天災に備える・・・経験したからこそ言えること
5年前の震災の教訓を自分なりにまとめてみました。
それも経験的に絞り込んだもののみです。
当たり前のことを,つらつらと書きました。
自分勝手な話ですので、どうぞ読み飛ばしてくださっても結構です。
相手が天災だけに、その備えをするということには、そもそも無理があります。
でも、東日本大震災を経験して、実感したことがあります。
あの災害で、他界した友人や知人は、
そのほとんどが、大丈夫だろうと思って、自宅に戻ってしまった結果、
命を落としました。
とにかく、津波や火災から避難することが第一なんです。
当たり前のことですが「もどらない」ことです。
心理的にも、これがなかなかできません。
次に、家族とどうやって連絡するか?
携帯は使えないことは大前提です。
日中に被災した場合は、歩いて集まれる場所を複数決めておき、順位をつけること。
第一順位がダメなら、第二順位の場所に向かう・・・ということです。
家から出かける時に、季節に関係なく持参すると良いのは、
体温維持用のエマージェンシー・シートです。
レスキュー・シートとも呼ばれていて、
300円程度から買うことができますね。
銀色のペラペラに薄いシートですが、その分、コンパクトになり、
小さなバッグにも入ります。
これは、震災時には用意していませんでしたので、つくづく、必要だと思いました。
次に水です。
停電すると、自販機は使えません。
端末処理ができないためにコンビニ等も閉じます。
なので事務机の中や身近な場所に、500ccのペットボトル水があるだけで、
もしもの場合、状況は大きく変わります。
食料も水と同様です。身近にあると良いです。
もっとも良いのは、鰹節だという話もありますが、
小さくてハイカロリーなものがあると良いですね。
あの時も、甘いものを口にすると、ほっとしたんです。
それだけで、3日くらいは過ごせるようにしたいですね。
チョコナッツバーみたいなものが、数本あれば十分だと思いました。
最後になりますが、安全が確認され、一時的にでも自宅に戻ることができたら、
用意していた非常持出袋等を手にして、
再度安全な場所に、速やかに移動することをお勧めします。
自宅避難は、自宅まで食料が届かないことは明白です。
避難所等へ移動し、ご自分の食料を確保してください。
その点で私たち夫婦は失敗し、かなり長い期間、食糧難でした。
私は、仕事の性質上、職場から出られなくなり、
三日三晩、僅かな菓子類を食べ、職場で勤務していました。
職場は寒かったですが、かろうじて石油ストーブで暖がとれました。
大地震の後、地域全体がすぐに停電となりました。
携帯も、すぐにバッテリー切れになりました。
固定電話はもちろん使えませんでした。
そのため、妻との連絡も取れず、妻は瓦礫の中を長距離歩き、
私がいるかどうかも分からないまま、妻は私の職場まで来ました。
それまで妻は、職場から移動し山間のお寺に避難していました。
妻と再会した日に、職場のボスから帰宅許可が出て、妻を私の車に乗せ、
津波被災していない山間の狭い道路を繋いで、自宅に戻りました。
自宅の中は大変な状態でした。
先ずは、保存している2Lのペットボトルを出して、水を飲みました。
外気温は5度、家の中7度でした。
クローゼットから、保温用に衣服を取り出し、
しっかりと重ね着をしました。
オール電化の家は、暖房が完全にアウトだったのです。
二人ともショック状態で、初めは会話にもなりませんでしたが、
水を飲んで、自宅にあった菓子を口にして、ほっとしたこともあり、
これからどう生きていくかを、静かに話し始めたのでした。
それも経験的に絞り込んだもののみです。
当たり前のことを,つらつらと書きました。
自分勝手な話ですので、どうぞ読み飛ばしてくださっても結構です。
相手が天災だけに、その備えをするということには、そもそも無理があります。
でも、東日本大震災を経験して、実感したことがあります。
あの災害で、他界した友人や知人は、
そのほとんどが、大丈夫だろうと思って、自宅に戻ってしまった結果、
命を落としました。
とにかく、津波や火災から避難することが第一なんです。
当たり前のことですが「もどらない」ことです。
心理的にも、これがなかなかできません。
次に、家族とどうやって連絡するか?
