2016北海道旅行4日目 洞爺湖~函館
だいぶ間が空いてしまいました・・・・m(_ _)m
北海道旅行記の続きです。
今日は8月9日ですので、そろそろ一か月も前の話ですね。
では・・・・
7月12日(火)のこと。
洞爺湖畔のホテルの朝を迎えた。
晴天が予想されていたこともあり、早く目が覚めた。
妻はまだ深い眠りに就いていた。
私は朝型、妻は夜型という、相反する生活パターンの夫婦。
まあ、そんな私だからこそ、こんな素敵な朝を迎えることができた。
部屋のガラス越しの写真で恐縮だが、本当に贅沢な眺め・・・
湖面に映る朝焼けが美しい
そして、時間の経過とともに、色合いが変わる・・・
ずいぶんと長い時間、刻々と変わる風景を眺め続けていた。
人生にとって最高の住まいを求めるならば、
湖畔に自宅を持ちたかったという、儚い夢があった。
でも、現実は森の中の住まいを選択した。
妻との出会いは、私の人生を心豊かで、愉しいものにしてくれた。
第一候補の湖畔ではなく、第二候補となる居住環境を手に入れたのだ。
湖水を眺め,そんなことを思い浮かべながら、
妻との35年を振り返っていたのだった。
窓が明るいことに気がついたのか、
窓に背を向けて眠っていた妻の「おはよう」の声に、振り返った。
「綺麗な空だね。」と妻。
横になっている妻の視線からは、湖水が見える筈もなく、
「起きて、こっちにおいで」と窓辺に呼ぶと、
妻はゆっくりと起きてきて、湖水面を見るや否や
「もう湖畔を散歩している集団がいるね。
・・・・しかも自撮り棒を持っている・・・・。」と
私は、散歩する人たちには気がついていなかった。
時間は朝の5時半・・・
自撮り棒を持ち、自らの写真を撮るという日本人旅行者は
今の日本では皆無と思われ、
「きっと、あの国の方々だろうね。」と私が呟く。
妻は「なんであんなにエネルギッシュなんだろうね?」と・・・
朝食は、昨夜と同じく、団体さんとは別の場所での食事。
でも・・・団体さんではない中国語圏の方が、
私たちと同じ空間にいて・・・その食事風景に呆れたのだ・・・。
お隣の席の方だったが、
皿の上に茹でた海老だけがテンコ盛りになっていて、
海老だけを主食にしているかのような食事で、
さらには、やはり海老のテンコ盛りでの
おかわりをしていたのだった・・・。
異国の方の食習慣には、驚かされることが何度かあったが、
これには、さすがにカルチャーショック・・・。
日本人は食品のバランスや色合い、
そして盛り付けにも配慮して、膳を整えるのだが・・・・
中国語圏の方々の義務教育には、
栄養についての指導内容がないことから、
こういうことが起きるのだろう。
かく言う私は、毎度の和食内容。
ご飯にお味噌汁、焼き鮭(実際には鱒)、納豆、冷奴、少しの漬物と、
自分のお腹具合を崩さないための食事。
このビュッフェスタイルというものは、
お腹が丈夫とはいえない自分には不向き。
朝からイクラなどの、豪勢なごちそうが並んでいるのだが、
正直なところ、お味は、昨夜の食事で大方予想がついていた。
事実、妻が取ってきた、イクラをほんの少しだけ口に入れてみたが、
「これイクラじゃないな、養殖鱒の卵だろう。」と私、
やはり、お味は思わしくなく・・・
妻も「勿体無いけど残す。」と言った。
ホテルを8時半に出発し、
すぐ近くの昭和新山に移動する。
昭和新山は、私が中学の時の修学旅行以来。
そして妻は初。
私には、修学旅行の時の
茶色い剥き出しの地面と、
噴気している硫黄臭の湯気とが、記憶に鮮明に残っていたのだ。
しかし、現実は・・・・
駐車場からすぐの所は、緑が溢れる公園になっていた。
それもその筈で、あれから45年も経っている。
当然だが、噴気も少なくなっていたのだ。
お初となった妻は、目を輝かせて、いきいきとしていた。
「こっちが昭和新山で、あっちが有珠山ね。」と・・・
時間は朝9時前だったこともあり、土産店の多くがシャッターが閉じていた。
妻は、開いていたガラス工芸店を見つけたようで、
有珠山を仰ぎ見ていた私を置いて、
あっという間に、その店に吸い込まれていった。
妻は、かなりの時間をかけて、吟味していたが、
これから先の長い旅程を考えてもらい、
ガラス類の購入は遠慮してもらった。
結果、ここでの予定時間を遥かに越え、
次の大沼公園までの移動が少し慌しいことに・・・
というのも・・・
午後には、今回の北海道旅行の大きな目的のひとつが待っていたのだ。
