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歯科通院をしてきました

歯科は、幼い頃から行きたくない場所でした。 私には若くして他界した兄がいましたが、 その兄は、歯を病むことのない人で、 虫歯すらもありませんでした。 二番目の私はといえば、その真逆で、 幼い頃からしょっちゅう歯科のお世話になっていました。 今日の通院は、う蝕ではなく、歯肉炎でした。 昨年の通院では、ひとつの歯の処置済みの12%金銀パラジウム合金を 更新するという通院でした。 ここ数年は、1日4回の歯磨き、歯間ブラシ使用と さらにはデンタルリンスをしているにもかかわらず、 軽微な歯肉炎を発症したのです。 処置としては、歯石の除去の後、 炎症部位を消毒し、薬剤を歯間に入れて終了。 次回の通院は一週間後となりました。 抗生物質の服薬処方がないことから、 自分としては、ほっとひと安心です。 抗生剤の使用は最小限にとどめておきたいのは常で、 いざという時に、効かなくなっては困りますので、 こういう状況はありがたいです。

新たな眼科症状が発症

自分の体調の変化について、 ここに書き綴ることに、抵抗が出てきたこともあり、 先日、書いた記事を、すぐに削除してしまいました。 泣き言をつらつらと書いているようで、 自分が情けないと思ったのです。 でも、削除してから時間が経過し、 本来の日記的な扱いをしても良いのではないか?と 思い直し始めました。 そう思うようになったのは、 ブログ友となっていただいている 白金の豚さんとのメール交換からでした。 その時は、自分自身に対しての悔しい気持ちがありました。 でも、その時の温かな内容の文面を読むにつれて、 一時的な自分の判断が、 正しい解ではないと思うようになったのです。 腰椎の神経根症状に苦しみながら、 一昨年末は、右耳が突発性難聴となり、治らないという診断。 そして今度は、花粉症以外の新たな眼科症状が出てきました。 閃輝暗点(せんきあんてん)という症状です。 先日、高速道路でこの症状が出ました。 いやあ、運転中に起きると、かなり危険であることを実感しました。 この 閃輝暗点は、原因不明らしく、 それもこの症状は、目に問題があるのではなく、 脳内物質のせいで起きる,脳が原因の症状だそうです。 閃輝暗点は強い偏頭痛 を伴うことが多いらしいですが、 私の場合は、幸いなことに頭痛はなく、ほっとしています。 昨日,大阪の梅田駅前で,不幸な交通事故がありましたね。 運転手さんは、悲しいことに,乗車中にもかかわらず 大動脈解離による心タンポナーデで 亡くなられたということです。 人ごとではありません。 「自分は絶対に大丈夫」なんていう方はいないと思います。 当然ですが,そんな突然のことに、自分も対応できるはずもなく、 先日の私の発症時は、目の症状に驚きながらも、 事なきを得たというのが、正直なところです。 この 閃輝暗点の治療法はといえば、 唯一,食事に気をつける事だけらしく、 酷い場合は、一時的な投薬もあるらしいです。 自分としては、運転中に発症した場合は速やかに車を駐めて、 症状が改善するまでの30分ほどをやり過ごす事が重要と判断しました。 話は少しだけ方向が変わりますが・・・ 昨日の大阪の交通事故については、 スバルのアイサイトが装備されていれば、 あそこまで大きな事故...

ここは既に立ち入り禁止になっていて

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無念ですが、工事が始まってしまいました。 防潮堤の背後地となる平地には,住居が建つ予定はありません。 集団移転により,既に住宅地は高台移転となっています。 田畑のみを守るために,海岸線の生態系を破壊してまで, 巨額の税金をつぎ込み,防潮堤を造り さらには河川の大規模な堤を造ることで, ここは無惨なコンクリートだらけの場所になります。 ここの砂浜は,遠浅で,すばらしい海水浴場でした。 様変わりする浜辺が,子供たちの目にはどう映るのでしょうか?

