縄文世界遺産巡り4(御所野遺跡)

是川遺跡縄文館から 戻るように走り 

再び是川ICから 八戸道とのジャンクションを経由して 

岩手に戻る形で 一戸ICへと向かった 


三陸沿岸道路と同様に 


日曜日だというのに 八戸自動車道も空いていた


北上高地の北端の山間や谷間を走る八戸道は 

地形的にも興味深く 


植生も かなり異なり 

南端に位置する気仙沼市周辺とは まったく別物となっていた 


特に火山性土壌を好むカラマツの群生が 多く目に入った


もしかして 十和田湖の噴火(2重カルデラ)による火山灰か

などと思ったら はたと気が付いた 

そう・・・全く知識がない・・・

またもや 自分自身の薄っぺらい学びが露呈してしまった・・・


新たに深堀りする必要がでてきた 



そんなこんなしているうちに 

50分ほどで一戸ICの表示が見えてきた 


ナビ通り進んだは良かったが 

自分の車が どちらの方位に向かっているのか曖昧になり 


ナビの方位計に目を凝らす・・・

それでもなお 太陽が厚い雲に隠れていて

自分の方向感覚とずれていたため 

進行方向に御所野遺跡の案内表示が出てくるまで

とても悩ましかった・・・


駐車場到着


着いたのが嬉しいようで 杖をつく妻が先を歩く・・・

それにしても なんだか不思議な入口・・・


内部は こんな感じで 橋になっていた


実に興味深い作りだったが

その名は「きききの吊り橋」とな・・・どういう意味???


床面が 水平になっていないようで 

どうしても 真っすぐに歩けず 右端に寄ってしまう・・・

しかも 軽く揺れる・・・


この先に資料館があって 

ここでも内部の撮影はOKとのことだが 

ここの目玉は 竪穴式住居の屋根に土が被せられていることが

発掘状態から 実証的に検証された結果 結論付けられたということ


竪穴式住居の屋根に土が被せられている縄文遺跡は

国内にはまったく類がない


お目当ての その展示があったので 写真に撮った

実際に竪穴式住居を建てて火を点け

焼け落ちた状態を 考古学者と建築家が実証したという


勉強になったことはもちろんだった 


資料全体は是川ほどではないにせよ  

面白かったのが

光と音による派手な演出・・・

とはいえ 必要なのだろうか?

個人的には ちょっと・・・


あまりに大きな音で 耳鳴りを感じながら この場を離れた


玄関に出ると

ボランティアガイドによる 公園内の遺跡案内があるというので

どれくらいの時間がかかるのかを聞き

妻の脚のことを伝え 途中で抜けることを了承してもらった上で参加した


外に出たら 先ほどまでの分厚い雲は消え 晴れ間が出てきた


ここは遺跡の中心部分で 主に墓地として使用されていたという 

建物は 冬場に亡くなった方がいた場合 

凍った土を掘り起こせないので 仮安置する高床式の建物だという・・・


14000年間 争いの痕跡がまったくない縄文時代

しかも 世界のどこを探しても その時代の磨製石器など皆無

唯一 日本だけがもつ とんでもない文化
 

しかも14000年もの間 仲良く安寧に暮らした縄文人は

間尺(縄文尺)や数学的な概念を用いて 建て物を作り
 
船を用いて大陸とも交易でつながっていたことが証明されている


文化的で優しい人々の暮らしぶりが感じられた空間だった


また 遺跡の周辺には 

メタセコイアの珪化木(化石)も大量に発見されるなど

興味深いことだらけ・・・ 


ここでも これまでと同様に 

どれだけ慈愛に溢れ 

長く穏やかに暮らしてきたかが分かる内容だった


関西在住の友人からも言われたが 

東北人は 遠方から訪れたり移住してくる方々を歓待する性格らしい・・・


このことは自分では気が付いていないのだが 

歴史的に幾度も侵略され それに耐えてきた東北人の気質は 

そんな縄文人から受け継いできたものなのかもしれない


次回は 今回の縄文世界遺産巡りの最終回





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