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三日目のゴム風船

「三日目のゴム風船」という   表現に出会った それも  普段は嫌っているテレビ番組でのこと 実は   ここ数日 今の暮らしが   これで良いのか 答えの出ない自問自答を繰り返している 一昨年に還暦を迎えた自分が 今更ながら   自問自答したところで 日々の暮らしが   劇的に改善するなどあり得ることもない 若い頃に思い描いていた   未来の自分に 少しでも近づけたのだろうか 静かで日当たりの良い場所に 我が子が友達に誇れるような 広い敷地と大きな家を建てた そしてその自宅から  ふたりの我が子が巣立ち 今ではふたりとも   生涯の伴侶を見定め 新しい家族を作り始めることができた もうそれだけで 自分の人生は十分なのだろう 仕事への奮闘も含め これまでの人生の得意と蹉跌も   苦々しく体験した だからといって   ここで敢えて「隠居」を宣言するつもりもない 自分には   まだやり残したことがあるのだ 若い頃に膨らました   将来の自分というゴム風船は 今となれば  すでに萎んではいるものの 未だに萎み切れずに 歪(いびつ)な風船の体を為したままなのだ いわゆる「第2の人生」なのではなく これもまた   たったひとつだけの自分の人生 今は義母の介護に追われているが 萎み切っていない「三日目のゴム風船」が残るのだった せめて  肩の痛みが消え 腕が楽に動くようになったら 海や川での釣りを再開したいし 愛機のカメラを携えて   撮影旅行にも出かけたい 人生  未だに夢の途中 まだまだやりたいことが多過ぎて・・・

昨夜からの

今朝も濃霧   午前9時で   外気温は20度 当然だが    湿度は限りなく100% 気仙沼市内の住宅としては   最も高い場所にあるだろう我が家 それも   山の尾根にあるだけに   霧も集まり易い 家の中では   除湿機を稼働 さらには  2階廊下に扇風機を置き 吹き抜けを利用して   家中の空気を循環させるという湿度対策 こんなことができるのも   退職したからこその利点 今日は終日の雨   そして明日も雨 昨日は   義母の介護問題であれこれと妻と相談 妻も介護で少々動き過ぎたようで   手術した足が痛いらしい 痛みの理由は   気圧の変化と湿気が その起因となっているのかもしれない かくいう私も   当然だが足の痺れが強く 腰も重苦しい 今日は雨読の日と決めた 妻も読書に耽っている さて私も    久し振りに藤沢周平作品でも読もうか?

近場でふらり・・・束の間の歴史散策

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介護の束の間の休息をした 岩手内陸は雨がないことを確認してのお出かけ 目的地は北上市と奥州市 経路は   いつものように 大リーガー大谷翔平選手の故郷を通過して 北上市へ それも   夫婦で大好きな絶品チーズケーキのお店へ もちろん   そこでは 昼食としてロシア料理を   軽めにいただいてからの お目当てのチーズケーキと   いつものコーヒー 母親の介護に   妻にも疲弊感が出て来たので 介護サービスで空いた時間を利用してのお出かけ 食事後    妻の希望でショッピング それから   奥州市へ戻り こんな場所へ ダミーではあるが  築地塀ができたというので 何かしら調査結果に反映された進展があろうかと思い 訪れた この胆沢城は  日本古代史に残る城跡 東北エミシの一部族長だった阿弖流為(アテルイ)を語る上で 重要な場所 発掘が進み 城柵の全体像が把握し易くなった ますます  面白くなってきた また  訪れたいと思った

夏至の夕景

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日々   リビングから  空を眺めて暮らす日々 6月21日の夏至の日 この梅雨の時季の   珍しい青天を喜んでいたら この夕景に出逢った 俄かにカメラを持ち出し 自宅の庭を基点に 2枚の写真を撮った 南天 月齢7日の半月が空に浮かぶ 北天にも同様に  連続する雲が見て取れた この雲は  肋骨雲に類すると思われ これほどまでに全天に広がるほど   大きな規模の肋骨雲は 大変に珍しく 背骨から伸びる   肋骨の大きさも半端ない 自らの勝手気儘な記録を見直すと この季節の肋骨雲を見ることができたのは あの3.11震災の年に見て以来のことだった Nikon D7000    AF  FISHEYE  NIKKOR  10.5mm  f2.8