震災後の復旧工事の今

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東日本大震災での津波被害による、海岸線工事の現状をお届けします。 その多くは、巨額を投じてまで、 このような工事が必要なのだろうかと、思われるようなものも多いです。 住民感情を聴くふりだけして、受け入れず、 学識経験者の意見を、聴くふりだけして、無視をして、 頑なに造り続けようとする、我が県の為政者がいます。 どうにもこうにも、政治家とゼネコンの癒着ではないかと、 疑念を持たれてもおかしくはありません。 あまりに腹立たしいので,今回から何度かに分けて、記事にします。 先ずは、天然の海岸段丘の段差を利用せずに、浜辺から堤を築いています。 工事の方々が右端で働いていますので、 大きさがお分かりいただけると思います。 次は、上の動画の地域内にある川の現状です。 海に流れ込むほんの小さな川ですが、こんなことになっています。 いかがでしょうか。 これが,巨額の税金を投入して造っている人工物の,ほんの一部です。 こんなことがたくさんあります。 これは地域住民の感情とはかけ離れた「力」で,造られ続けています。 残念でなりませんが, 私たちの声は,県政を動かすまでにはならないようです。 津波被災地の住民の多くは, こんなにも巨額の税金を投入することは,望んでいません。 反対しているのですが,無視されています。 総理大臣の奥様から,私たちの声を総理に伝えられていますが, 「地方自治なので,私(総理)の立場からは言えない。」 という総理のお言葉です。 内閣総理大臣が止められないなら 私たちは,このような状況を,黙して受け入れろということでしょうか?

大荒れの天気でしたが・・・

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みなさんがお住まいの地域はいかがでしたか? 被害はありませんでしたか? それにしても大荒れでしたね。 でも雪でなかっただけでも助かりました。 この時期の南岸低気圧のパターンは, こちらでは「沖あげ」とよばれる 太平洋からの風にのって,大雪になることが多く 今回は幸運にも雨で終わりました。 今からちょうど30年前の,この時期のことですが, 気仙沼市に,2日間で75cmも雪が積もったことがありました。 そんなことがあったことからも 本当に助かりました。 そして今日は,雲の流れも,とても速かったのですが, 層積雲とも異なる形状で,積雲にも見えるものでした。 輪郭のはっきりとした雲で, 季節が変わってきていることを感じますね。 さて,先日はムスカリでしたが, 今日見つけたのは・・・・ お分かりの通り,チューリップです。 市内では梅も開花し始めたそうですが, 夕方から雪が散らついてきました。 そろそろ,春先の庭の手入れを開始しないといけないようです。 今年は,何を咲かせようかな~。

プラチナ・ポーク

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プラチナ・ポークってご存じでしょうか? 「白金豚」と書くのですが・・・岩手の名産のひとつです。 これがまた,柔らかくて,旨味たっぷりで・・・ 久しぶりに食べたくなって,妻の車でおでかけしてきました。 退職して,何が良いかと言えば, 平日におでかけしたり,のんびりとランチできることですかね。 いつものお店に行き,白金豚の味噌焼き定食を注文 これです。 好物の蕎麦と一緒にいただきます。 ど~~ん! 味噌焼きの多くは,お肉が硬くなりがちですが, そんなことは全くありません。 ふわっと噛めるほど柔らかくて, 脂も品のある甘さでしつこくありません。 ・・・・たまには,脂質をあまり気にせず食事しても良いですよね。 妻は,大好きな釜飯を注文しました。 んで,テーブルの脇の出窓にあったものに, ぐぐぐ・・・っと,惹かれるものがありました。 これです。 手作り感満載でしたが,愛嬌があって,こういうのは好きです。 コンパクトデジカメで撮ったので, つまらない写真になってしまいましたね。(苦笑) 帰り道に,いつも利用するGSでレギュラーガソリンを入れ, なんと,表示価格がリッター99円でした。 驚きました。 もうこれ以上は下がらないでしょうね。

