遠野の桜

桜の開花情報を検索していたら
なんと 遠野市にある 福泉寺の桜が満開とのこと

しかしながら この情報は25日付けだったので 
その最新情報は 既に昨日で2日が経過していた

概ね桜の開花情報というものは 
気がついたときには 既に手遅れの場合が多いものだが
「福泉寺」という名前に 惹き付けられてしまった

10数年前に 連休に訪れた遠野で とんでもない混雑を経験をした
奥深い岩手の山間にある遠野といえども 連休を侮ったのだった 

兎にも角にも 連休を避けねばと思い立ち
急遽 昨日 妻と遠野までドライブしてきた

自宅から 室根山の西側を通り 種山が原の道の駅を経由して 
少しばかり遠回りして 
途中の山々の 山桜見物も兼ねたドライブと洒落込んだのだ

山々は
黄緑や薄いピンクなどが 淡い色彩に染めていて
予想以上の美しさだった

その優しさは 
葉祥明さんが描く 野原と空の絵のようで
多様な色彩は 
原田泰治さんが描く 日本の原風景のようだった


種山が原からは 県道397号を東に向かい 
住田高校近くの 信号機のある交差点を左に折れて
県道340号を北上した

そこは  気仙川を右手に見ながら走る道だった

気仙川の渓相は 変わらずに美しく
渓流釣りをしたい気持ちを我慢し 車を進める

長い赤羽根トンネルを抜けると 
工事中の釜石道と 上郷の集落が眼下に飛び込んできた

次第に遠野盆地の のどかな風景が広がり
慣れた近道を走りカッパ淵へと向かう
カッパ淵を右に見て  間もなく福泉寺に着いた


風景が美しいということは 実に愉快なことで
ドライブを   十二分に堪能できたのだった

  
福泉寺の下の広い駐車場から  長い参道を歩かずに 
車で本堂近くまで上がることができたことは 
腰の悪い私と 足の悪い妻にとっては助かった 

車を降りると すぐ目の前に朱塗りの橋が目に入った
朱塗りの橋と桜越しに本堂が見えた
福泉寺は やっと娘が歩き出した頃に来て以来のことで
なので30年ちょっと前のこと 
当然 息子はまだ生まれていない 


過去の時間と風景とが重なり
心がすっと 過去に滑った 

そう  
あの時の風景が蘇ってきたのだ・・・

幼い娘は 参道で 突然私の手を振り払い
ひとりで 初めて小走りをしようとしたのだった・・・
  
歩けるようになったばかりの娘にすれば それは大冒険
数歩進んだと思ったら 前のめりに転び 顔を土だらけにした

きっと妻も 私と同じように 思い出していたのだろう
妻とそんな話をしながら 妻と歩みを揃えて
ゆっくりと階段を上がっていく

本堂に入ると 奥に 昔と変わらずに大観音が立っていた
その大きさは見事なもので
見上げていたら 急に脚に力が入らなくなり 
大きな賽銭箱に 左手だけでつかまった状態で 
しばし その場にしゃがみ込んだ 

私の脊柱管狭窄症という腰の病は 
こういうことも よくあることだった

予想以上に背中を反らしたようで
両足に走る脊柱管神経を圧迫していたのだった

また 時間が滑った 

そう あの時は28歳だった 若かった私 
そして今は 61歳という現実

時間というものは こうも早く過ぎるものかと・・・

外に出て 庭から本堂を眺める

また 時間が滑った

あの日は 本堂を出たら 娘がおむつを汚したことに気づき
この庭のベンチで おむつを替えてあげたのだった
そんな懐かしい話を 妻と交わした

その時妻は とても優しい顔になっていた

幼かった娘も 今はもう 小学6年生と3年生の母親

子供の成長というものは 長い時間を飛び越えて
実に鮮明な記憶を 親に与えてくれるものだと感じた


この日の目的地としていたのは 遠野市ではここ福泉寺だけだったので
少しばかり 妻と境内を歩いた後 
時計を見たら 既に午後0時6分 

後回しにしていたが いつものように同じ問題が・・・

遠野が好きで
ここ数年は 一年に2度か3度は訪れる訳だが 
その都度 昼食にはいつも悩まされていたのだ 

実は おいしい食事に巡り会えないままでいたのだった

そこで今回は 敢えて冒険することにした 
遠野市の中心街の「蔵の道」の中にある 
蔵を改造したイタリアンのお店に入った

まさか遠野でイタリアン?・・・
これまでは 失敗を恐れて和食にだけ限定していたのだ 

「ええい ままよ!」とばかりの冒険

メニューを出され 少しばかり悩んだが 
5種類ある1000円ランチのセットメニューから
夫婦で同じものを選ぶことにした 
選んだメインディッシュは サクサクチキン・・・

