三日目のゴム風船
「三日目のゴム風船」という 表現に出会った それも 普段は嫌っているテレビ番組でのこと 実は ここ数日 今の暮らしが これで良いのか 答えの出ない自問自答を繰り返している 一昨年に還暦を迎えた自分が 今更ながら 自問自答したところで 日々の暮らしが 劇的に改善するなどあり得ることもない 若い頃に思い描いていた 未来の自分に 少しでも近づけたのだろうか 静かで日当たりの良い場所に 我が子が友達に誇れるような 広い敷地と大きな家を建てた そしてその自宅から ふたりの我が子が巣立ち 今ではふたりとも 生涯の伴侶を見定め 新しい家族を作り始めることができた もうそれだけで 自分の人生は十分なのだろう 仕事への奮闘も含め これまでの人生の得意と蹉跌も 苦々しく体験した だからといって ここで敢えて「隠居」を宣言するつもりもない 自分には まだやり残したことがあるのだ 若い頃に膨らました 将来の自分というゴム風船は 今となれば すでに萎んではいるものの 未だに萎み切れずに 歪(いびつ)な風船の体を為したままなのだ いわゆる「第2の人生」なのではなく これもまた たったひとつだけの自分の人生 今は義母の介護に追われているが 萎み切っていない「三日目のゴム風船」が残るのだった せめて 肩の痛みが消え 腕が楽に動くようになったら 海や川での釣りを再開したいし 愛機のカメラを携えて 撮影旅行にも出かけたい 人生 未だに夢の途中 まだまだやりたいことが多過ぎて・・・