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1月, 2024の投稿を表示しています

92歳の義母のおやつ

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92歳の義母は  未だに食欲衰えず 日に3食をしっかりと食べる とはいえ どんなに高価なご馳走様を出しても  何を食べ終えたか すぐに忘れてしまう・・・ もはや 新しい記憶が作られないという状態で 過去の記憶も かなり曖昧になっている でも  大好きな 焼きそば コロッケ 焼き芋は 夢中になって食べてくれる 昨日のことだが  毎度の焼き芋を 手作りストーブのオーブンで焼いた 用意した芋を置き 蓋をして 今回は 風の向きもあり 東庭で火を焚く オーブンは一番上の部分で  下からどんどん薪(今回は廃材)を燃やす いつものことだが 最初の時だけ煙が出て 火が安定すると 無煙燃焼となる もちろん 焼いたサツマイモを 義母は夢中になって食べてくれた  義母からの「おいしいね」の言葉を期待したが いつものように無言で食べ終えた  「いただきます」「ごちそうさま」を忘れ 食べ零しも増え 歩行も 支援がないと危ない状況になってきた さらには 食事以外の時は ほとんどの時間 自分のソファで居眠りばかり・・・ 先日 介護レベルがひとつ重くなった そして かかる介護費用も 一段階増えた 「いずれ我が身」と思いながら 義母の介護を 妻とふたりで行っている 義母に「あなたの人生はどうでしたか」と聞いても 「はい」の返事で終わる  寂しい会話・・・ 自分がそうなる前に  妻に感謝の言葉をたくさん残しておきたいものである

降雪と除雪の風景から

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1月24日の夕方から 雪が降った 午後4時ごろから降り始め 午後7時を過ぎたあたりで 降り止んだ とはいえ この僅かな時間で 18cmの積雪となった そのため 翌朝のことを考えて この日の夜8時過ぎに  玄関前など 一部の除雪をして就寝した 翌朝のための除雪というのは  寒冷地でないと理解できないだろうが 湿雪の場合 夜間に凍結することで 朝に行おうとしても 除雪できなくなることが多いからだ そして 25日の朝  寝室の北窓のカーテンを開けると 西側の森の杉の木に 朝日があたっていた そして  南窓のカーテンを開けると 寝室に面したベランダ越しの風景 雪の朝の森の風景には華がある おもむろに パジャマの上にフリースを羽織り 1階に降りていく エアコンとペレットストーブを稼働させ 朝のコーヒー用にお湯を沸かす 妻が降りてきて いつもの朝が始まる 妻が食事の準備を始めると  私は着替えをする そして妻は 母親を起こし トイレ・洗面・着替えの世話をし  私と3人で食事をする 食事の時以外は 常に居眠り状態の義母は 日を追うごとに生活の質が落ちてきている 記憶も曖昧で 思考も働いておらず 食事の動作も劣化しており 食べ零しも増えた   食事が終わり  除雪作業の服装になり 長靴を履いて外に出た  幸い 積雪した上の部分は凍結していなかったが アスファルトやコンクリートに面した部分は 案の定 ガリガリと凍っていた その凍結したところに加えて 湿雪の重さで  手押しのラッセルでは動かせるような安易さはなく そのため 久々に除雪機を出した 駐車場から外れ 砕石面まで雪を押し出した 除雪機の活躍の場は 駐車場の舗装面に限られるが 我が家の駐車スペースは 舗装面だけで40坪あり  僅か18cmの降雪量でも 手作業では大変なことになる そのほか 屋根をかけていないウッドデッキやベランダなど 除雪しないと大変なことになる場所も多い そこに加えて 義母がショートステイに行く時に 足元の状態が悪いと 義母が転倒する可能性もある 太陽が顔を出しているというのに 除雪中に風が強く吹き 地吹雪が何度も起きた 見事なまでのホワイトアウト もちろん 自分にも雪が纏わり着く 朝9時から始まった フルバージョンの除雪作業が終わった時には 既に11時を過ぎていた 2時間も外で作業をしていたが  汗びっしょり...

トヨトミ製のペレットストーブに異変

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昨年の1月23日に 我が家にお目見えとなった トヨトミ製のペレットストーブPE6だが 燃焼室の背面パネルが ボロボロになってしまった そこで 1月12日に 気仙沼市内のお世話になっている取扱店さんに ペレット燃料を購入しに行った際に その話を出したら トヨトミと交渉してくださることになった すると  トヨトミの仙台営業所からの確認があり  無償で新しいパネルが届いた でも・・・ 写真のボロボロになったパネルと素材が違うことに気が付き 取扱店さんにも 見ていただいたら その担当の方も 明らかに素材が違うことを理解してくださり ふたりで??? となった 何故に素材が違うのか・・・ 取扱店さんでも 営業所に確認してみるとのことだった ボロボロになったパネルと同じ材質で側面にも2枚あり そちらはどうなるのかと思ったが あとは返事待ちになるのだろう いずれにせよ無償交換になったのだから ありがたい 気長に待つことにしようと思う もちろん 新しくなった背面パネルは 今のところ 熱変性する気配もなく 安定した状態にある

この1年間の電気代節約効果は??

