に移動したクレマチス専用花壇 過去ログが気になる方は 上のリンクから飛んで 以前の写真を見ていただきたい 移動前は 家の壁近くにあったことを利用し 木製の壁にラティスを直接取り付けていた 外壁は ウェスタンレッドシダーという木材を使用しているが 塗っていたキシラデコールという塗料の色が 陽があたっていた場所とそうでないところに差ができてしまった まあ 壁の塗料だけでなく ラティスを固定する際に 付けてしまった穴(傷)は 10年に一度の全塗装の際に修復する予定 さて 専用花壇を移動して 過去のように 木製のラティスを使わず  立体的な手製のラティスを どんな風に作ろうかと しかも 全方向から楽しめるものをと・・・ そこで出た結論 園芸用の支柱4本を地面に差し込んで 上端を園芸用のアルミ線で結び そこに100均で見つけた キュウリ栽培用ネットに入っていた 黒い7mのロープ2本を使って  ちまちまとロープを結束した 花壇の中央からは これまでにないほどの数で クレマチスの芽がたくさん出ている  ここから延びる蔓を全方向に取り出し 時計周りにぐるぐると上端に向けて固定していくことで 緑の四角錐を完成させたい・・・ そんな願いでの 手間をかけた遊び そういえば 昨夜  長い地鳴りが続いた地震があった 嫌な地鳴りだったため 本気で身構えた こちらだけの局地型の地震だったようで だだだだ・・・と揺れが来たものの 嫌な記憶が毎度のように蘇る 地震の巣の直近に住んでいるのだから  致し方ない