ハーフのコースのようで
スープ サラダ メインディッシュ ライス デザート コーヒー
とのこと

ここで 想定外のことが・・・・

運ばれて来たスープに驚いた 
しっかりと手の込んだ ブイヨンベースのスープ
これが 美味だったのだ

「おいしい」と妻

メインディッシュは サクサクのチキンということだったが

鶏の胸肉に 丁寧にマスタードが擦り込まれていて
しかも お肉には 隠し包丁まで入っていて 
食べると 口の中でほろほろと崩れていく・・・・

さらには まったく油の重さを感じない 軽やかな後味

このような鶏の揚げ物には 出会ったことがなく
妻も私も 目を丸くした 

お皿には 茹でたコゴミとウルイ そして素揚げしたマイタケが載っていて
しかも小さな器には オリジナルのソースが入っていて
それがまた美味!

そのソースをチキンにかけていただいたのだが 
ふたりで笑顔になっていた

「当たりだったね」と妻
ウンと頷き 笑顔で食べ続けていた私

その後に出てきた オリジナルのジェラートにも驚いた
甘いミルクジェラートだったが 後味に甘さが残らず 
爽やかさを残し 口の中から甘さが消えていたのだった

ここまできたのだから 
当然のように期待したのが 最後のアイスコーヒー・・・
これは 残念ながらアウトでした

それもその筈で 
それは明らかにメーカー品の
ペットボトルに入ったコーヒーのお味

妻も気づいていた

香料と味から
その商品名まで 言い当てることができるようなものだった

これさえなければと思いながらも
敢えて 許すことにした
コーヒー以外は とてもコスパが高いランチだったからだ

なので次回は 飲み物を別のものでオーダーして 
別のランチを味わうことに決めて 妻と店を後にした 

それから 品並びが良い いつもの土産物店に入り 
ふたりであれこれと楽しんだ 
私はそのお店で 孫たちが喜びそうなものを買い
明日29日に 孫に会いに行く用意をした


帰り道は 遠野から釜石市に出て 
釜石から気仙沼に戻るルートにした

なんのことはない 釜石道を走ってみたかったのだった
釜石道は 普段の生活にはまったく関係のない道路だけに
一度は走りたかったという 単純な動機

もちろん トンネルだらけだというのは予想していたが
冗談抜きで 面白くもなんともない道路だった 
窓越しの風景は暗闇だけで 妻も飽きていた
当然 私も飽きていた・・・もう2度と走らないぞ・・・

帰りも赤羽根峠を戻れば良かったと 運転しながら反省・・・

釜石道を下りて 道の駅「釜石仙人峠」で買い物と休憩をして 
国道45号線を南下し 
釜石から1時間半をかけて 気仙沼の自宅に戻って来た

戻ると 右肩の痛みが出てきた 
靱帯損傷なのに 長距離運転とはいかがなものか

でもね 明日は孫たちに会いに もっと長い距離を走る予定
孫に会いたいがため 痛みなんて無関係

帰ってきてから 痛みに泣くことにしよう・・・



コメント

kaori さんのコメント…
桜も美しいですが、立派なお寺ですね。
お寺まわりのきちんとした風景を見ると
身が引き締まる気がします。
お寺て、何だかそんな気持ちにさせてくれるのかな。。
昔がよみがえり、さぞ懐かしく、そんな日が、また
来てほしくなかったでしょうか。


チキン、サクサクが写真からうかがえます。
美味しかったです(笑)

近くにも桜が!こちらもきれいですね。

もうすぐ痛みに泣く頃でしょうか。
お孫さんが笑いにかえてくれますように。
mistyhill さんの投稿…
kaoriさん 長文をお読みいただいたのですね。恐縮です。
できることならまた昔に戻り、我が子を抱いて歩きたいと思うんです。
本当幸せというものは、後から訪れるということなのでしょうか。
我が子の成長が嬉しくもあり、そしてそれが、また寂しくもある。
きっとそれが親としての真実なのでしょう。

孫たちに会ってきました。孫たちの習い事の発表会で、
二人の孫娘の成長を嬉しく見てきました。
そして、肩の痛みを忘れた時間でした。

今は、もちろん痛いです。
先程痛み止めを飲みました。
今夜は早く寝ます。

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