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3月, 2026の投稿を表示しています

花粉症に悩まされて

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もともとアレルギー体質ではあるが 一番恐れていたアナフィラキシー症状も運良く再発せずに この年齢まで暮らすことができた とはいえ 現代病のひとつでもある 化学物質による過敏症が発症し 自宅での生活には 支障がないものの 包装紙や書籍の印刷インクや 化粧品などに 酷い時には 眩暈や頭痛 吐き気が生じてしまうようになってしまった はてさて あまりに激しすぎる今年のスギ花粉には  さすがにまいっている・・・ こんな時は 目や鼻腔の洗浄は当然のことで さらには 2月の時点で 眼科と耳鼻科の医師から処方された 薬によって なんとか暮らせている ちなみに  我が家のカーポートの屋根には スギ花粉による風紋までできるほどで まあ 背景には 杉の木立が見える環境では どうにもできないが・・・ この西側の土地の所有者は  ここ数日をかけて  我が家から100mほど先から こちらに向かって 太い杉の木の伐採を始めたようだが 残念ながら 我が家の背後にある 細い杉の木は  伐採する予定がなさそうで・・・ そもそも花粉は 風に乗って運ばれるものも多いのだろうが 花粉が降り注いでいる我が家としては  どうにもならず しかも今年は 恐ろしいほどの量で 花粉症のない妻ですら 目がごろごろするという・・・ ここに 春の黄砂が混じると  えらいことになるのだが・・・ 金沢に旅行する頃には 花粉が大幅に減ることを 祈るばかりである

今年も記念月を祝う

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3月は 私たち夫婦の結婚記念の月で 今年で44回目となる  何やら調べてみると トルコ石婚と呼ばれているようだが 次回は こんな私ですら知る     サファイア婚 そんな44回目のお祝いを  いつものお宿で行ってきた いつものお宿と言えば  花巻「志だて」か  松島「一の坊」で 昨年が花巻だったので 今年は松島を予約 「一の坊」は 何といっても  食にうるさい気仙沼人を 納得させてくれるような料理を提供してくれる宿 しかも  美味しければ おかわりも自由という そんな夢のような宿 妻にとっては  和洋のお料理が自由に選べることが 最大の魅力であり そのすべてを一品ずつ食べても すべては食べきれない しかも デザートも多様で それらすべてが美味しい・・・ 次の誕生日で70を迎える私たち夫婦にとっては  自制心をもって 食を楽しまないといけない訳だが  幸いにして 食べたら体重が増えるだけという 単純な食事制限の夫婦 目の前で綺麗に盛り付けてくれる美味しいお料理と 肌がすべすべになるアルカリ泉の温泉を楽しみたくてのこと お宿に着いたのは 午後2時半で  チェックインの際に フロントスタッフから 「いつもご利用いただきありがとうございます」と 丁寧なごあいさつをいただいた  今回は この宿の利用も記念すべき10回目 少々お高い宿だが それ以上の価値があることは明らかで・・・ 慣れ親しんだ ハンモックが付いた お気に入りの部屋に向かう 部屋に入り 「ふう~」と声が出た  というのも この日は スギ花粉の量が凄まじくて 水平線が見えず 海の色も緑がかっていて  天頂部すら 青空が霞むほどで 最悪の飛散状況だったのだ 荷物を降ろして すぐさま うがいと手洗いを済ませて お風呂に向かった私たち 温泉を楽しむことはもちろんだが  何よりも 花粉を落としたかったのだった 子供のころからアレルギー体質で  10歳の時に 今で言う アナフィラキシーショックを起こし  全身が腫れあがり 呼吸も苦しくなったことで 病院に運ばれたことのある私    当時は そんな用語もなく 不明な症状のため カルテも別管理され 多くの予防接種は 医師から禁止され続けた  さすがに この歳になれば  予防接種もできるようになったのだが 形が変わり 今では 化学物質アレルギーになってしまい  暮...

