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9年を過ぎてやっと

あの3.11から9年が過ぎ 10年目となった この4月28日のことである 宮城県内からプレハブ製の緊急仮設住宅住まいが解消された 県南の名取市内の 最後となるプレハブ入居者が退去されたのだ しかしながら 未だに賃貸住宅などの「みなし仮設」は残っている 宮城からは プレハブ仮設住宅が消えたが  隣県には未だに残っているのが現実 気仙沼市内の最後のプレハブもきれいに姿を消し 元通りの公園にもどった 震災復興を促進する目的で  慌ただしく整備されている三陸沿岸道路の 気仙沼湾横断橋も 残すところ あと15mで繋がる そんな最中 

狭い畑を耕す

南庭の一部に畑がある 8畳サイズの小さな畑だ 冬越しで植えているのは青ネギで 暖かくなったら キュウリの苗を植える程度 そんな小さな畑であっても ガス式のホンダ製ピアンタFV200という耕運機を使っている 畑のサイズに見合った小さな機械だが  あるとないとでは大違い 昨日 タタタタ・・・と軽快な音を立てて土を起こしたら  微かに春のにおいがした 周囲の木々は 未だに裸が多いが  ところどころに 小さな葉が芽吹き始めた あと一週間もすれば  自宅の周囲は 新緑の香りに満たされ始めるだろう そんな若葉の森が大好きで こんな山の中に住んで良かったと つくづく思える瞬間が訪れるのだ

不毛な出来事に思うこと

あの3.11を経験して  最も大切だと思えるようになったことがある それは 毎日の小さな幸せを見つけられる そんな自分でいたいということ  3.11以降  見事なまでに 肩の力が抜けた   愛する我が子や孫たちの笑顔を見ること 最愛の妻と向かい合って 毎日の食事や会話ができること 天気が良ければ 庭の手入れをし 花が咲けば 喜び  輝く星空を見入ることが一層の楽しみになった

田舎のコロナ禍

4月5日に 気仙沼市でも1名の陽性患者が出た こんな田舎でも 出たのだ・・・・ その方も 検査で2度の陰性が確認され 無事退院となり 濃厚接触者15名も すべて陰性だったという市の発表を見て 安堵した 昨日 定期通院し  ここ20年ほど 体調管理をしてもらっている医師から 「今回のコロナ騒ぎは  外から持ち込まれない限り もう大丈夫だね」と言われ なんだか ほっとした・・・ それにしても  他県への移動を極力控えてくださいの 公的なアナウンスは さすがに気仙沼市からは出てない なにせ 西隣りは岩手県一関市 北は陸前高田市 東は太平洋と移動が限られ  隣接する宮城県は南方向にしかない こんな立地だから  宮手県 気仙沼市と中傷されている もちろん 隣接する岩手県からの気仙沼市への 就業者流入は当然で 経済圏域としても共同体なのだ・・・ 何はともあれ 感染者ゼロに戻ったことに安堵しよう 少し気が楽になったが  油断せぬよう気を付けたい

近場専用の

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俄かに必要になったものがひとつある それは 諦めていたオートバイ でも 選ぶのは 大きなバイクではなく 近いところ専用の 原付2種のスクーター 候補はこれ ホンダから出ているCT125が最有力候補だったが 買い物バイクとして さらには ちょっと風を感じたい時に ふらりと出かけられることを願って・・・の ヤマハのN‐Max125

なんだかなあ~

故人となられた阿藤快さんの  お得意の口癖のようなタイトルではあるが 昨今の 政治家の発信するお粗末発言と行動には 飽きてしまい 正直なところ個人的には飽和状態 そして 壊れたレコードのように  どのTV報道も 罹患者に関する数字と 三密というキーワードをもとに執拗な繰り返し あたかも どうぞおバカな日本人は このように行動してくださいと言わんばかり そこまで 日本人がおバカになったのか? ど田舎の気仙沼市ではあるが 出歩きに関しては かなりの自己制約がかかっていると思われ 最初の緊急事態宣言が発出された4月7日以降 ほとんど 出歩く人がいなくなった

