金沢市への旅2 ~友との再会~
お詫び
前回投稿の 文末の数行が消えていたため追加しました
先ずは 20日午後4時52分に 岩手県宮古沖で発生した
M7.7 最大震度5強の地震で
確認できた現在の情報について記す
気仙沼市でも津波への最大の警戒をしたのだが
津波は 気仙沼市45cm 南隣りの南三陸町は60cmと発表された
昨年の青森県東方沖地震による津波では
かなりの被害額が発生したカキ養殖業者だった
今回は ほとんど発生しなかったという
複数の業者本人が発する SNSの一次情報に安堵した私だった
さて 金沢旅行の 4月14日のこと
この日は ホテルに車を置いたままにして
タクシーで移動するものとし
午前中に金沢城 午後に兼六園を見学し
18時からは 大切な友が設定してくれた夕食会という流れを組んだ
この計画に至るまでには 少し経緯があったので記しておく
当初 妻が希望する見学先は
茶屋街などにも行きたいとの主張だったが
その距離と時間からして
もっと少なくすべきだと 私が主張した
妻の足のことを考えると その希望は納得できなかったのだ
それに対し妻は「ここまで来たんだから がんばる」とのこと
とはいえ 足の負担を考えると
精神論では解決できるものではなく
無理をすることで 両足の再手術となる可能性も否定できず
妻を説き伏せた
妻が行きたい場所が たくさんあるのは理解できる
私も同じ気持ちだった
事前学習をすればするほど
金沢市は見どころが多すぎるのだった
何処でもそうだが 私たち夫婦のペースは遅く
3泊4日では 到底無理なこと
ましてや 翌日は福井県の一乗谷見学という流れ
金沢をしっかりと見るには
最低でも一週間くらいないと
私たちには時間が足りなかった
ホテルを出発する直前まで
金沢城と兼六園の高低差を
あれこれと調べられる範囲で検討してはいたが
高低差だけではなく 歩く距離もかなりあり
しかも 片手松葉杖をつく妻の移動速度は遅く
坂や階段となれば さらに速度は落ちる
一気に金沢城と兼六園を回るのは
やはり妻の足に 無理をかけ過ぎることが予想され
お昼には一度ホテルに戻り
妻の両足を休ませる時間が必要だと判断した
妻の気持ちはわかるが 納得してもらうしかなく
予定外の出費を覚悟で
その都度 タクシー移動とすることにした
午前は金沢城の石川門前
午後は 複数個所ある兼六園の入り口を検討したが
やはり 石川門側の入場口と決めた
金沢城の三御門(さんごもん)のひとつである石川門前に着く
その堂々とした構えに驚いた
実は正門はここではなく 河北門(かほくもん)だが
総合案内所があるのは石川門側なため こちらから入城したのだった
三つ目の重要門は 橋爪門(はしづめもん)
本来なら大手門となる河北門から入場したかった妻
どれだけ城好きなのか・・・
妻のことばかり言えない私だが・・・笑
石川門に入る前に この写真を撮る私の背中側にある
兼六園の入り口を見定めると
入口が複数ある兼六園においても
やはりここが良いと判断した私だった
石川門から入り 総合案内所で資料をいただき
城内を半時計回りで巡ることにした
河北門は 門の上部が公開されていて
その構造についての展示があり
復元されるにあたり使われた多くの部材が欅となっていて
さらには その構造(技術)に驚いた
内堀を左に見ながら二の丸北面石垣を眺め
切手門 旧第六旅団司令部庁舎と巡り
妻の歩く距離を考えて 玉泉院丸庭園を見ずに
二の丸の復元準備中の大きな天蓋を横目にして
五十軒長屋の展示を見学し 橋爪門から三の丸広場に出て
石川門に戻った
桜は既に散っていたが
良い眺めだった
金沢城の巡回コースとしては かなりのショートカットではあったが
よくぞ妻も歩いたと思う
妻は片手松葉杖をつきながら 高低差や階段と
夢中になって歩き
私も腰と膝に痛みが感じられるほど歩いていて
石川門を出た時には 既に3時間ほど経っており
もうすぐ12時にならんとしていた
もう少し回りたいという気持ちを抑え
ここは一旦 ホテルに戻って休憩
遅めの昼食となったが
ソウルフードのひとつと友から紹介された
8番ラーメンを駅舎でいただいたのが
午後1時半ごろで
その後 またホテルに戻り 少し休憩をし
再びタクシーで兼六園に着いたのが午後2時半ごろだった
兼六園に着き 受付を済ませて入場
観光客の数が凄まじくて
お城に比べると はるかに狭い順路を巡ることになってしまったと
好ましくない歩行環境に困っていた私を
妻は置き去るように どんどん進み出した
まあ こんなもんである
妻の心は強いのだった
片手松葉杖(クラッチ)を右手で扱い
左手にはガイドを見ながら
人の動きにも 留意しながら進む妻の後ろ姿を見て
たいしたもんだと思った
時折妻は 私がちゃんと着いてきているかを
振り向いて確認していたのだった
午前中の金沢城とは比較にならないほど
人と人との距離が近いというのに
私の心配をよそに 妻はどんどん進む
他の観光客の手が 左に入り込んではいるが
運良く 人が少ない一枚が撮れた
他の場所は まったく写真にならず
どこに行っても写真に人が入り込んでしまった
園内をぐるりと巡り
一番奥にある
第13第藩主 前田斉泰が母親のために建てた隠居所である
成巽閣(せいそんかく)に入ると 人混みがかなり減り
静かに内部を見学できたものの
やはり私にすれば 人は多くて・・・
それにしても 江戸末期の1863年のものが
こうやって現存していることに驚いた
当然ながら 重要文化財として国に指定されているようで
見事なまでの 遊び心と職人の造り込みを感じることができた
さすがの加賀百万石と恐れ入った
成巽閣の外観を眺めたいと思い 振り返って屋根を眺めていたら
妻は 金澤神社をお参りすると言って
軽い下り坂にもかかわらず どんどん先に進んでしまった
おいおい 置いて行くなよ・・・
妻は 自分の足のことを忘れたのか・・・???
兼六園の見学も 午後4時半あたりで終え
またホテルに戻り 休憩することにした
自家用車で巡る旅であれば
同乗している間は 妻の足を休ませることができるが
いかんせん この日は歩く距離が長過ぎた
ホテルに戻ると妻は
足首に痛み止めのテープを貼っていたのだった
1時間ほどホテルで休憩し
またタクシーに乗り 友が設定してくれた和食のお店に向かう
タクシーは 小路を一つ間違い
お店の裏側に着いてしまった
運転手は ここで降りてくれと言わんばかりに
「着きました」と・・・まあいいか
降車後に 小路をひと歩きすると
見覚えのある細身で長身のシルエットが小さく見えた
小さく手を振ると 友は気が付いてくれた
なんと お店の前で待ってくれていたのである
感謝
近づいて 再会の挨拶を交わす
軽く身震いするほどうれしかった私
中に入ると奥様も待っていてくださり
友の結婚式でお会いして以来の体面となった
提供されるお料理も
気仙沼では味わえないような
職人の技と心意気が感じられる逸品ばかりで
歴史と文化の圧倒的な差を感じた私たち夫婦だった
楽しい時間は あっという間に過ぎるもので
気が付いたら 会食が始まってから3時間が過ぎ
夜9時半にならんとしていた
翌日は ホテルの前まで 友が車で迎えに来て
福井県の一乗谷城の遺跡を案内してくださるとのことで
そのご厚意に甘えることにして 夕食会場を後にした
次回に続く
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