また買い物したの?・・・予約ですが・・・

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また買い物をしてしまった  暮らしを良くするための買い物で  昨年購入したコメリの真空断熱パネルのレジャークーラー(22L)は  その性能と価格が不似合いなほど素晴らしものだったが いかんせん 私の車に積み込もうとすると その寸法(高さ)が ちょっと厳しくて  もう少し高さを抑えた15Lほどのサイズが欲しいと思ったら な・な・なんと コメリから新たなサイズ展開での発表があり しかも 求めていたサイズのクーラーが出たことを知り 妻と相談た上で予約した 主に妻のお買い物(冷蔵・冷凍品)に使うのだが   やはり 車で出かける時には ほど良く小さいものがあると 限られた荷室空間をより活用できる訳で・・・・ しかも  他社の真空パネル品と比べても 驚くようなコメリ価格 性能で考えれば これは買うしかなく 今や 私たち夫婦の暮らしの必需品 災害時においても必要なことは歴然で サイズやその構造で 使い分けできるのなら それに越したことはない 全く予想を外さない妻の反応は・・・  「これで 旅行先でおいしいケーキを買って ホテルに戻れるね」 とうれしそうだった おいおい・・・甘いものだけではなくて~ まだ 買ってないんだから~~ サイズが気になる方もいらっしゃるかと思い  少し 余計なお世話を・・・ 15年前の震災の時は  震災から3日目にして 仮帰宅できた私は  自宅の被害状況を確認した後 冷凍庫の中で 既に解凍し終えていたものも含めて 少しでも冷えている食品を なんとか生かせないかと思い 持っていた50Lの大きなコールマン製のレジャークーラーに 使えそうな食品を詰め込んで  やっとできた着替えを済ませた後 防寒対策を増やし  すぐに職場に戻ったのだった・・・ その翌日のことだったが 車を流され 別の場所に避難していた妻が 10km以上も歩いて私の職場まで来てくれて  互いの生存を 初めて実感できたのだったが 私の車で 一緒に帰宅し いざクーラーを開いてみると 食品から出た水が 腐敗臭を感じさせるものになっていたのだった 外気温が低いので なんとかなるのではと思っていたが やはり 無理なものは無理だった訳で・・・ 以後  レジャークーラーの所有は   ①コールマン  50L   ②ダイワ 40L これら2つは 災害時専用で ➂コメリ 22L ④コメリ 15L(今回予約) 以上がハ...

テレビの新調

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昨日は 15年目の節目とやらの特番が 盛んに流れていた 何が「15年目の節目」なのか? 10年目の時もそうだったが  節目とやらいう言葉を 何でこのような大災害に付けたがるのか・・・ 偏屈な私には まったく納得できないまま 2026年3月11日が終わった 足の悪い妻にとっては 一日の暮らしの多くが 読書するかテレビで過ごすのだが  テレビが大好きな妻ですら  「どのチャンネルをかけたって 津波の映像ばかりで 気が滅入る」と・・・ 録画していたテレビドラマのストックを減らすことに努めていた そうだった テレビのことだった 3週間ほど前に 突然 テレビチューナーが壊れて 受信不能になったのだ 震災後に買ったソニーのブラビアだったが 10年が経過していたこともあり 妻と量販店をまわり 新しいテレビを決めたのだった それから一週間ほどかけて 妻はデッドストックになりかけていた HDに録画していたドラマを視聴していた 私は テレビは余程のことがない限り見ることはなく そんな習慣が かれこれ学生時代から続いていて テレビへの信用度(特にニュース番組)は とても低くて 新聞への疑念もかなり高いという偏屈者・・・    時にはテレビも見るが 主にスポーツ観戦か映画程度なので 妻は 新しいテレビが来るまでの間  接続しているHDのお掃除をしていたのだった 購入したテレビは 量販店の展示をあれこれ見てまわり 我が家のテレビキャビネットに入るサイズぎりぎりの シャープ製43インチと決めた それが      ※画像はシャープのHPから借用 量子ドットテレビの綺麗さに驚き  少しお高いが 10年楽しめたら かなりのコスパだと思っての決定だった もちろん HDも4Tという 大きなサイズで 10年前ならば考えられないほどの価格で 日本エレコム製品を購入した シャープは かつてのような純国産ではなく 今では  台湾のホンハイ精密工業も関わってはいるが 量子ドットの圧倒的な画像に心が奪われたのだった さっそく妻は お気に入りのドラマを たくさん予約していた 私も NBAバスケットボールを観戦してみたら  これまでのテレビとは 画像も音も雲泥の差だったことに驚いてしまった そこで 処分したテレビと一緒に使っていた ヤマハ製スピーカーシステムまでも取り外し 近いうちに 市の処理施設に運んで 処分すること...

気持ちが落ち着かない日々

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毎年 3月11日を前にすると  何をするにも 気持ちが落ち着かなくなる 特に オールドメディアが ここぞとばかりに特集を組んで 取材のために 取材集団が町を闊歩する日が続く 正直なところ 静かにしておいて欲しいというのが 私たち夫婦の気持ち 忘れたくても 忘れられない気持ち 壊れた市街地と 真っ黒な煙に映る 燃え上がる炎の赤い色  あの時は 気仙沼が終わったと思い  以後は 生きていくための繰り返しで時間が過ぎていたことを思い出す あれから15年 今の気仙沼市の状態を想像すらできなかった   そして 先日の3月4日の 当地方の新聞が載せていた記事 残っていた工事が やっと今月末に完了するという 震災から15年かかって  これで やっと終わることになるのだろうか あの年に生まれた子供が 中学3年生になるのである  ここまでに至るまで かなりの紆余曲折があった あろうことか  宮城県知事による住民感情無視の発言や威圧的な態度により  2度にわたる土地嵩上げ工事が命ぜられ 工事が敢行された     震災後に嵩上げした土地に建て物を建てた水産加工場や商店では  2度目の嵩上げのために また作り直しをするなど 過度とも思える負担増に 再建を諦めたところも・・・ 今月末に終わる工事は 防潮堤の出入り口にあたる閘門(こうもん)で 昨年夏の地震津波の際 閘門が閉じられないという事態に陥っていた さて 話を戻す  この日が来てほしくないとは思いながらも  3月11日はやってくる  黙祷の際には 亡くなった友人や よく知っている子供たち お世話になった方々の姿や その笑顔を思い起こし 静かに 過ごそうと思っている

