耳順
今年、私はついに60歳になるのですが、
40の不惑、50の知命と、
これまでの自分を、自己評価してみても、
常に惑い、自らに与えられたの使命を実感することもなく、
今日まで、無闇に漫然と生きてきました。
60歳は、よく「還暦」と言いますが、
ここでは「耳順」について触れます。
これは、「不惑」「知命」と同じく
孔子が儒教の中で述べた人生観ひとつ。
孔子が60歳を迎えた時に、
「人が言うことに逆らわず、素直に聴けるようになった。」ことを
「耳に順(したが)う」と表現したのでしょう。
稚拙な私の成長など、愚の骨頂。
孔子の言う、「耳順」は、夢のまた夢・・・。
のんびりと構えて、
あと10年後くらいまでのスタンスで、
成長できたなら・・・と、
とはいえ、儒教の教えを大切にしている国は、
今では、日本だけとか・・・
これほどまでに優れた思想にもかかわらず、
お家元の儒教の国々といえば・・・もはや捨てていますね。
静かに賢く老いたいと、願う毎日です。
棚上げになったままの旅行記は、
追って書きます。
のんびりとお待ちくださいませ〜。
40の不惑、50の知命と、
これまでの自分を、自己評価してみても、
常に惑い、自らに与えられたの使命を実感することもなく、
今日まで、無闇に漫然と生きてきました。
60歳は、よく「還暦」と言いますが、
ここでは「耳順」について触れます。
これは、「不惑」「知命」と同じく
孔子が儒教の中で述べた人生観ひとつ。
孔子が60歳を迎えた時に、
「人が言うことに逆らわず、素直に聴けるようになった。」ことを
「耳に順(したが)う」と表現したのでしょう。
稚拙な私の成長など、愚の骨頂。
孔子の言う、「耳順」は、夢のまた夢・・・。
のんびりと構えて、
あと10年後くらいまでのスタンスで、
成長できたなら・・・と、
とはいえ、儒教の教えを大切にしている国は、
今では、日本だけとか・・・
これほどまでに優れた思想にもかかわらず、
お家元の儒教の国々といえば・・・もはや捨てていますね。
静かに賢く老いたいと、願う毎日です。
棚上げになったままの旅行記は、
追って書きます。
のんびりとお待ちくださいませ〜。
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