お隣りの陸前高田市の今
気仙沼市の北隣りにある 岩手県陸前高田市
あの「奇跡の一本松」で有名になった街
かつて 美しい黒松林(防砂林)が
砂浜から吹き付ける砂嵐から市民を守っていた
5万本ともいわれた黒松林の姿は消え
唯一残った1本の黒松が「奇跡の一本松」と呼ばれた
残念ながら その一本松も
今では人工のものに置き換えられている
あの震災で破壊された市街地は
低地の盛土を行うために
近接の山を崩し 空中に張り巡らされたベルトコンベアで
土を移動して 広い土地全体を大規模に嵩上げした
ダンプカーで土を運んでいたら
復旧に時間がかかり過ぎるからで
可能な限り 素早い土地の嵩上げを目指すための
苦渋の行政判断だった
過去も そして今も
私たち夫婦は
気仙沼市にはない美しい風景と
陸前高田市でしか買えない物品を買いに
出かけることが多い
かつては 我が家から片道約1時間かけて 車で移動していたが
三陸自動車道ができてからは およそ半分の時間で行けるようになり
当然ながら 訪れる頻度も増えていた
震災からの復興道路として活用されるべく
宮城県矢本ICから 青森県八戸市是川ICまでの区間が無料であり
その区間の自動車専用道は 日本最長の無料区間となっており
当地で暮らす者にすれば
ありがたく利用させていただいている
先日 その陸前高田市に出かけてきた
私たち夫婦は 行くたびに町の復興状況を見て来るのだが
ここ数年 市街地の復興が止まっているように感じられるのは
哀しい現実と思えたのだった
今回は 陸前高田市博物館の屋上から撮った
かつての中心街の写真を お見せしたいと思う
これが大津波襲来前の市街地の中心付近と思われる場所
写真の左手奥には 陸前高田市の箱根山
山が切れている場所が広田湾で
その右側に気仙沼市の唐桑半島先端が小さく見え
それに続いて 同じく気仙沼市の霧立山なども見える
左手前に小さく見えるビルは 今では災害遺構となっている
旧米沢商会の建物で
所有者の希望で 今は震災遺構となっている
包装品の卸小売業をされていた米沢商会さんの建物が残り
周囲の建物は ことごとく津波で破壊された
津波が屋上を越え 煙突の先端近くまで達したのだが
御主人が 屋上の煙突の上に登り かろうじて命を繋いだのだった
奥に見える三角状の建物は かつての道の駅で その一部が写真に入っている
この三角状の旧道の駅は
我が子らが幼かった頃に よく連れて来ていた場所で
その先の砂浜で遊んだり この道の駅でソフトクリームを食べたりと
楽しかった思い出が たくさん詰まっていた場所
新しい道の駅は この右手にあり
災害資料館と併設されている
こんなにも広い土地が 長い間 放置されたような状況にあったが
水田が広がり始めていることに気が付いた
もちろん低地となる この広いエリアは
今後の災害を考慮し
住宅地としての利用は考えられていない
住民の多くは 高台移転し
生活感のない 広い空間だけが
開発が進まずに残されているというのが
正しい見方なのだろう
写真を撮った博物館を含む西側のエリアは
商業地として利用されており
写真の低地エリアよりも 数メートル高くなっている
住民の住まいの多くが 高台移転しただけでなく
遠く内陸部まで 転居した方々も多く
人口が戻らず 過疎化の方向にあることも事実
かつての賑わいを知っている者にすれば
この広大な寂しい空間は 哀しい限りである
過去に拘っていたら 何も未来は拓けないということは自明の理
新しい未来のために 少しずつ
行政が中心となり 困難な舵取りを進め
人と車の動きも 明らかに多くなった
写真のエリアにも明らかな変化が見え始め
野球場や キャンプ場 そして水田などができ始めた
商業地エリアも 整理された道路を中心に
しっかりと駐車場を構えた店舗が増え
利用し易い街並みが 形成されてきた
再び訪れたいと思わせてくれる 陸前高田市の姿が
新しく出来上がり始めている
コメント