投稿

4月, 2026の投稿を表示しています

金沢市への旅2 ~友との再会~

イメージ
お詫び 前回投稿の 文末の数行が消えていたため追加しました 先ずは 20日午後4時52分に 岩手県宮古沖で発生した M7.7 最大震度5強の地震で  確認できた現在の情報について記す 気仙沼市でも津波への最大の警戒をしたのだが  津波は 気仙沼市45cm 南隣りの南三陸町は60cmと発表された 昨年の青森県東方沖地震による津波では  かなりの被害額が発生したカキ養殖業者だった 今回は ほとんど発生しなかったという 複数の業者本人が発する SNSの一次情報に安堵した私だった さて 金沢旅行の 4月14日のこと この日は ホテルに車を置いたままにして タクシーで移動するものとし 午前中に金沢城 午後に兼六園を見学し 18時からは 大切な友が設定してくれた夕食会という流れを組んだ この計画に至るまでには 少し経緯があったので記しておく 当初 妻が希望する見学先は  茶屋街などにも行きたいとの主張だったが その距離と時間からして もっと少なくすべきだと 私が主張した  妻の足のことを考えると その希望は納得できなかったのだ それに対し妻は「ここまで来たんだから がんばる」とのこと とはいえ 足の負担を考えると  精神論では解決できるものではなく 無理をすることで 両足の再手術となる可能性も否定できず 妻を説き伏せた 妻が行きたい場所が たくさんあるのは理解できる 私も同じ気持ちだった 事前学習をすればするほど 金沢市は見どころが多すぎるのだった 何処でもそうだが 私たち夫婦のペースは遅く  3泊4日では 到底無理なこと ましてや 翌日は福井県の一乗谷見学という流れ  金沢をしっかりと見るには  最低でも一週間くらいないと 私たちには時間が足りなかった ホテルを出発する直前まで  金沢城と兼六園の高低差を あれこれと調べられる範囲で検討してはいたが 高低差だけではなく 歩く距離もかなりあり しかも 片手松葉杖をつく妻の移動速度は遅く 坂や階段となれば さらに速度は落ちる  一気に金沢城と兼六園を回るのは  やはり妻の足に 無理をかけ過ぎることが予想され お昼には一度ホテルに戻り 妻の両足を休ませる時間が必要だと判断した 妻の気持ちはわかるが 納得してもらうしかなく 予定外の出費を覚悟で その都度 タクシー移動とすることにした 午前は金沢城の石川門前 午後は 複数個所ある兼六園...

金沢市への旅1 ~友に会うために~ 追加修正あり

イメージ
学生時代の大切な大切な友に会うため 石川県金沢市まで 妻とともに5泊6日の旅をしてきた 旅といっても 長くても一週間ほどの小旅行に限られ 施設にお願いしている94歳の義母は  もともと胃腸も丈夫で 今も自分で食事ができていて  もしかすると 100歳を越えるかもと思えるほどだが 気楽に長旅をすることは 控えているのだった  さて 初日である12日は  午前6時30分ごろに自宅を出発 この日は 暴風警報が出されていて  東北道を南下していて  強烈な西風に 車体が安定せず  時には 大きな枝が飛んで来ることもあり  とても緊張を強いられた 常時4WD走行のスバル車を 4台乗り継いできた私だが  これほどまでの経験は初めてのことだった 郡山から磐越道に移ると 防風圏域から外れたのか 嘘のように 風に悩まされない走行となった  新潟市を通過して 長岡市に入り 午後3時近くに  予定していた 河合継之助(つぎのすけ)記念館の駐車場に着いた 駐車場はわずか4台程度しかなく 運良く利用できたのでひと安心 河合は 幕末に活躍した歴史的人物 戊辰戦争において  奥羽越列藩同盟にあった長岡藩の筆頭家老として  新政府軍と共存する道を探り 和平を願って行動したが 聞く耳を持たない新政府軍は  河合が差し出した嘆願書を読むこともなく拒否 やむなく河合は 決戦を決意  最終的に河合は  足に被弾したことが原因で命が尽きた 奥羽越列藩同盟の戦史において 長岡藩の戦いは  会津藩と同様に 歴史に残るものである 館内では 妻も私も会話することも忘れ 目を皿のようにして 資料を見てまわった 小さな巨人の生き様を しっかりと記憶に残すことができた 次は そこからすぐ近くにある 山本五十六記念館へと移動し 同様に 夢中になって資料を見てまわった 平和であることを希求し続けた 長岡出身のふたりの巨人 時代は大きく違えども 戦争という運命に振り回された ふたりの生き様を あらためて知ることができた さて この日の宿は 長岡市のルートインホテル 今回の旅のすべては ビジネスホテルを利用したのだった 初日の走行距離は449km 暴風の東北道で疲れきった私は すぐに寝入ることができた 13日は ホテルを9時ちょっと過ぎに出発した 今日の目的地は 金沢駅西のダイワロイネットホテルで  午後2時あたりには ホテルに...