父の日に

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我が家の子供はふたり 娘は   小6と小3の姉妹の母親になり 家族4人で仲良く暮らしている 息子も   既に結婚し   東京に在住で 今年の秋には父親になる 「お父さんには  プレゼントは   何もいらないよ」と 常日頃から伝えてあるので 逆に子供達は苦慮しているのかもしれない 娘は   可愛い孫娘の動画を送ってくれた iPad の画面を覗き込む ジイジとバアバは   自然と笑顔になる 何よりのプレゼント 息子は   宅急便で何やら送ってくれた 宅急便に貼っている書面の文字は もちろん見慣れた息子の文字だったが・・・ 送り主は   なんと息子の奥さんの名前が書かれていた 中身はいわゆる「消え物」 つまりは食品で 私たち夫婦の好きな餡子もの 箱だけじゃあ寂しいので いつもソファに座っているスバル・テディベアも・・・ 「何もいらない」とは  伝えてあるが 息子のお嫁さんからだと断れない・・・ 早速  「ありがとう」の連絡をした 息子も上手いこと気遣いしてくれたものだ

凛として・・・老いの課題

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先日   ちょっとお出かけして撮ってきた写真 ニッコウキスゲ 簡素で    しかも凛としたその姿は    実に美しい おそらくは   追いかけるように  周囲にも咲き出すのだろう この花は   この日だけ咲き 翌日には枯れが始まり   二度と咲かず 群生の中で 次々と   開花と枯れが広がっていく 凛とした姿で暮らすということは 私自身の願わしい老いの姿と重なる・・・ 3年前にガンで他界した実母の晩年とは異なり 老人性の課題を山積みにしたような 義母の老いを目の当たりにし つくづくと感じるものがある 老人性の問題で   幼子のようになってきている義母 住環境における衛生面での課題だけでなく 衣食の面での課題も多い さらに悲しいことに 社会性の欠落までもが起きているという現状を見据えながら ケアマネジャーさんと相談し 社会的資産を活用しての介護の日々 要介護1の判定だが できなくなってしまったものは多岐にわたり 多くの部分で手を出さざるを得ず 妻とふたりで  悪戦苦闘 再三に及ぶ   私たちとの同居提案を拒否し続けての 極めて気儘だとしか表現できない    高齢者の独り暮らし 気持ちも分からない訳ではないが 毎日のように車を走らせ   少し離れた住居に向かう 私たちの負担も大きい 老いというものは   避けては通れない人の道 だからこそ   いずれ訪れる自分自身の未来について 今は我慢の時 そして   妻と私は   自らの課題を見つめる好機と踏まえ 日々を過ごしている 今後    自らも 経済的負担の最も大きな   自家用車の見直しも含め さらなる断捨離が必要 それらは   65歳が大きな目安だと 事あるごとに   妻と話し合っている 65まで  あと3年 この3年をどう過ごすか そして65からは   どのように暮らすかによって 自分の老後は大きく変わると考えている 老いに抗う...

騙されていた愚かな私

常日頃から   食品の安全について 目を皿のようにして暮らしていますが 山崎パンの商品を食べてはいけないといった情報が 長い間  まことしやかに流れていて 私もすっかりと騙され続けていました 理系の大学教授をしていた友人から 「こんな情報あるよ   興味引くだろうから見てね」と・・・ そして   教えられたURLを開いて・・・・猛省 これまでの情報は   全く  科学的根拠のない ただの誹謗中傷の情報だったということに気がつきました いやはや   まったくもって 「何が安心で安全か」という曖昧な怖さよりも 騙され続けていた自分自身の無知の怖さを感じました 気になる方は 「科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体-山崎パン」 を是非とも一読されることをお勧めします(↑クリック) ネット情報は   ほんとフェイクだらけで 嫌になることもしばしばですが 敢えて   偽情報を否定しない山崎パンさんの姿勢も 今の時代   清々しいと感じました

