桜の木の下に・・・ではないが

「桜の木の下には死体が埋まっている」

そのお騒がせな世界観をもってして世間を驚かせたのは
梶井基次郎氏の短編小説「桜の木の下には」の有名な冒頭

川端康成氏とともに   昭和初期を代表する小説家のひとりであり
その作風は   今でも輝いている

たまたまというのは   おかしな話だが
ちょうどその「檸檬」を再読し始めたばかりのことだった


気仙沼市の大島に架かった新しい橋の下に
沈んでいた車2台が
防潮堤工事のダイバー(潜水士)に発見されたというのだ

下は地元新聞のネット版に掲載されていたものを拝借した


8年という歳月を感じさせないほど
まだしっかりとした姿を留めていた   そのに驚いた

知人の幼かったお子さんも含め
未だに多くの行方不明者がいるため

何かしらの発見に繋がればという期待もあり
短い記事を読み進めた自分がいた


さてここ  2年ほど前から
美しい表現の作品を無性に読みたいという衝動から
あれこれと   読み漁り始めた

日本語の語用的な揺れが
あまりに酷く蔓延し
次々と定着化していることに憂いを覚えているのも
大きな   その動機のひとつ

マスコミは  やりたい放題の表現をし
NHKすらも   期待を遥かに下回るレベル

そんな中で過ごしている自分の状態を
リセットするべく

現職の頃の忙しさにかまけて
これまで手をつけていなかった
珠玉のような近代文学作品にふれては
感動することを繰り返しているのだった



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