函館市内に住んでいる、私の父(30年前に他界)の弟(叔父)に、
20年ぶりほどで、会う計画を入れていた。
道央自動車道に入り、ひたすら噴火湾の縁となる有料道路を移動する。
美しい海岸線の風景を期待していたが、生憎、山間の風景ばかり・・・
時折急に開ける景色に息を呑む。
風景が開ける度に、駒ケ岳が、
少しずつだが大きくなっているのだ・・・。
八雲の辺りからは、くっきりとした駒ケ岳の美しい山容が、
幾度となく運転手の私の視界を奪う。
すると、車から斜線逸脱の警報音が・・・
こんなときは、スバルのアイサイトに感謝。
反省し、前を向くよう、しばし努力するが、
森という集落の辺りに入ると、それはもう絶句するしかないほどの
山肌の美しさ・・・・
すると間もなく、自動車道を降りて、大沼公園駅に向かう。
妻が大沼公園で希望していたのは・・・「花より団子」らしく、
これが食べたかったらしく、駐車場からまっすぐに、
駅前にある団子店に入る。
お店の中の木製のテーブルセットで、いただくことにした。
餡子好きの私なので、餡子の味には少々うるさいのだが・・・
量的に多いかとも思ったが、納得のお味で、
あっと言う間に、完食。
おいしかった・・・・
それから大沼公園を見学・・・
こんな風景を撮り、早々に車に戻った。
というのも・・・・
あれほどまでに広い敷地にもかかわらず、
何故に、大量の中国語圏の団体さんを掻き分けるように
移動しなくてはならないのか・・・
ここでも、あの国の方々は、
通路を幅広く占領し、自撮り棒を振り回し・・・・
仕方ないとはいえ、いい加減にしてくれと・・・・
気を取り直し、駐車場に停めていた車の中から、叔父に電話する。
叔父は「昼飯を食って来るなよ!」と・・・・
それを妻に伝えたら、
「ああ~、団子をお腹いっぱい食べちゃった・・・」と・・・
「仕方ないな、行こう!」と声をかけて出発。
昼食時を避けてお邪魔しようと思っていたのに・・・・・
大沼公園から30分ほどで、叔父の自宅に到着。
79歳の叔父は、とても血色も良く、健康そのもので安堵する。
叔母も変わらない優しい笑顔で迎えてくれた。
しばし、父のことや、先日他界した母の話となったが、
叔母が笑顔でテーブルに並べたのは、
なんと毛蟹の剥き身が、テンコ盛りの蟹めし・・・・
その剥き身の多さに驚き、さらには味の濃さに感動!
海産物の一大ブランドともいえる気仙沼に居を構え、
うまいものをたくさん食べている私たちを、
驚かせるほどのものだった。
結果、団子でいっぱいになったお腹を、さらに膨らませてしまう・・・。
楽しい時間も、あっという間で、
気が付くと、既に2時間が経過していた。
写真を撮り、お暇(いとま)しようと挨拶をすると、
北海道産のメロンを「車に積んでいけ」とたくさん渡された。
私たちは後で、そのメロンの相場に驚くのだった。
この日は、函館国際ホテル泊のため、
まっすぐにホテルに向かい、早々にチェックインした。
食事までの間に、すぐ傍にある赤レンガ倉庫でのお買い物を
満喫する予定だったのだ。
荷物を部屋に置いて、外に出る。
海風が心地良い・・・・
あれこれと見て回るが、私は5度目の函館。
妻は2度目。
前回、妻と来たのは、あの3.11の前の年の夏だったろうか。
さすがにここは、変わらない風景だった。
唯一違うのが、どこもかしこも中国語圏の団体さんがいるということ。
人が入らないように写真を撮るのが、難儀なこと・・・。
お店の中も然りだった。
ここで驚いたのだが、数年ぶりで来たのにもかかわらず、
妻の特技が如何なく発揮したのだ。
どこにどんなお店があったのかを記憶していたのだ・・・。
これには驚いた・・・記憶力の良い妻だが、
さすがに今回は、私も絶句した・・・。
どうやら妻の記憶は、「快」経験と結びついた記憶だったこともあり、
しっかりと古い記憶として、脳内に残されたのだろう。
私には、到底無理な記憶回路・・・・
どうしても買い物を「快」には結び付けられない。
午後7時に予約していた夕食の時間が近づいたこともあり、
国際ホテルに戻り、イタリアンをハーフ・コースで愉しんだ。
お酒は得手ではないが、妻と一緒に、白ワインも楽しめた。
僅かのワインで酔っ払って、
部屋に戻ると・・・・窓からは・・・
そう、既に夕闇は訪れていた。
このホテルには、翌日も連泊。
14日は、絞り込んだ目的地を散策し、
夕方には函館山に上る予定・・・・。