お出かけしない日だから

こんなど田舎でも さすがに この非常事態宣言発令の最初の土日だから スーパーに食料品を買いに行くことすら控えていた しかしながら ここしばらくの間 悩んでいたことがある 書斎の椅子が23年経過で クッションがなくなり 随分と我慢をしてきたが  ここにきて 腰から背中や肩にまで  かなりの痛みが出るようになり 入れ替えようと決めた そこで ニトリのHPから椅子を閲覧していたら 安価で良さそうなものが多いことに驚いた だがしかし・・・ 椅子と靴だけは ネットでは買わない主義なので 実際に座ってみたくはなったものの おでかけはしないと決めたのだから お籠りする方針は変えない ましてや 昨夜からの強烈過ぎるほどの暴風雨は 今日になっても 暴風だけが残り 家の周囲は 大変な状況 妻は ソファに座り 会いたくても会えない 幼い孫の動画に 笑顔で見入っている 家の中をクラッチ無しで歩けるには もう少し時間がかかりそう・・ まあ 今日はこんな感じで ぼぉ~~っと過ごそうと思う

せめて夢をもつくらいは・・・

政治家たちの力関係が ぎくしゃくし始めたように見える こうなると さらに混迷するのは国民の生活 私たちの近い未来は さらに見え難くなっている あのとおりの首相ではあるが 国民ひとりひとりが  少しでも希望をもてる発信を行って欲しいと願うばかり 首相会見では 毎度のことだが 私のような頭の悪い人間にも 具体的に理解できるような発信をして欲しい あまりに長くて 何を言っているのか 何を言いたいのかが理解できないのだ・・・ 私の頭が悪いことを転嫁する訳ではないが こんなポンコツ頭でも理解できるような発信をして欲しい・・・ そう願うばかり・・・ 今こそが 政治家の本懐となる局面なのだろう 私たち国民の毎日が  夢を失くしている状態 あんなにもつらい 1000年に一度の大津波被害を耐えてきたのに・・・ 今度は100年に一度の 世界的蔓延の疫病とは・・・ 早く 孫たちに会い 優しく抱きしめたい せめて そんなささやかな夢を 見させてほしい  

晴れない日はない

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連日 密度の濃い新型ウィルス禍のニュース 気持ちが晴れない日々が続く 近隣の小学校の桜並木を 車で眺めに出かけたが 子供たちの活発な姿は 小学校にはなかった 妻も「学校が寂しいね」と・・・ 戦々恐々とする日々 晴れない日はない  とは思いつつも  日々の生活環境が 劇的に変化している現状 明日は どうなるのか 近い未来がまったく描けない 未来が見えない分だけ 現実逃避している自分がいる 庭を眺め 気分を落ち着かせる 満開のレンギョウ 満開のムスカリ さらにはスイセンや大量のチューリップまで・・・ そして ネモフィラも咲きだした 花は良い 何も語らないから

買い物を一緒に

昨日のことである 午前中に妻とスーパーに買い物に行ってきた もちろん妻は 松葉杖を使って4本足で歩いてのこと 「買い物に行きたい」という願いがあった 長く入院していたこともあり かなりのストレスであったことは察するに余りある もちろん 私がメモをもち カートを押しながら 妻の歩調に合わせて移動する 妻の目は輝いていて そのうれしさが見てとれた 足の骨の一部が壊死するという 原因不明の病が両足に及び 諦めと不安が交錯する毎日だったのだろう その反動か 買い物の量はかなりのものになった あれもこれも 手にしたかったのだろう 荷物運びは大変だったが 妻の笑顔が そのご褒美かもしれない

私の料理

妻は退院したものの すぐには台所には立てない状態 なので 当然ながら 私の手料理 もちろん  病院食で 我慢を強いられていただけに 妻が食べたいものを作ってあげたい・・・ スーパーへの買い物も私の役割 もちろん 他の利用客が少ないだろう時間帯での買い物を心掛け メモを片手に短時間で済ませている いつものように薄味の味噌汁に 主菜 副菜と・・・ 妻が留守の間に 新しくレパートリーに加えたのが 切干大根をメインにしたきんぴら いつ妻に食してもらおうかと・・・ 濃い味が苦手な私は 若い頃から 素材の味を楽しむ食事が好き ・・・そういえば 家の西側に  お楽しみのミツバが大量に出てくる季節が近づいた やはり天然ものは薫り高く 特におひたしは最高・・・ 今朝は 時短料理ではなく 丁寧に作ったポテトサラダ 昼は カニの棒肉を使った うまみたっぷりの雑炊 さてと・・・ 明日は 何を作って楽しもうか