暮らしを維持していくということ

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昨年の初冬に始めた 西側法面の柴刈り作業は 結果的に 全面を終えるまでには至らない あまりに半端な状態でシーズンが終わった というのも  本来なら作業の中心的な期間となる1月下旬から 2月の中旬の外気温が  69歳の腰に持病を抱えた爺さんには あまりにも低温だった 例年同様の衣服で最低限の暖を確保した上で 一度は試みたものの やはり厳しかった 既に投稿したように  1月上旬から2週間ほど  経験したことのないほどの咽頭蓋の炎症が起きて  微熱と通院が続いたことも 作業を滞らせた理由のひとつではあるが 気仙沼に住んで44年にもなるのに 初めて経験する あまりにも長期的な低温に負けてしまい 冬場の環境整備を敢え無く断念するしかなかったのだ 何故にそんな寒い時季に作業をするのかといえば 気温が下がると動けなくなる害虫が多いからである さらには 広葉樹を伐採して 薪を作るのに好ましいタイミングだからでもある 薪は主に 災害時に使用する薪ストーブで使うためだが 薪というのは いつまでも保存できるものではなく 虫食いが発生し 薪としては使えなくなってしまう 以前に用意した薪は 5年前のものが多く 燃料としては不適切なレベルに近づいた そして 雪も終わりだと思っていたら 積もった・・・ 雪が降ったのは 一昨日だったが  昨日の最高気温は3度で  しかも終日曇り空のため 日照取得ができず 家の中は寒いだけで 暖房使用は必須 何せリビングは 吹き抜け構造なため 最も大きなクラスの家庭用エアコンだけでは 風が煩わしく感じられるため じんわりと温めてくれるペレットストーブは 大活躍 今年は 例年にない寒さのため  木質ペレットの消費は 例年よりも多かった これまでなら 多くても年間で75袋以下で収まったが 今年は それ以上になり 結果的に90袋を購入した 1袋10kgなので 900kgを買ってきたことになる この暖かさを 一度経験してしまうと 片道7kmほどの運転をして 何度も木質ペレットを買いに行くのも 苦にはならない とはいえ  既に高齢者の仲間入りをし  次回の運転免許更新から 高齢者講習の対象になる私 ポンコツの身体が動く限りは  我が家の暖炉でもある ペレットストーブの火を 心地よく眺めるため 地味に買い出しに行こうと思う さて・・・ 最近になり 人生最後の車選びを考え始めてい...

春が来た

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午前7時に  リサイクルゴミの処分に行こうと 玄関から出たら  南側の欅の木の方向から ヤマガラの地鳴きが聞こえてきた 今朝の外気温は マイナス1  最高気温は10度という予報で  かなり暖かくなったものだと実感  それにしてもこの冬は 多くの地域で大雪となったようだが 三陸海岸は 寒さだけは厳しいが降雪量は少なく 日照量が多いという特有の気候を守っていたようだった   いつもなら  2月末にどっさりと雪が降る「沖あげ」と呼ばれる 海からの東風に乗った 大量の降雪もないまま3月を迎えた 自家用の小さな除雪機の稼働も2度だけで 本当に雪の少ない冬だった 3月ともなれば  積もった雪も 直ぐに溶けるので  降雪への不安も ほぼ消えたといえる 私のお楽しみの準備も始めた 若い頃に比べたら すっかりと小さくなってしまった 愛車のバイクに 外していたバッテリーを取り付け エンジンをかけたのが一昨日のこと バイクで走りたくても 最高気温が15度を越えないと  走る楽しさどころではなく ひたすら我慢大会となるだけで とてもじゃないが 「風を切って走る」だなんて  70歳にならんとする爺さんには 無理というもの そして3月となれば 渓流釣りの解禁で 既に年間の入漁券は購入済みで  補充分のフライ(毛鉤)も 巻き終えた そして昨日  待望の福寿草が咲いた 10年ほど前に 自宅西側の 用水路脇に咲いていたものを ふたつの素焼き鉢に植え替えた 蕾が大きくなり 開花する前に  日陰から 日向に移動し  咲いた姿を楽しむ 咲き終えて 葉が萎れると  十分な手入れしてから 日陰に戻す 毎年 そんな繰り返しをしてきた    我が家に咲く 次の花はムスカリで 賑やかに大量に咲  く姿は見事のひと言に尽きる さて今日は 飛び始めた杉花粉への対策を忘れず  春先の庭の手入れ 第一弾をしようかと思っている   先ずは 冬枯れしたタマスダレの葉を除去し 施肥をしようかと・・・