続く・・・・
北海道旅行記の続きです。
今日は8月9日ですので、そろそろ一か月も前の話ですね。
では・・・・
7月12日(火)のこと。
洞爺湖畔のホテルの朝を迎えた。
晴天が予想されていたこともあり、早く目が覚めた。
妻はまだ深い眠りに就いていた。
私は朝型、妻は夜型という、相反する生活パターンの夫婦。
まあ、そんな私だからこそ、こんな素敵な朝を迎えることができた。
部屋のガラス越しの写真で恐縮だが、本当に贅沢な眺め・・・

湖面に映る朝焼けが美しい
そして、時間の経過とともに、色合いが変わる・・・
人生にとって最高の住まいを求めるならば、
湖畔に自宅を持ちたかったという、儚い夢があった。
でも、現実は森の中の住まいを選択した。
妻との出会いは、私の人生を心豊かで、愉しいものにしてくれた。
第一候補の湖畔ではなく、第二候補となる居住環境を手に入れたのだ。
湖水を眺め,そんなことを思い浮かべながら、
妻との35年を振り返っていたのだった。
窓が明るいことに気がついたのか、
窓に背を向けて眠っていた妻の「おはよう」の声に、振り返った。
「綺麗な空だね。」と妻。
横になっている妻の視線からは、湖水が見える筈もなく、
「起きて、こっちにおいで」と窓辺に呼ぶと、
妻はゆっくりと起きてきて、湖水面を見るや否や
「もう湖畔を散歩している集団がいるね。
・・・・しかも自撮り棒を持っている・・・・。」と
私は、散歩する人たちには気がついていなかった。
時間は朝の5時半・・・
自撮り棒を持ち、自らの写真を撮るという日本人旅行者は
今の日本では皆無と思われ、
「きっと、あの国の方々だろうね。」と私が呟く。
妻は「なんであんなにエネルギッシュなんだろうね?」と・・・
朝食は、昨夜と同じく、団体さんとは別の場所での食事。
でも・・・団体さんではない中国語圏の方が、
私たちと同じ空間にいて・・・その食事風景に呆れたのだ・・・。
お隣の席の方だったが、
皿の上に茹でた海老だけがテンコ盛りになっていて、
海老だけを主食にしているかのような食事で、
さらには、やはり海老のテンコ盛りでの
おかわりをしていたのだった・・・。
異国の方の食習慣には、驚かされることが何度かあったが、
これには、さすがにカルチャーショック・・・。
日本人は食品のバランスや色合い、
そして盛り付けにも配慮して、膳を整えるのだが・・・・
中国語圏の方々の義務教育には、
栄養についての指導内容がないことから、
こういうことが起きるのだろう。
かく言う私は、毎度の和食内容。
ご飯にお味噌汁、焼き鮭(実際には鱒)、納豆、冷奴、少しの漬物と、
自分のお腹具合を崩さないための食事。
このビュッフェスタイルというものは、
お腹が丈夫とはいえない自分には不向き。
朝からイクラなどの、豪勢なごちそうが並んでいるのだが、
正直なところ、お味は、昨夜の食事で大方予想がついていた。
事実、妻が取ってきた、イクラをほんの少しだけ口に入れてみたが、
「これイクラじゃないな、養殖鱒の卵だろう。」と私、
やはり、お味は思わしくなく・・・
妻も「勿体無いけど残す。」と言った。
ホテルを8時半に出発し、
すぐ近くの昭和新山に移動する。
昭和新山は、私が中学の時の修学旅行以来。
そして妻は初。
私には、修学旅行の時の
茶色い剥き出しの地面と、
噴気している硫黄臭の湯気とが、記憶に鮮明に残っていたのだ。
しかし、現実は・・・・
駐車場からすぐの所は、緑が溢れる公園になっていた。
それもその筈で、あれから45年も経っている。
当然だが、噴気も少なくなっていたのだ。
お初となった妻は、目を輝かせて、いきいきとしていた。
「こっちが昭和新山で、あっちが有珠山ね。」と・・・
時間は朝9時前だったこともあり、土産店の多くがシャッターが閉じていた。
妻は、開いていたガラス工芸店を見つけたようで、
有珠山を仰ぎ見ていた私を置いて、
あっという間に、その店に吸い込まれていった。
妻は、かなりの時間をかけて、吟味していたが、
これから先の長い旅程を考えてもらい、
ガラス類の購入は遠慮してもらった。
結果、ここでの予定時間を遥かに越え、
次の大沼公園までの移動が少し慌しいことに・・・
というのも・・・
午後には、今回の北海道旅行の大きな目的のひとつが待っていたのだ。
函館市内に住んでいる、私の父(30年前に他界)の弟(叔父)に、
20年ぶりほどで、会う計画を入れていた。
