2泊3日の荘内藩への旅 その4
2泊3日夫婦旅の最終日
2連泊でお世話になったホテルを 朝9時に出て
再び 鶴岡市へと向かうことにした
宮城県最北の気仙沼市から訪れた
山形県最北の酒田市ともお別れし
酒田ICから日本海東北自動車道に入り南に向かう
いやはや これが驚くことに
酒田ICから鶴岡ICまでの区間は
前後にまったく車が見えないという
ここを走っていて大丈夫かと不安になる
完璧なまでの ひとり旅状態・・・
自動車道を走っていて 対向車は来るのだが
こちらの流れには まったく車がないのだった
こんな経験は初めてのことだった
鶴岡ICを降りると 前後に車がいるのが
とても心地よかった
さて 真っ先に向かたのは鶴岡公園駐車場
ここに車を駐めて
すぐ目前にある致道博物館へ
鶴岡城址公園では しきりに桜祭りの準備がなされていた
致道博物館でも やはりお雛様展示がメインとなっていた・・・
ううむ ここでもか・・・
歴史に触れたかったのだが 我慢するしかない・・・
そしてここでも 補修工事がなされていて
入場する場所も変更され 見学も制限されていた・・・
仕方なく旧鶴岡警察署庁舎の写真だけを撮ってきた
お天気も
地元の方が 今年になってから最高と評価する 晴れ!!!
月山は 山頂部に雲がかかっていたので
写真を撮らないでしまったが
月山以外は 雲ひとつないという恵まれた天候だった
直ぐ隣の城址外堀を眺めながら 庄内神社へとゆっくりと歩く
妻も歩く気持ちが満々で 私より足早に・・・
「もうちょっとゆっくり歩いてくれないかな」と私
腰にトラブルのある私の方が
クラッチ(片手松葉杖)歩行の妻よりも遅い・・・
早く歩くと腰に痛みが出てくるのだから 仕方ない
神社を参拝したら やはりここも桜祭りの準備
作業音で少し賑やかな中 参拝し
資料館へと向かう
入口を入ると
どういう訳か あの有名な金蛇美具足(きんだみぐそく)があったので
当然だが 妻もびっくりした様子・・・
そうか お祭りの行列で使用する具足なのだろうと
すぐに私も気が付いた
まあ 確かに荘内藩主は
かの有名な徳川四天王の家系だからなのだろう
資料館見学を終え
念願だった 藤沢周平記念館へ・・・
鶴岡出身であること
そして 小説内では海坂藩(うなさかはん)と呼ばれたこの地
ひとりの作家の記念館だと 適正サイズの小さな記念館だが
藤沢作品を敬愛する自分としては 涙が出るほどうれしかった
そしてこの後に訪れたのは 旧風間家丙申堂(へいしんどう)
鶴岡一の豪商だった風間家の旧邸で
藤沢作品の映画化でも ロケ地に使われた建物
受付を済ませると ここもやはりお雛様が展示されていた
それにしても 酒田と鶴岡の歴史の長さと
そこでの暮らしぶりが 凝縮されていると
数多くの雛飾りを見て感じた
ほかに誰も見学者がいなかったこともあり
私たちよりも お若い感じの細身の女性が
とても丁寧に案内してくださった
私が藤沢作品のファンであることを知って
その案内の熱量も一段と上がったようで
完全に意気投合
妻の脚のことを気遣いながら
狭く急な階段を上がり 2階へ行くと
あの有名な屋根が見える場所へと案内された
明治29年に建てられ
圧巻の杉皮葺(ぶき)石置屋根を見学
金庫蔵では 明治の職人が為した 見事なまでの金庫の造り込みに感動
庭の見える奥の間に案内され
ここが「蝉しぐれ」で 文四郎とお福が最後に言葉を交わした・・・と
えっ・・・・!
うっすらと 涙が出てきた
小説のあのシーンと
映画で見た 木村佳乃が演じたお福と
市川染五郎が演じた文四郎の姿が重なってしまったのだった・・・
板の間の天井部には
あの時代には無かったと思っていた
トラス構造で補強されていたことにも驚いた
すべてが素晴らしい・・・と感動しながら
ぐるりと案内され 受付のところまで戻ると
やはり見学者はおらず
さらぶ驚くことに 茶菓接待を受けた
気仙沼から来たことで 道中の道のことを聞かれ
出された菓子も美味しくいただいた
そして お茶をいただいていた場所から見える書院も
映画「必死剣 鳥刺し」で使用されたとのこと・・・
藤沢ファンとして格別な 丙申堂だった
しかも
国指定重要文化財 日本遺産 国登録有形文化財
建て物そのものが とんでもない場所だった
スタッフの皆様のご厚意に感謝するばかりである
さて 鶴岡最後の見学場所は
戊辰戦争終結(北陸路)の場所である 致道館
丙申堂もそうであったが ここでも時間をかけて丁寧に見学した
戊辰戦争時に 奥羽越列藩同盟としても歴史的な場所
私以上に歴史好きな妻は 目を輝かせながら
多くの資料や 建物を見入っていた
この日の午前中は これで終了
鶴岡市内で昼食を終え
一般路のみという 長い帰路についた
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