たまにはエッセイを読んで・・・「母の教え」
3.11のあの震災後 仮店舗に移っていた馴染みの本屋が
つい最近になって
仮店舗から 新築の店舗に移ったこともあり
様子見がてら 本を物色しに行ってきた
震災後7年を過ぎて 土地の嵩上げがやっと終わった場所に
灰色の大きな駐車場があり その向こう側に
ポツンと真新しい平屋の本屋が建っていて
その南側には だだっ広い茶色の土地が 大きく広がっていた
これまでの仮店舗では 駐車場が狭く
妻の軽自動車で出かけても 車の出し入れに難儀したため
今回もまた難儀することを警戒して 今回も軽自動車で出かけたのだが
新しくなった本屋は 私のフォレスターでも問題なし
さて 本屋に入ると
通路も広く 他の客と身体が擦れ合うようなことはなく
気楽に本探しができる
随分と長いこと 不便をしていたものだと振り返る
やはり 新しい本に囲まれて 読みたい本を快適に探すというのは
実に愉快なことである
そして今回 目が釘付けになったのが
政治学者の姜尚中さんのエッセイ「母の教え」
出自による度重なる艱難(かんなん)を乗り越え
ここまで上り詰めた方のエッセイ
集英社の新書であるが
新書ならではのオーソドックスなカバーの上に
さらに商業主義的な賑やかなカバーが重ねられていた
「新書もこういう時代になったのか」と 落胆したものの
姜尚中さんのエッセイに興味があったので
目障りなカバーを外して すぐに読み出した
氏の 魅力的な低音で しかも静かな語り口が 想起される文章は
期待以上に良いものであり
個人的には 良い本に出会えたと思えた
しかしながら これはあくまでもエッセイであり
姜尚中さんも そこは弁(わきま)えていらっしゃる訳で・・・
・・・どのようにエッセイを読むかは 読み手次第なので
これ以上は触れない・・・
まだ 読み終えてはいないが
少なくとも 還暦を過ぎた今の自分には
あれこれと考えさせられる機会を与えてくれるような気がする
途中 何度も読み返しながらなので
いつになったら 読み終えるのだろう
毎度のことながら 自分の読書スタイルに苦笑いしている
つい最近になって
仮店舗から 新築の店舗に移ったこともあり
様子見がてら 本を物色しに行ってきた
震災後7年を過ぎて 土地の嵩上げがやっと終わった場所に
灰色の大きな駐車場があり その向こう側に
ポツンと真新しい平屋の本屋が建っていて
その南側には だだっ広い茶色の土地が 大きく広がっていた
これまでの仮店舗では 駐車場が狭く
妻の軽自動車で出かけても 車の出し入れに難儀したため
今回もまた難儀することを警戒して 今回も軽自動車で出かけたのだが
新しくなった本屋は 私のフォレスターでも問題なし
さて 本屋に入ると
通路も広く 他の客と身体が擦れ合うようなことはなく
気楽に本探しができる
随分と長いこと 不便をしていたものだと振り返る
やはり 新しい本に囲まれて 読みたい本を快適に探すというのは
実に愉快なことである
そして今回 目が釘付けになったのが
政治学者の姜尚中さんのエッセイ「母の教え」
出自による度重なる艱難(かんなん)を乗り越え
ここまで上り詰めた方のエッセイ
集英社の新書であるが
新書ならではのオーソドックスなカバーの上に
さらに商業主義的な賑やかなカバーが重ねられていた
「新書もこういう時代になったのか」と 落胆したものの
姜尚中さんのエッセイに興味があったので
目障りなカバーを外して すぐに読み出した
氏の 魅力的な低音で しかも静かな語り口が 想起される文章は
期待以上に良いものであり
個人的には 良い本に出会えたと思えた
しかしながら これはあくまでもエッセイであり
姜尚中さんも そこは弁(わきま)えていらっしゃる訳で・・・
・・・どのようにエッセイを読むかは 読み手次第なので
これ以上は触れない・・・
まだ 読み終えてはいないが
少なくとも 還暦を過ぎた今の自分には
あれこれと考えさせられる機会を与えてくれるような気がする
途中 何度も読み返しながらなので
いつになったら 読み終えるのだろう
毎度のことながら 自分の読書スタイルに苦笑いしている
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