1泊2日の秋田県北旅5(秋田城)
「道の駅てんのう」を出発して
海岸線を走り 秋田港クルーズターミナルの前を通過したら
ランドマークのポートタワーセリオンが見えてきた
その先の交差点で左に折れて 少し走らせると
電気関連の工事らしく 片側交互通行となっていた
走り出すと間もなく 右手に秋田城の駐車場が見えた
一度その駐車場に入ったものの
案の定 目的地の駐車場はそこではなかった
その手前にあった狭い道を上がったところが 目的の場所だったのだ
というのも 先に入った駐車場には階段があり
その階段を上がらないと資料館に行けない・・・
脚の悪い妻のこともあって
その上にある 資料館前の駐車場へと移動した
資料館内を見学する
事前学習が 十分過ぎるほど進んでいた私たち夫婦には
想定内の展示だった
メインは遺跡の見学
これまで多賀城 紫波城 徳丹城 胆沢城などの
時の政府が作った政庁の遺跡や資料を多く見てきたが
そんな私たちにとって この秋田城が 最後の見学場所となる政庁跡
そしてここは 俘囚となっていた蝦夷の反抗により焼失した場所でもある
つまりは 高橋克彦氏の「水壁」の舞台を この目で見たい
そして その当時の 戦いの舞台を目に焼き付けたい
そんな思いから
角館 大湯 大館 二ツ井を巡ってきたのが今回の旅で
ついでに 縄文遺跡を見学という1度に2度おいしい旅でもあった
資料館で 見学用タブレットをお借りして 妻と歩き出す
タブレットに表示される内容は
どちらかというと小学生向けであったが
ところどころ 参考になる内容も多かった
まずは 道路の上に 新しく横断橋が掛けられたので そこを通過
それにしても 広い敷地で
問題は 縄文遺跡よりも上り下りが多いこと
妻が歩くのに 不都合な路面状況も多かったが
私の心配をよそに
「大丈夫 歩くよ~~」と意気込んでくれた
このように復元された門やら
政庁全体や全体地形のミニチュアもあり
市街地でありながらも これだけのエリアが保存されてきたのは
江戸時代の国学者である菅江真澄の先見性があったからこそ・・・・
それにしても暑い・・・
どうしても妻が見たかったのが トイレ 笑
この 復元された古代の水洗トイレは
NHKのブラタモリでも紹介され 大きな話題になっていたようだ
さて
この秋田城の築城は天平5年(西暦733年)の記録があり
主に蝦夷の支配のために政庁が置かれた
さらには 隣国との交易の場としても活用され
その外国からの使者が利用するトイレだと分かったのは
どうやら排泄物の痕跡(寄生虫)からだという・・・
この城は 西暦830年の元慶の乱で焼失後に再建され
西暦1000年を前後する頃に衰退したようである
蝦夷が反抗しなくなったのも ちょうどこの時代と重なる・・・
はてさて
私にとっては難儀な暑さの見学だったが
車に戻ると 妻が次々と感想をしゃべり始めた
妻は脚の痛みもどこ吹く風で 嬉しかったようだ・・・
かくいう私は 秋田城の感想というよりも 口の中が乾燥・・・
たっぷりと水分を補給し やっと妻の話に返事ができた・・・
こんな時の私は 朦朧としていて
酸欠状態のようなもの・・・苦笑
秋田城を見学した後 遅めの昼食をとり
秋田道から東北道と走り
いつものように水沢ICで一般道に降り
阿弖流為と母礼の蝦夷軍が朝廷軍と戦った 古戦場脇を通過し
大谷翔平選手の故郷を通って帰宅した
久々の遠出だったこともあり 疲労感は否めなかったが
満足度の高い旅だった
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