歴史探訪に出かけてきた その3
前回の続き
たかだか1泊2日の歴史散策を
3回にわたって綴るというのは
少し冗長かもしれないが
お付き合いいただければと思う
九戸城のガイドハウスを出て
次に向かったのは
車で2分ほどの距離にある二戸市埋蔵文化財センター
おや?と思われた方も多いことだろうが
そもそも九戸城跡が 二戸市にあるのだ
少しややこしく感じるのは
南北朝時代前後は
この地域が 糠部郡(ぬかべぐん)と呼ばれ
ここには 一戸という地名から九戸まであったといわれ
繰り返すが
九戸政実公のお城が 現在の二戸市にあるということなのだ
さて
二戸市埋蔵文化財センターが 古い建物の3階にあるとは知らず
その外観からも 階段を利用するしかないと判断した私たちだったが
幸いにしてエレベーターがあったので
足の悪い妻にはありがたかった
これまで何度も「足の悪い妻」と書いてきたが
あの3.11の大震災の後
妻の両足の同じ部位の骨が 順に壊死していまい
左右の順で 壊死した骨を人口骨に置き換える手術を受けており
今は 身体障がい者2種の手帳を持っているのである
手術前の私は 不安になっていた
妻は 再び歩けるようになるのだろうかと・・・
今 こうやって
なんとか歩けるようになったことに感謝するばかり
とはいえ
就寝前になると 足の痛みを湿布で誤魔化しながらも
日々暮らしている状況なのだった
話を戻す
埋蔵文化財センターの展示物のうち
おめあての貴重な資料が 残念ながら貸し出し中だったようで
萎える気持ちを 抑えながら見学したが
興味深いものも多くあった
見終えて外に出た私たちは
「雨が降っていないね」とお天気に感謝
すると
ちょうど正午のサイレンが鳴った
車に乗り込んで
「お昼になったけど お腹が空かないね」と私
「私もだよ しっかりと朝食を食べたからね」と妻
「雨のこともあるから 三戸町の雨雲の状況を見て決めよう」と私
車に乗り込んで スマホで検索
どうやら 二戸市の北に位置する三戸市は
まだしばらくは雨が降らないと思われ
食事をパスして 三戸町へと向かうことを決めた
杖を使う妻にとっては 雨は不都合だからである
雨になるだろうと諦めていた場所が 見学できると確信し
少し気分も 上向きになり 車を走らせる
三戸城は 三戸南部氏の南部晴政公による築城(1539年)であり
南部師行(もろゆき)公が 甲斐の国からこの地に入部した1333年から
およそ200年後のことであり
秀吉による奥州再仕置きが起きる わずか50年ほど前のことであった
国の指定遺跡である三戸城跡は 街中から少し小高い場所にあり
川が作った中島の地形であると思われた
標高は僅か80mで 立地からしても九戸城のような
堅固なものではないように感じられた
上っていく道からは 予想できないほどの広い駐車場があり
総勢5名ほどで 公園整備のための除草作業が行われていた
「とても この場所を大切にしているね」と妻
私もそう思った
この近隣には 有名な御所野遺跡という縄文遺跡の名所もあり
過去に訪れて 感銘を受けた場所でもある
九戸城もそうだったが
このエリア一帯が 歴史遺産をとても大切にしていることに
敬服するばかりである
さて
国の史跡でもある三戸城跡の「城山公園」に入る
まずは 三戸城歴史民俗資料館で入場料を支払い
内部を見学したが
南三陸では見かけないような民具などや
私が幼い頃に 実家の納屋にあった農機具と同様のものが置かれてあった
妻と 「こんなのあったよね」「懐かしいね」と語り合う
三戸城温故館の前に来ると
自分の目を疑った
温故館というのは再現された
鉄筋構造モルタル仕上げの天守閣だった
外から見る そのあまりの綺麗さに
まるで ミニチュアを見ているかのような錯覚に陥った
内部は階段構造になっており 狭いスペースながらも
展示物があった
なんとか 妻も悪戦苦闘して上ってはみたが
周囲の見晴らしは 思うようではなく
景観伐採の必要性を感じた
とはいえ 上の写真をどう感じられたであろうか
妻はしきりに「かわいい」と言っていた・・・
予定は 三戸城が最後で 帰路につくことにした
さしてお腹が空いたという感覚はなかったが
八戸の手前にあったコンビニでおにぎりを買い
車中で ゆっくりとおにぎりを食べたのだが
時間は 午後3時にならんとしていた
車の中で
「今から帰ったら 7時を過ぎるね」と私
「安全運転で帰ろうね」と妻
八戸市の是川ICまで一般道を走り
そこから気仙沼まで三陸道をひた走る
往路と同じく
久慈の北にある 道の駅「北さんりく」に寄り休憩
すると妻が面白いものを発見
今回で 4回目の利用だったが
初めて見つけた
孫娘3号が大好きなポケモンのキャラであり
これを孫に見せたいと思って撮ったものの
「見たいなあ」と言われても
自宅からも 車で3時間を越える場所だけに
息子のスマホに写真を送ることは止めたのだった
しばし休憩した後
次の休憩地を 道の駅「やまだ おいすた」に設定して
再び走り出した
道の駅「やまだ おいすた」は
道の駅「北さんりく」と気仙沼市の ほぼ中間点で
「おいすた」に着いた時間は 午後5時55分
6時の閉店時間直前に 産直の売店に駆け込むようにして入り
夕食となるものを探したが あったのは菓子パンだけ・・・
とはいえ 昼食も午後3時ごろに
おにぎり1個とお茶の食事を済ませただけだったので
お腹の空き具合も かなりのレベルになっていた
しかしながら
ここで食べてしまうと
夜間に走ったことのない 気仙沼以北の三陸道は
さすがに怖いと思い
あえてお茶と飴だけにして 集中して車を走らせることにした
「おいすた」を出て間もなく あたりはすっかりと暗くなった
案の定
三陸道は 夜間通行止めになる箇所が多いだけに
道路脇の反射材や照明も少なく
しかも
前後に全く車のない ひとりぼっち状態となってしまった
釜石ICに近づくにつれて
上下線ともに 仕事帰りの車が増え
隊列走行となり 少しだけ不安が解消されたが
釜石中央ICからふたつめのICあたりで
またもや ひとりぼっち走行となった
しかも雨が降り始め
暗い道路が ますます暗くなり
自分の車のヘッドライトの光も
どこを照らしているものやら・・・・
陸前高田ICを通過する時も
少しばかり 車が増えた
陸前高田は日常的にも行くことが多く
道路事情もよく知っている
ここまで来れば もう安心だと思い
少し遠回りして
気仙沼湾横断橋を渡り
気仙沼市の夜景を見ることにした
「おお~」と声を上げた
美しい夜景に
「気仙沼もなかなかだね」と私
気仙沼中央ICで三陸道を降りて
自宅に着いたのが 午後7時半を回っていた
2日間で走った距離は 690kmとちょっと
疲れたものの おめあての場所では雨も降らず
妻も 十分に楽しんでくれた
家に戻ってから
コーヒーを淹れて 買ってきたパンを食べた
寝る前に 妻は足に痛み止めの湿布を貼っていた
今回の旅行は なんとしても歩くと言って
妻が望んだ歴史散策だったが
かくいう私も 十分に楽しめた
来年には ともに70歳の夫婦
とはいえ 私が安全運転できるうちは
もっともっと車旅を楽しみたいと思った
車の運転ができなくなったら
「飛行機を使った旅もいいね」
「豪華な船旅か!?」などと口を滑らせたら
妻は 「豪華客船いいねえ~」と笑っていた
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