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12月14日の雪

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12月14日に降った雪 前夜までは  僅かに積もる程度かと安易に構えていた 朝 起きて 寝室から窓の外を見ると かなりの降り方で こりゃ すごいな・・・と 着替えた後 ペレットストーブを点火し 更には 灯油ファンヒーターをオンにした後 電気ポットでお湯を沸かして  朝のコーヒーを淹れる ゆっくりとリビングの温度が上がってきた こんな時は  焦って 除雪作業をしても  この降り方が 少しでも収まらなければ 水分を多く含んだ重い雪のため 作業にならない訳で・・・ すると 市街地に住んでいる友人からメールが来た 「雪かと思っていたら雨だったね・・・」と!!?? 市街地(低地)エリアとの気温差は2度あるのが常で それが 雨と雪の境界温度となると  よくある 景色の差が起きた 起きてから20分ほどの僅かな時間で 我が家の周辺は一変していた こんな写真を撮って 友人へのメールに添付した 「やっぱり 山の上だね」という返事 岩手の北上市に住んでいる同級生からもメールが来た さすがに北上市は 気仙沼市よりも雪が多いらしく これから 出かけるために すぐに除雪作業を始めるという・・・ 冬になると 風の向きは北上市あたりから   こちらにも流れて来るため 雪はまだまだ降るな・・・と覚悟した私だったが この降り方は 油断ならないな・・・と思った 3時間ほど経過した 午前10時頃になると 降り方もだいぶ収まってきたこともあって  まずは除雪機を出して 駐車場の除雪作業開始 ところが 湿った雪の重さで 除雪機が押し負ける状態で 仕方なく スコップによる手作業も・・・ 一回目の作業途中で 身体はオーバーヒート 駐車場の半分も終わっていないというのに・・・・ 一旦 家に入り  汗で濡れた肌着を替えて 水分補給 雪が雨になり 作業再開ができないまま 時間は 正午を過ぎた 午後になり 樹木に積もった雪が落ちたなと思っていたら 除雪作業車が通過した 様子を見ていると  やはり雪の重さに難儀していたようで かなり小分けして 道路脇に雪を寄せていたのだった この日は 夕方になるまで  手作業中心での除雪作業を続けたが 当然 身体への負担も大きかった  翌朝の私の動きは  電池が切れかけた おもちゃのようだった 次はいつ降るんだろう・・・ 昨日(24日)も今日(25日)も雨 週間予報では 年越しまで 雪にな...

地震と雪

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12月8日 午後11時15分ごろに 青森県東方沖で発生した地震 その大きさはM7.5   揺れたエリアは 北海道はもとより 関東地区も含めた広範囲となった それは 寝る直前に起きたのだった・・・ スマホの警報が鳴る前に  とても大きな 横揺れが始まった すぐさま  ソファに座っていた妻を安全な場所に移動させたところで けたたましく スマホの警報が鳴った    長い揺れが収まった後 家の中で物音がした場所を確認  停電はしていなかったが  まずは 18Lのポリ缶に 水を貯めて 玄関ホールに置いた 次に 非常用の蓄電池を配置し  照明と暖房の対策をしている途中の 11時30分を過ぎたころに 再び 長く大きな揺れが・・・ その2度目の揺れが収まり  妻は 食器棚の乱れを整え直した あの震災から 毎日のように 寝る前には必ず  食器棚の両開きの扉に地震対策を行っていたことで 食器の破損は免れた  その後 建物の大きな破損がないかどうかを確認するため 寝間着の上にフリースを羽織って マイナスの戸外へ出た 海岸近くには 避難命令が出て けたたましく サイレンと放送が繰り返されていた 騒がしい市街地方向のことを機にしながら 懐中電灯で照らされた 我が家の外まわりを見た限りでは 特に 大きな被害はなく 細かな確認は翌朝に行うことにした 2階の窓から 市街地方向を見下ろすと 見える範囲で 停電は発生していない様子だった 結果 停電もなく断水もなかった あの震災で 悉くインフラが破壊されたこともあり かなりの部分が刷新され 強化されていたことも救いだった さて ここ連日のように雪が舞い リビングからの眺めが こんな日もあった こんな朝の景色は 心を和ませてくれる 北上山系の稜線の風景は独特で美しい 気仙沼市内にも かつて氷河があった場所があり そんなU字谷の景色が 我が家のすぐ近くで眺められる 山と海が作り出す 特有の景色は 私のお気に入り とはいえ 三陸沖は「地震の巣」であり 「いつでも 災害はやってくる」という心構えは絶やさない しかも最近  かなりの頻度で 釜石沖で地震が発生していたこともあり 近いうちに 大きな地震が来るのでは・・・ と不安になっていた それだけに 今回の地震は  ついに来たかと思った私だった  しかも震源地としては  頻度の少ないエリアでの発生だったのは意外だ...

お隣りの陸前高田市の今

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気仙沼市の北隣りにある 岩手県陸前高田市 あの「奇跡の一本松」で有名になった街 かつて 美しい黒松林(防砂林)が 砂浜から吹き付ける砂嵐から市民を守っていた 5万本ともいわれた黒松林の姿は消え 唯一残った1本の黒松が「奇跡の一本松」と呼ばれた 残念ながら その一本松も  今では人工のものに置き換えられている あの震災で破壊された市街地は 低地の盛土を行うために  近接の山を崩し 空中に張り巡らされたベルトコンベアで  土を移動して 広い土地全体を大規模に嵩上げした ダンプカーで土を運んでいたら  復旧に時間がかかり過ぎるからで 可能な限り 素早い土地の嵩上げを目指すための 苦渋の行政判断だった 過去も そして今も 私たち夫婦は  気仙沼市にはない美しい風景と 陸前高田市でしか買えない物品を買いに 出かけることが多い かつては 我が家から片道約1時間かけて 車で移動していたが  三陸自動車道ができてからは およそ半分の時間で行けるようになり 当然ながら 訪れる頻度も増えていた 震災からの復興道路として活用されるべく  宮城県矢本ICから 青森県八戸市是川ICまでの区間が無料であり その区間の自動車専用道は 日本最長の無料区間となっており 当地で暮らす者にすれば ありがたく利用させていただいている 先日 その陸前高田市に出かけてきた 私たち夫婦は 行くたびに町の復興状況を見て来るのだが  ここ数年 市街地の復興が止まっているように感じられるのは 哀しい現実と思えたのだった 今回は 陸前高田市博物館の屋上から撮った  かつての中心街の写真を お見せしたいと思う スマホでパノラマ撮影したのだが  これが大津波襲来前の市街地の中心付近と思われる場所 写真の左手奥には 陸前高田市の箱根山 山が切れている場所が広田湾で  その右側に気仙沼市の唐桑半島先端が小さく見え  それに続いて 同じく気仙沼市の霧立山なども見える 左手前に小さく見えるビルは 今では災害遺構となっている 旧米沢商会の建物で  所有者の希望で 今は震災遺構となっている 包装品の卸小売業をされていた米沢商会さんの建物が残り 周囲の建物は ことごとく津波で破壊された 津波が屋上を越え 煙突の先端近くまで達したのだが 御主人が 屋上の煙突の上に登り かろうじて命を繋いだのだった 奥に見える三角状の建物は かつての道の駅...