冷たい雨の日は

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最高気温は15度で 雨 昨夜のうちに 主暖房(蓄熱式電気暖房)のスイッチを入れ 今朝は 補助暖房の石油ファンヒーターまで点火しました まるで4月中旬まで 季節が戻ったような状態 なので庭にも出られず   家の中でモゾモゾ・・・ 東庭には ラベンダーの花も咲きだし  その素晴らしい香りも 雨で消されています・・・ でも 雨の中で 大切なカメラを濡らす訳にはいかないので 窓ガラス越しに ラベンダーを眺めながら 撮り置きしていたスナップ写真を使い  熱いコーヒーをいただきながらのブログ更新 まずは   5日前のこと きれいでしょ! 虫食いなしです 自宅のウッドデッキの上に置いたプランターで ネットをかけて育ててきたチンゲンサイ 虫による食害もなく こんな感じで収穫 全部で24株 以来 おひたしや炒め物に大活躍 そして昨日には これがチンゲンサイか!? と思うほどの大きさ ひと株で こんなサイズにまで 大きくなりました スーパーで売っている3株分ほどの量で おひたしには 刻んだ新生姜と 鮮度の高い醤油をかけ  それでも余ったチンゲンサイは 味噌汁でいただきました 安心安全の家庭菜園野菜は やはり うまかったです さらに 昨日は  苗用ポッドにタネ蒔きして育ててきた 深谷ネギの苗が育ったので 準備していた畑に 植え直しました 雑な畝立てですな・・・こんな畝が2本 はてさて  うまく育つでしょうか? それにしても この冷たい雨 寒いのは私だけではなく 植物も同じ まあ 考えようですが 乾ききった草花には 良いお湿り 咲き始めたラベンダーも しっとりと濡れています

黒い種なんて いくらでもあるのに何故?

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花のタネの色は 品種は違っていても   その多くは黒 なのに   この花の和名がクロタネソウ それとも 黒いタネの花として 代表となるような花なのか? こうやって マクロ撮影すると  実に美しい 王冠のような 凛とした蕊(しべ)の姿 学名は  ニゲラ   という これまた   なんとも語感の悪い名前で この花の姿には似つかわしくない さらには 白花の蕾の姿は    どうにも怪しい雰囲気 考えようによっては まるでイバラに覆われているような・・・ 花の全体像はといえば  実に美しいもので イギリスでは   Love in the mist  などという 洒落た呼称もあるとのこと 確かに この姿からは   それもまた頷ける美しさ でも・・・ とてもじゃないけど ここから驚くような蕊の姿に変わる訳で 綺麗な花の写真だけを アップしたい私は ここでは 掲載しないことに決めた  すべての花は 咲き始めが美しいもので この花は 紛れもないそのひとつといえよう

13年後の車生活は?

昨今   高齢者の自動車運転による事故の報道が目立つ 実は   3年前にガンで他界した私の母も 亡くなる2年前の81歳で やっと免許証を返納させることができた 返納させてからは 「不便だ   不便だ」と散々文句を言われ続け やむなく私がタクシー代をプレゼントしていた 母が亡くなった今でも    私は間違っていなかったと自負している 説得し始めたのは   母が75歳になった頃からで 振り返れば   6年がかりだった イギリスでは  75歳で   免許証の返納が義務付けられているだけに 今更ながら   国家としての その明晰な識見には敬服するばかりである 社会的正義を   国を挙げて実行しているイギリスは つくづく成熟した国だと感じる まあ  EU離脱は   陳腐な結果だったが・・・ さて    間も無く来る誕生日で   62歳になる自分も そんなことについて考え始めている もちろん75歳までの   自分の車生活についてである 今は   300馬力などという とんでもないハイパワー車で しかも   道を選ぶ車だけに    不便も発生することが多い 退職した今の私に見合った   ささやかな車に いずれ替えるつもりである 今のハイパワー車を購入してわずか3年 この3年で   北は北海道や青森の龍飛岬 南は名古屋まで   ドライブを楽しんだ そんな思い出も踏まえると    未練も残るのだが そろそろ生活のための車に替える頃合いだと 割り切る必要がある 今はまだ    年金支給に至らずの無収入生活者 しかも   預金切り崩し生活の日々だけに   贅沢もそろそろ限界で 今の愛車を残し   私ひとりで2台所有するなど 夢のまた夢 既に我が家には   先進安全装置の付いた小さな車があり 脚の悪い妻の   障害者用としての非課税扱いの軽自動車 経済面だけで考えれ...