妻が無事に退院できたという幸運

昨日は朝5時に起き 準備をして7時には家を出て 東北道を利用し仙台まで向かった 妻の退院日を迎えたのだった 当初 40日程度の入院期間と見込まれていたが 3月10日の入院で 4月11日退院という 少し早い状況となった タイトルに「幸運」と書いたが まさに幸運だった というのも 新型コロナ禍により 不急の手術は行わない方向になったという もちろん この医師会の判断は 医療従事者を少しでも守ろうとするためで 渦中の現在では  手術日未定のまま保留にされる可能性が大となる 現に 妻の入院していた病院でも 手術が大幅に少なくなったという 助かった・・・・ ましてや 感染症指定病院である以上 新型コロナ禍と向き合わない訳にはいかないのだろう 現に 受け入れを始めている様子だった 命と直接向き合わない整形外科の手術は 現状では減らされることは必至 もちろん妻も私と同様に 早いうちに手術 そして退院となり安堵している

それでも花は咲く

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こんなにも世の中が騒がしくても やはり 花は咲く 当たり前だがうれしくなり 少しばかり 心が前向きになれる あの「花は咲く」に どれだけ支えられたか 花はありがたい そして音楽もありがたい 幸せを呼ぶ黄色い花ふたつ スイセン(最初の一輪) 幼い頃 実家の庭に 春一番に咲いたのがスイセンで 名前も早くに覚えた記憶がある そしてレンギョウ 胸の高さくらいで 伐り揃え 生け垣のように南庭の2辺を囲んでいるのだが その30本あまりのレンギョウを 通り過ぎたオートバイ乗りが 戻ってきて じっと花を眺めたり

気仙沼湾横断橋の今

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仙台市を起点とする三陸道路は 気仙沼市内の2か所が完成すると 岩手県宮古市まで  一般道に降りることなく走ることができる訳だが そのひとつである 気仙沼湾横断橋が あと少しというところまできた 新型ウィルス問題で 家にばかりいる状態 ひとしきり 庭の手入れにも飽きてきたので 気分転換で でかけてきた 魚眼レンズを使用しての一枚だが そんな超広角レンズでも使わないと  あまりに巨大過ぎて すぐ近くからでは撮るのは無理 ※写真をクリックすると 鮮明な画像になります

想定外の早さ

まさか こんなに早く出るとは・・・ もちろん 新型コロナウィルスの罹患者のこと 40歳代の男性で 東京に出張したあとの発症とのこと 今のところ ひとりだけ こんな田舎の気仙沼だというのに・・・ 不意打ちをくらった気がする これまでは 映画の中の出来事のようで 俄かには 現実感がなかったが さすがに現実となると 外出のすべてが油断できない 問題は食品の買い物 スーパーで 手を消毒する方が滅多にないのは のんびりとした田舎だからなんだろう 私は 入る時と出る時の2度 必ず消毒する・・・ 入る時は 他の方のため 出る時は 自分のため スーパーのかご ワゴンだけでなく 商品そのものからの伝染もあり得る訳で・・・ しっかりとした心構えで 買い物しないといけないようだ  

お気に入りの場所から 近い未来を憂う

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このコロナパンデミックのことだが 一か月前には想像すら出来なかった事態に 世界が陥っている さらに一か月先の未来は さらに酷い状況になっている気がしてならない でも そんな風に  あたかも末期思想のように考えたくはない 人類には知恵がある 優秀な方々が 薬剤開発に奮闘してくださっている 個人にできることは  クラスター発生に巻き込まれないことが肝要で マスク着用 しっかりとした手洗い そして消毒に尽きるのだろう とはいえ ペシミストよろしく これまで通りに 静かに暮らすことは変わらない さて 昨日の好天で 以前から行きたかった場所へと足を運んだ

うれしくなる気温

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午前8時の時点で 無風 晴天 気温9度と この時季にしては とても暖かい朝となった 朝食・洗い物を終えて リビングのソファに座る テレビは煩わしいだけので ほとんど見ない私 暖房機の静かな音だけが聞こえる 西側の森を眺めながら タブレット端末で 最新ニュースを閲覧してはみたが コロナパンデミック一色で 直ぐに閉じた

左目のこと

先日の眼底出血は 量的にはわずかな出血で 医師からも 何も薬も処方されず 当面は 様子を見るという程度のことであった 出血してから 一週間 左目の視界が うっすらと霞んでいる 微弱な出血後は こうなるらしいが いずれ消えるとしても なんだか不安 特に夜間は  光の周りに きめ細かな光が 分散しているような感じ・・・ いつまで こんな視界なんだろうか・・・ はやく なおりますよ~に!!