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昨年1月のペレットストーブ導入から始まり 11月8日のパナソニック製エコキュート そして  11月30日の東北電力推奨モデルのHITACHI製エアコンと ひととおりの電気代節約対策が終わった そして前回の投稿で この4か月間で  10万円近くの電気代節約を果たしたことを書いたが 昨日  東北電力から この一年間のデータが提供されたので 節約額が明確になった それは この1年間とその前の1年間の比較グラフ かなりアバウトなグラフで恐縮だが 1月のペレットストーブ導入で  大型のリビングに置いてある蓄熱式電気暖房機の使用を止めたことで 年間を通して 平均的にデータが減少し さらには  11月に夜間電力使用の電気給湯器から エコキュートに替え  省エネ型の寒冷地エアコンを新規導入したことで この冬のグラフの上り幅が圧縮された 別表で提供されたデータから 年間の節約額が明らかになるが その差(節約金額)は 驚くことに157,613円となった ペレットストーブ導入時で試算していた 減価償却も大幅に早まり  当初7年と思っていたが ほぼ3年で終わると判断した というのも 昨年11月以前のデータはすべて  電気温水器と古いエアコンでの数値となっているので さらにあと1年後には  2022年2月~2023年1月の年間金額との比較で さらに差が拡がることは明らかで その分だけ ペレットストーブの減価償却は早くなる あとはエコキュートにかかった費用の減価償却だが 以前の電気温水器も耐用年数の倍以上も 故障なく使用できたこともあり  エコキュートの導入費用については あまり気にしてはいない 加えて 寒冷地仕様の大型エアコン導入についても  東北電力からの10万円のキャンペーンキャッシュバックがあったので 同様に原価償却を気にはしていない タイトルとは別な話題だが 導入したパナソニックの寒冷地型エコキュートだが 水圧も高く 入浴していてとても身体が温まるようになった 湯温の自動管理が好ましいためなのだろうが 毎晩 温泉に入ったような状態になり 睡眠の質も上がったような気がする また 寒冷地型エアコンも とても暖かく  時には リビングのエアコン1台で 家全体が温まることもある 今日1月24日 午前9時現在 外気温0度 そして天気は雪  となれば さすがにエアコンだけでは無理なので ペレット...

この4か月で約10万円の節約

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電気代の高騰により 驚くような電気代になり  これではダメだと  昨年1月のペレットストーブ導入から あれこれと対策を進めてきた 先月12月は 一昨年の12月との比較で 33,868円の節約を達成し 嬉々としたが さらに今月は 42,272円の節約を達成できた なんと57.5%の電気代節約となったのだ そして  昨年10月からの節約総額が95,841円となったことに驚いた 10万円を越えはしなかったが それでもこれだけの金額となった 例年なら 暖房を使用する期間は5月上旬くらいまでなのが常 つまりは あと4か月となる訳で 節約総額がさらに上積みされるのは確定的 あとは ペレット燃料代総額がどれくらいになるかで 最終的な節約の結果が出ることになる  今後が楽しみである

この冬で一番寒かった朝

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今朝はマイナス7度だった我が家 マイナス6度の予報だったが  標高が少し高いのと 森の中にあるため 予報よりもいつも1度ほど低くなるのは 夏場も同じ 起きて早々に 除雪作業・・・ といっても  さらさらの乾雪だったので バッテリー式ブロアーの登場 おひさまは 大きな杉木立に隠れて まだ差し込んでいない 新聞配達の方の足跡だけが残る 手袋を履いていたが 直ぐに指先からかじかんできて 冷たさが痛みに変わる 風が強いためか 耳も冷たくなり痛みが出てくる   この冬になって2度目の除雪作業は  ブロアーの後に手作業となり 僅か20分ほどで終了 こんなに早く終わったのも珍しい 確かに暖冬と言えば暖冬で 雪が少ない とはいえ 今後がかなり怪しい 少し暖かくなると  決まって 東風に乗って 雪は海の方から降って来るのが常 まだまだ油断ができない

孫娘3号のメロン

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孫娘3号が 昨年9月に植えたメロンの種 何やら 保育園の方針だったらしく まったくもって季節外れの栽培開始になった訳で・・・ 朝のリビングの最低気温は13度ほどで  寒さと 実から葉に戻される カリウムの影響もあってか 葉はどんどん萎え 蔓の生長も止まり 実の大きさも 年末からほとんど変化せずにいたが ここにきて 新たな変化をし始めた 実の底を見ると マスクメロンの模様が・・・それらしく・・・ とはいえ 怪しげな斑点も出始めた そもそも 冬季というタイミングで 無理な生育を目指していることからも 今後の生長が危ぶまれるのは当然の話 この写真を東京在住の息子のところに メール添付で送信したら 孫娘3号は 喜んでいたという 今は 喜んでくれるのがうれしいが  メロンの今後の生長に 不安は消えない