東北地方でも・・・・

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早春を感じるものを見つけました。 自宅の庭に,かわいらしく・・・・ よくよく見ると,あちこちに頭を出していました。 今日は暖かくて,最高気温が7度です。 日陰には雪が残っていますが, 心なしか,春の香りも漂ってきそうです。

松島五大堂にて

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先日の回想です。 久しぶりの松島だった。 かれこれ20年ぶりくらいだろうか? 5年前の震災と津波による被害云々は,さておき・・・・五大堂へ 海岸線の入り口から一つ目の透かし橋(すかしばし)を渡り 中間となる島へ・・・・ 前を歩いていた,ひとりの女性が,ごく自然に地面から何かを拾う。 そして,右側へと移動し・・・・ その女性は,拾い上げた紙片を結びつけて,静かに手を合わせた。 本人が落としたおみくじだったのだろうか。 それにしても素敵な風景だった。 ふたつ目の透かし橋を渡ると,五大堂 透かし橋の下には,海面が見える。 妻は,こういう高い場所が苦手で,下を見ない。 私は,こういう場所が大好きで,下をじっと見る。 五大堂では,妻はお賽銭をあげ,静かに手を合わす。 あと1か月ちょっとで,結婚して34回目の記念日。 妻は何を祈ったのだろう・・・・・

久しぶりに発症です

昨日のことですが、 雪が溶けた庭で、少しばかりの力仕事をしたら、 腰にきてしまいました。 すぐさま、痛み止めを服薬し、専用発布剤を使用し、 腰痛用ベルトを巻いて、安静にしています。 何のことはないことでの発症でした。 久しくなかったことでしたので、 油断していたですね。 今回も、痛みと痺れです。

まだ2月だというのに

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まだ2月,それも今日は14日 世の中はバレンタイン・ディだと浮かれているが 天台宗の檀家の私には関係ない。 ましてや,カカオ豆の産地の多くで, 大人だけでなく,子供たちまでもが, 残念なことだが,奴隷のように使われているらしい。 いかに有名なチョコレートといえども, そのような産地から,カカオ豆を仕入れていたら, 購買意欲も起きない。 さて,そんな2月に,我が家は霧に包まれている。 視界は50メートルあるかないかで, 外気温は10度ほど。 朝まで降っていた雨のせいで,自宅周囲の雪もほとんど消えた。 低気圧通過のせいで,南から風が吹いている。 こんな2月半ばの天気は,私の記憶にはない。 つい先日,孫娘たちが遊んだ庭の雪も消えた。 おかしなことは,お天気だけのことではない。 一昨日には,融雪剤散布車が来て, 私が除雪している自宅前の乾いた道路に 融雪剤を無闇に撒いて通過した。 除雪・融雪対策の予算が余っているのだろうか? まったくもって,撒く理由がみつからない。 村井知事の推し進める,県の復旧工事も酷いものだ。 河川の生態系を壊す護岸工事, さらには巨大防潮堤建設・・・・ どんなに地元民が反対しても, 意見を聞くふりだけをして, ゼネコン密着型の工事を強行している。 世の中は,どんどん狂い始めている。 少しでも,静かで穏やかに暮らせるように それぞれの立場で,思考や行動を修復できないものだろうか?

満たされた時間

正月に帰省できなかった娘家族が, 1泊2日の日程で遊びに来た。 孫娘たちは,「じいじのおうちは,いつもぴかぴかで大きいから好き。」と 今回も,うれしい言葉を言ってくれた。 娘家族は,福島市内のアパート暮らしなので仕方ない。 1日目は,寒かったこともあって・・・ 1階のひとつながりの和室とリビングを行ったり来たりしながら, 女の子ならではのかわいい遊びを楽しんでいた。 2日目の朝は青空で・・・ ふたり揃って「お庭で遊んでいい?」と聞くので, 迷わずOKを出す。 娘婿が,自分の車からレジャーシートを取り出し, それを手に,孫たちは遊び始める。 草地にして管理している140坪ほどの大きさの緩斜面で, 互いに押してあげながら,交替で滑って遊んでいた。 私はというと,薄着のまま,慌ててカメラを持って外へ・・・ それにしても,孫娘たちは大きくなったものだ。 4月から上は4年生,下は1年生。 当初から雪遊びを目論んで,自分たちで長靴を持参。 もちろん,じいじの手助けは,何も必要なかった。 じいじは,笑顔で孫たちの写真ばかりを撮っていた。