報告 ~20日16時53分の地震~

4月20日 16時53分の地震についてですが こちらは 妻も私も無事です 妻が外出から帰って来て間もなくのことだったので 安堵しました かなり大きな揺れだったのですが  多少の物の移動があった程度で  被害というほどのものではありませんでした 自宅は 海から離れた 山の尾根にありますので 津波の影響は皆無です 再び大きな揺れが起きる可能性がありますので これから災害準備品の確認を行います  

今だからこそ  ~大切な友と再会するために~

ほぼ半世紀ぶりに再会できた  石川県在住の 大切な大切な友がいる 学生時代に 同じ学部のしかも同じ専攻で学び たまたま その友のお姉さんの嫁ぎ先が 私の出身地である一関市だったということもあり 自然に その距離が詰まったことが思い出される 学生時代の4年間は その友がいてくれたことで 精神構造の幼い私は 本当に助けられたのだった この年齢になり  やっと半世紀ぶりに再会できたのが  昨年のことだった 友が 一関在住のお姉さんのところに寄った後 気仙沼まで来てくれたのだった 顔を見た時は 手が震え 本当にうれしかったことを鮮明に覚えている 私の学生時代は 恥ずかしいほどに 幼くて愚かだった・・・ そんな私が  他者と比較しても 何も始まらないということに やっと気が付いた時には  人生の半分が とうに過ぎていた 自分の良さというものは どんな部分なのか そこに気が付くのが あまりに遅かった 自分の人生は 多くの方々のおかげで 今ここにある もちろん その大切な友の 豊かな人間性に  多くを学んだことはいうまでもない 退職して12年にならんとする今 過去となって久しい 仕事上の成果は  人によっては その人生を誇る 重要な要素かもしれないが  私には そのように誇れるものはない 仕事を辞めて 無職となってからは 家族のために 自分の時間を費やすと決めてきた 自分だけが思う 「自(おの)が人生」を  退職後に 新たに歩き出すと 心に決めたのだった 公(おおやけ)の職にあった自分は  心身共に 疲弊しきっていて 早期退職を選んだ それは 自分の身体も心も 弱かったからであり もうこれ以上は続けられないと 判断したからである 「逃げた」とも思われるだろう  「逃げた」と評価する方は  おそらくは強い心をお持ちなのだろう 幼い頃から感じていたように 自分に自信が無い私でも 運良く 最愛の家族を得ることができた 石川県在住の その大切な友は  仕事と併行して 自らの学びを深め  大学での職を得るまでになった 敬服するばかりである    私はといえば 仕事をしながら修士学位を取得するため 学びを続けてはいたが  単位を半分ほど取得した頃に起きた あの震災で 心が折れてしまったのだった  震災以後の私は  あの惨状によるトラウマが生じてしまい 何かにつけては 手が震えたり 涙が出る始...

墓参りの後は

イメージ
母の命日には 少し早いが 墓参りのため 一関市まで出かけてきた 一関市は 桜が咲き出して  ところどころ満開になっていたこともあり あまりに慣れた道であっても ドライブが楽しめた やはり桜は良い  咲き始めの今は 実に心が浮かれるものだ お寺の駐車場に車を停めて  墓参する 愛車の背後にある桜は 咲き始めだった 母が旅立った日は 桜が満開だった  奥羽山脈には しっかりと雪があり 清々しい青空の日だったことを思い出した 私の墓参りは 生花をいつも用意しない  枯れた花を誰が片付けるのか・・・ 私の兄は 42歳で他界したのだが  その家族が  墓の維持をしてくれていることもあり  迷惑はかけたくないからである 手を合わせた後 お茶・水・菓子を片付けてから 車に乗り込んだ  一関市内で昼食をとり 少しだけ妻の買い物をしてから 自宅まで帰宅  帰り道は 母に もっとこうしてあげれば良かった・・・と 後悔ばかりが 頭の中で繰り返された 自分の人生を 84歳まで懸命に生き抜いた母  54歳で早くに他界した父も 戦後の混乱の中を  自分の持てる技術を生かし 懸命に働き 働き過ぎて 命が尽きた  その息子の私は 今年で70歳になる そんな私にできることは これからも変わらず  娘家族と息子家族のため そして 妻のために  私の時間を使うこと・・・ 本来なら 長期の旅に出かけたいところだが 施設に入所している 94歳の義母のことは 常に気がかりでもあるため  小旅行となるのは 致し方ない 暖かくなってきた今 ともに70歳となる夫婦は いい加減に冬服を仕舞い込んで 春の服装で 背筋を伸ばして動き出したいと思う

妻の車のタイヤを新調

イメージ
春は 税金等の出費が嵩む時季だが 今年はさらに上乗せ・・・ 妻の軽自動車の夏タイヤを新調しないとならない状況であり 10年目となる軽自動車だけに  当たり前だが 安全装備類もその10年前のレベル・・・ でも妻は 「市内だけしか走らないから これでいい」との主張 ゆくゆくは  妻の所有の軽自動車1台のみで暮らすことが理想であり 私のホンダ・モンキーというバイクを ファミリーバイク特約で その車の任意保険に追加すれば 妻の身体障がい者手帳で 自動車税が非課税となることもあり もっとも経済的な選択となるのであろう その点で 考えれば  軽自動車よりも 1500cc程度のハイブリッド車の方が 更に経済性は高くなる あらゆるラニングコストと 少し遠出もできる小さめの車の選択が 最も理想とするところとなる まあ 数年先のことになるが・・・ という訳で 今回選んだタイヤは             ※横浜タイヤHPから借用 新しくなったブルーアースを選択 気になっていたベーシックなタイヤで 久々のヨコハマタイヤを履かせることとなる お世話になっているお店に注文をしたら 入荷を待つことになった もちろん 妻の車での遠出はせず それ専用は やはり私の車 とはいえ 新しいタイヤで市内を走ることは ささやかな楽しみなのである