桜吹雪舞う鶴ヶ城

雨上がりの曇った空と 桜吹雪が舞う道を


片手松葉杖をつきながら 

妻は この季節を味わうように 

あちこちを眺めながら ゆっくりと歩いた 


すると桜吹雪舞うお城が見え 妻は声をあげた

 キャノンM3(ND4フィルター)撮影

天気予報から青空を期待していたが 仕方ない・・・ 


かつて訪れた時は ふたりとも若かった・・・


城の内部の 狭くて急な階段(梯子に近い)も

ほとんど苦にせず上ったものだった・・・


お城の内部改修後に 来てはいなかったので 

妻の脚のこともあり 

城が近づくにつれ 私の心配は大きくなっていた 


なにせ 妻の両足には 人口骨が入っているため

特に階段は 

足首の可動域からも 不安要素は消えない・・・


そして内部の展示物については

かつて 私がもった違和感が払拭されているのかどうか・・・


そもそも

戊辰戦争が 會(会)津藩の立場で表現されているのか・・・

さらには 

戊辰戦争後の會津藩(斗南藩)の歴史的悲劇が

どのように表現されているのか  


そんなことを事前に話題にしていたこともあり

妻は 見学したくて見学したくて・・・


よくもまあ 天守まで登り 

さらには降りてきたものだと思った


妻は 本当に頑張った・・・・


階段の改修はなされてはいたが  

移動に困難さがある身体障がい者だけでなく

視覚や聴覚などの感覚障がい者のための配慮も難があった


外国人観光者も多く 

階段になると 極端に移動速度が遅くなる妻と

すぐ後ろから いざという時のためにサポートする私がいた

そんな夫婦を 

多くの観光客は 気にせずに 脇をすり抜けて進んでくれた


それにしても多くの外国語圏の方がいらしていたが

外国人旅行者のためのホスピタリティに 不足を感じた

英語のみの表示が多く

その文章をみると  

内容そのものが不十分だとしか言えないものだった


確かに 深く学ぼうとする外国人旅行者は少ないのだろう

しかも

学ぶ方法は 今や手元のスマホにある訳だから・・・


会津藩の立場を軸とした視点で統一された展示内容は

直前までいた福島県立博物館と同一目線で表現されており

妻も私も納得できただけでなく 

新たな学びもできた・・・


私たち夫婦は 

會津藩の方々の歴史的苦悩を共有しているつもりであり

奥羽越列藩同盟の立場を支持する夫婦 


會津藩視点での歴史表現は

この地にすれば当然のこと


東北地区への差別ともいえる事態は 歴史的に繰り返されてきた


百済系渡来人の母をもつ桓武天皇の時代に始まった 

東北への侮蔑と侵略に始まり

秀吉による奥州仕置き

さらには 戊辰戦争まで・・・


身近なところでは

明治政府が強引に進めた鉄道政策により

奥州平泉の世界遺産の重要な遺跡である 無量光院跡の一部と 

周囲に張り巡らされた土塁まで破壊されたのだった


話を戻す


會津藩といえば 3代将軍の家光公の弟である保科(松平)正之公が藩祖


その頭脳明晰さが評価され 

4代将軍である家綱公の大政参与として政(まつりごと)に関わり

数多くの歴史的な幕政改革を進めてきた その張本人

現存するその功績としては 江戸の玉川上水の開削でも知られている


その頭脳が 国際的に評価される東北地方の名君は 

この翌日に訪れる 米沢藩の上杉鷹山公と並ぶ・・・


・・・続く


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