雪が溶け始めました

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昨日,とある観光地に,愛車のスバルWRX S4で行ってきました。 歴史的観光地ですが,そこで見た空の風景です。 孟宗竹,そして杉の木と空ですね。 空の蒼が,一層美しく感じました。 ここでは,春を感じたという色彩を出したかったので, どこに行って,何を見てきたかは,追ってお知らせします。 さて・・・太陽の角度も上昇してきて, リビングに差し込む陽射しが,日に日に短くなっています。 今日の予想最高気温は8度。 真冬日が続いていた我が家の周辺にしてみれば, これはもう,春の陽射しで・・・ 珍しくも,午前10時前から,補助暖房を切りました。 もちろん,主暖房の蓄熱式暖房機は輻射状態で熱を出していますが, とにかく暖かい朝です。 なので,朝から庭の雪が溶け始めました。 すると・・・・目に付いたのが「凍裂(とうれつ)」 玄関前のアプローチの一部ですが, 以前に補修したコンクリートが再び裂けていました。 ここ以外にも2カ所あって・・・本格的に暖かくなったら補修します。 久々のお出かけで,雪に閉ざされていたような生活をしていた 私たち夫婦も,少しだけストレスから開放された気分。 楽しんだ結果ですので仕方ないですが 妻にとっては少々歩き過ぎたようです。 足が痛むとのことですので,今日は安静日。 かく言う私も,実は・・・昨日,途中で歩くのが辛くなり, 休憩を挟む場面も・・・・・ まあ,夫婦が互いに痛みを感じながらの生活ですので, 気遣いながら,仲良くやっています。

少しずつ少しずつ・・・

なんて穏やかで暖かい日なのだろう。 ここ数日は、ほぼ真冬日が続いていた。 今日は最高気温がプラスになり、5度くらいにまでなりそうで・・・ 外は風もなく、明るい陽射しがリビングの中央まで入り込んでいる。 僅か一週間とちょっと、ブログ更新をお休みし、 やはり「記事を綴りたい」と思う自分がいることに気づいた。 「静かな日々を過ごしたい」と、強く願うようになったのは、 今に始まったことではなく・・・ 幼い頃から喧騒は好まず、静かに本を読んでいることが好きだった自分。 バイクに乗り、ひとりだけで出かけていた自分。 森の中にいると、ほっとする自分。 既に独り立ちし、家から巣立った子供達を、 今でも、一日たりとも忘れたことはなく、 大好きで大好きで堪らない自分。 今こうやって、仕事を辞して ゆっくりと自分を振り返る時間ができ、 少しだけ、生き方、暮らし方を整え直そうと思っている。 東日本大震災以来、 穏やかな日常の日々の大切さ、 家族の大切さ、自分が自分であることの大切さを、 ことごとく身に染みて感じた。 そんなことが、 繰り返し繰り返し頭の中で、 行ったり来たり・・・ 静かになっていた私の暮らしぶりを心配してか、 心なしか妻が、たくさん笑うようになった。 決して消えることのない震災の記憶や、 長きにわたり勤めた職を辞してのストレス。 身体の不具合から起きるストレス。 続いていた真冬日の寒さと、つらい除雪作業は、行(ぎょう)となり、 心許ない自分の暮らしぶりを、 見直すきっかけになったのかもしれない。 もう少し、もう少し・・・・