携帯は使えないことは大前提です。
日中に被災した場合は、歩いて集まれる場所を複数決めておき、順位をつけること。
第一順位がダメなら、第二順位の場所に向かう・・・ということです。
家から出かける時に、季節に関係なく持参すると良いのは、
体温維持用のエマージェンシー・シートです。
レスキュー・シートとも呼ばれていて、
300円程度から買うことができますね。
銀色のペラペラに薄いシートですが、その分、コンパクトになり、
小さなバッグにも入ります。
これは、震災時には用意していませんでしたので、つくづく、必要だと思いました。
次に水です。
停電すると、自販機は使えません。
端末処理ができないためにコンビニ等も閉じます。
なので事務机の中や身近な場所に、500ccのペットボトル水があるだけで、
もしもの場合、状況は大きく変わります。
食料も水と同様です。身近にあると良いです。
もっとも良いのは、鰹節だという話もありますが、
小さくてハイカロリーなものがあると良いですね。
あの時も、甘いものを口にすると、ほっとしたんです。
それだけで、3日くらいは過ごせるようにしたいですね。
チョコナッツバーみたいなものが、数本あれば十分だと思いました。
最後になりますが、安全が確認され、一時的にでも自宅に戻ることができたら、
用意していた非常持出袋等を手にして、
再度安全な場所に、速やかに移動することをお勧めします。
自宅避難は、自宅まで食料が届かないことは明白です。
避難所等へ移動し、ご自分の食料を確保してください。
その点で私たち夫婦は失敗し、かなり長い期間、食糧難でした。
私は、仕事の性質上、職場から出られなくなり、
三日三晩、僅かな菓子類を食べ、職場で勤務していました。
職場は寒かったですが、かろうじて石油ストーブで暖がとれました。
大地震の後、地域全体がすぐに停電となりました。
携帯も、すぐにバッテリー切れになりました。
固定電話はもちろん使えませんでした。
そのため、妻との連絡も取れず、妻は瓦礫の中を長距離歩き、
私がいるかどうかも分からないまま、妻は私の職場まで来ました。
それまで妻は、職場から移動し山間のお寺に避難していました。
妻と再会した日に、職場のボスから帰宅許可が出て、妻を私の車に乗せ、
津波被災していない山間の狭い道路を繋いで、自宅に戻りました。
自宅の中は大変な状態でした。
先ずは、保存している2Lのペットボトルを出して、水を飲みました。
外気温は5度、家の中7度でした。
クローゼットから、保温用に衣服を取り出し、
しっかりと重ね着をしました。
オール電化の家は、暖房が完全にアウトだったのです。
二人ともショック状態で、初めは会話にもなりませんでしたが、
水を飲んで、自宅にあった菓子を口にして、ほっとしたこともあり、
これからどう生きていくかを、静かに話し始めたのでした。
コメント
出会えた時、どれほどに嬉しかったことでしょう。
不安、心配の気持ちは日常いっぱいあるけれど、
こんな特別な不安や心配やそのほかのさまざまなお気持ちは想像を絶します。
幅広く思えば、まだまだでしょうが、大震災後ここまで生活を築かれ耐え抜いて来られたのですね。
ストレスをあまり感じずに振り返ることができるようになりました。
昨年までは、あの時の画像を見ることすらできませんでした。
妻と再会した時は、自分は強いストレス状態でしたので、
嬉しいとかという感情は湧いてきませんでした。
むしろすべての感情そのものが奪われていました。
あれから5年ですが、気持ちに整理がついてきたようです。
でも、暮らしには、未だに不便は多いです。
震災前のようには戻らないと思います。
できることなら、経験しない方が良いです。
大切なことは、心の準備も含めて、
準備不足が、災害をさらに酷いもの、重大なものに
変化させないようにすることです。
そんな願いを、少しだけ書かせていただきました。
何かしら、気づかせていただけたようです。
またまたお返事ありがとうございます!