雪のない正月

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この正月期間は  どうやら 雪が降らないまま終わりそうである 気温も高めに推移していて  あまり寒さのない冬が続いている とはいえ 連日の降霜で  毎朝の庭の景色の変化が 目を愉しませてくれる 霜が溶けだしたカーポートの屋根越しに スマホでパチリ 妻に この写真を見せたら 我が家だというのに 一向に理解できないようで・・・苦笑 それにしても この冬は これまでに除雪したのは1回きりという・・・ まあ 三陸海岸は 「雪は海から降って来る」訳で それも 大寒あたりから 2月半ばまで どさどさ降って来るのが常 はてさて これからどうなるのだろう かつて 降り始めから2日間で 75cmという積雪記録があり  その時は 除雪作業でたいへんな思いをした記憶がある まあ なんであれ 冬は冬 暖冬という言葉に騙されないよう 覚悟だけはしておこうと思う

ささやかな楽しみ

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ウッドデッキに霜が降りた  霜は楽しい どんどん光が変化していく 真っ白な状態で 光を反射していたと思えば  僅かの時間で まわりの光を映し出す  水切りをしていても 楽しみがある 私は霜が好き あの大震災を経験してから こんなありきたりなことに 目を奪われ 楽しめる自分に気が付いた 年齢のせいもあるのだろうか・・・

恒例の置き土産

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1月3日のことを書く 年明け早々に 能登地震と航空機事故と連続して たいへんなことが起きた こんな年の初めは かなしいものである 我が家では いつものことだが  苦笑いの事件が起きた 野生動物のテンの貯食行動で 今年もまた 車にお土産を置いてくれたのだ エンジンルームに隙間が多いフォレスターでは 恒例のことだったが まさか  隙間がほとんどないクロストレックでも起きるとは・・・ 油断していた・・・ すっかりと ぷよぷよの完熟状態・・・あぶない あぶない 場所は右フロントサスペンションの取り付け部の前のところに ていねいに置かれていたのだった とはいえ このままの状態で どれだけ走ったのだろうか・・・苦笑

ドライバドリルが壊れたので

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25年ほど使ってきたドライバドリルが 年末に壊れた しかも壊れた部分は  肝心要の チャックと呼ばれる ドリルビット(先端部)を固定する部分 もちろん候補に挙がっていたのは 毎度のマキタ製品 バッテリーなしの単品を いつもお世話になっている 気仙沼市内の専門店で しかも 初売りセールで購入 写真では 都合上 使いまわしているバッテリーを取り付けている このモデルを買うにあたり  マキタ釜石支店から営業担当が来ていたので  あれこれと質問してからの購入 このサイズで 期待以上のトルクがあり 石やコンクリートにまで穴を開けられるという しかも マキタなら 故障しても3日以内に修理が完了するという 凄技のサービス体制が売りなだけに 当然ながら プロからの信頼も厚い 私のような ど素人の場合 この機種が オーバースペックなことは確かだが  複数のバッテリーを所有していると  機器のみの単品購入は安価で済むというのが 何よりうれしい   早速 屋内の物置に棚を取り付けようと思っている はてさて うまくいくのだろうか・・・・

元日早々に

あけましておめでとうございます とはいえ 元日早々から涙が しばらく止まらなくなった 能登半島地震により あの2011.3.11がフラッシュバックしたのだった あの凄惨な状況が  まさに津波のように 頭の中に 何度も打ち寄せてきた まだまだ 冷静になれない自分がいることを思い知らされた そして 「大津波警報 逃げて!」のアナウンス あの絶叫に近かったNHKのアナウンサーさんは よくぞ 私たちの気持ちを形にしてくれたと思った テレビを見ながら 私も 涙しながら「逃げて」と願った こちらの海岸線に住むすべての人々は 間違いなく 同じ思いだっただろう 適切に逃げられなかったがために  私の大切な友人や家族の多くが  同じ日のほぼ同じ時間に 天に召された  津波のあとに発生した 山積みの課題に終われた私は 三日三晩 職場に缶詰めになり  その後に 妻の無事を知ったのだった あの時は   ラジオ以外の情報は完全に遮断され 気仙沼市がどうなっているかすら分からず 目の前にある現実だけが そのすべてだった あの時は 誰もがそうであったように  寝ても覚めても不安の中にいた おそらく 能登半島地震に遭われた方々も  同じような気持ちになっているだろう 幸いにして 石川県野々市市在住の私の学生時代の大切な友がいて  無事であることがメールで確認できた 今回の災害に遭われた方々が 少しでも早く ささやかな希望を胸にできる日を迎えて欲しいと願うばかり・・ そして 妻と交わした言葉は 「今年も 笑って暮らそうね」と・・・