クレマチスも咲いて

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初夏を思わせる陽気に 東庭に   クレマチス(テッセン)が咲いた 昨日は   日差しが明る過ぎたので 夕方まで    日陰になるのを待って撮影 露出を絞って   蕊(しべ)の印象を引き立ててみた Canon 6D さて   時間的には逆になったが 昨日の朝に   毎年恒例のタネを蒔いた 我が家の食卓には欠かせないバジル ひと袋では   タ種の数が多過ぎるので 半分を蒔くのが常 豊作だった昨年は 市内の某コーヒーショップのランチにも使ってもらい たくさんの方々にも   お味を楽しんでいただけた はてさて   今年の作柄はどうなるのだろうか? 発芽するまでの毎日の水遣りが手間だが それもまた   お楽しみのひとつ

ニッコウキスゲを見に行って お勉強

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「黒潮は親潮をうつ   親潮はさ霧をたてて   船にせまれり」 と記されていた これは高村光太郎さんの 「霧の中の決意」と題した詩に添えられた短歌だという この石碑は   気仙沼市唐桑半島の先端にある いつもはスルーしていたのだが 今回は まじまじと見入ったのだった 自宅に戻り  原文を見直してみると 些か文字としての表現が原文とは異なっていたのだった 原文は 『黒潮は親潮をうつ   親しほは狭霧を立てて   船にせまれり』 おそらくは 碑文の文字を起こした書家の思いもあるのだろうことから 今回の記事では触れないことにした この詩について   不勉強だったことを反省しつつ まずは   この碑文についての時代背景を調べ直した この詩が書かれたきっかけは その場では   単なる船旅の不安だけと思い込んでいたが その頃に光太郎さんを襲った不安が起因していることが あらためて理解できた 光太郎さんが気仙沼港から   船旅に出た頃に 奥様の智恵子さんに精神疾患が現れたことが知らされたという 調べた限りにおいて その時間的な前後関係まで把握できなかった しかしながら 光太郎さんは気仙沼から釜石までの8時間 迫り来る海霧と夜の闇の中を航行する船旅で 不安になったことは否めない事実なのだろう さらには その三陸旅行から帰った直後に 満州事変が起きたことが報道されたようだ そんな状況の中での光太郎さんの 迫り来る闇の時代と   奥様の容体への不安は計り知れない 戦争へと向かう時代背景と  奥様の病気・・・ あらためて詩を読み直すと    光太郎さんの苦悶が感じられた 薄っぺらい   勉強となってしまった・・・情け無い・・・ さて   お勉強はここまで・・・^_^ 何やら今回のお目当てが後回しになってしまった ニッコウキスゲは  開き始めたばかりで 閑散とした状態 また   その閑散とした状態を 一層寂しくしていたのが 多...

雨の朝に咲いた

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昨日の雨の朝 南庭にたくさんのアイリスが咲いた アイリスと呼ぶには訳があり 「いずれアヤメかカキツバタ」??? あまりに不可解な同定の作業となるため 悩むだけ時間の無駄だと判断し あっさりと欧米風にアイリスと呼ぶことにしたのだった それにしても    湿気が多くて気温が低い日は   右足が痺れ    腰や肩が痛む まだまだ    北東北の朝夕は寒く ストーブでの暖房は欠かせない