道央自動車道に入り、ひたすら噴火湾の縁となる有料道路を移動する。
美しい海岸線の風景を期待していたが、生憎、山間の風景ばかり・・・
時折急に開ける景色に息を呑む。
風景が開ける度に、駒ケ岳が、
少しずつだが大きくなっているのだ・・・。
八雲の辺りからは、くっきりとした駒ケ岳の美しい山容が、
幾度となく運転手の私の視界を奪う。
すると、車から斜線逸脱の警報音が・・・
こんなときは、スバルのアイサイトに感謝。
反省し、前を向くよう、しばし努力するが、
森という集落の辺りに入ると、それはもう絶句するしかないほどの
山肌の美しさ・・・・
すると間もなく、自動車道を降りて、大沼公園駅に向かう。
妻が大沼公園で希望していたのは・・・「花より団子」らしく、
これが食べたかったらしく、駐車場からまっすぐに、
駅前にある団子店に入る。
お店の中の木製のテーブルセットで、いただくことにした。
餡子好きの私なので、餡子の味には少々うるさいのだが・・・
量的に多いかとも思ったが、納得のお味で、
あっと言う間に、完食。
おいしかった・・・・
それから大沼公園を見学・・・
こんな風景を撮り、早々に車に戻った。
というのも・・・・
あれほどまでに広い敷地にもかかわらず、
何故に、大量の中国語圏の団体さんを掻き分けるように
移動しなくてはならないのか・・・
ここでも、あの国の方々は、
通路を幅広く占領し、自撮り棒を振り回し・・・・
仕方ないとはいえ、いい加減にしてくれと・・・・
気を取り直し、駐車場に停めていた車の中から、叔父に電話する。
叔父は「昼飯を食って来るなよ!」と・・・・
それを妻に伝えたら、
「ああ~、団子をお腹いっぱい食べちゃった・・・」と・・・
「仕方ないな、行こう!」と声をかけて出発。
昼食時を避けてお邪魔しようと思っていたのに・・・・・
大沼公園から30分ほどで、叔父の自宅に到着。
79歳の叔父は、とても血色も良く、健康そのもので安堵する。
叔母も変わらない優しい笑顔で迎えてくれた。
しばし、父のことや、先日他界した母の話となったが、
叔母が笑顔でテーブルに並べたのは、
なんと毛蟹の剥き身が、テンコ盛りの蟹めし・・・・
その剥き身の多さに驚き、さらには味の濃さに感動!
海産物の一大ブランドともいえる気仙沼に居を構え、
うまいものをたくさん食べている私たちを、
驚かせるほどのものだった。
結果、団子でいっぱいになったお腹を、さらに膨らませてしまう・・・。
楽しい時間も、あっという間で、
気が付くと、既に2時間が経過していた。
写真を撮り、お暇(いとま)しようと挨拶をすると、
北海道産のメロンを「車に積んでいけ」とたくさん渡された。
私たちは後で、そのメロンの相場に驚くのだった。
この日は、函館国際ホテル泊のため、
まっすぐにホテルに向かい、早々にチェックインした。
食事までの間に、すぐ傍にある赤レンガ倉庫でのお買い物を
満喫する予定だったのだ。
荷物を部屋に置いて、外に出る。
海風が心地良い・・・・
あれこれと見て回るが、私は5度目の函館。
妻は2度目。
前回、妻と来たのは、あの3.11の前の年の夏だったろうか。
さすがにここは、変わらない風景だった。
唯一違うのが、どこもかしこも中国語圏の団体さんがいるということ。
人が入らないように写真を撮るのが、難儀なこと・・・。
お店の中も然りだった。
ここで驚いたのだが、数年ぶりで来たのにもかかわらず、
妻の特技が如何なく発揮したのだ。
どこにどんなお店があったのかを記憶していたのだ・・・。
これには驚いた・・・記憶力の良い妻だが、
さすがに今回は、私も絶句した・・・。
どうやら妻の記憶は、「快」経験と結びついた記憶だったこともあり、
しっかりと古い記憶として、脳内に残されたのだろう。
私には、到底無理な記憶回路・・・・
どうしても買い物を「快」には結び付けられない。
午後7時に予約していた夕食の時間が近づいたこともあり、
国際ホテルに戻り、イタリアンをハーフ・コースで愉しんだ。
お酒は得手ではないが、妻と一緒に、白ワインも楽しめた。
僅かのワインで酔っ払って、
部屋に戻ると・・・・窓からは・・・
そう、既に夕闇は訪れていた。
このホテルには、翌日も連泊。
14日は、絞り込んだ目的地を散策し、
夕方には函館山に上る予定・・・・。
続く・・・・







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