10年後の砂浜

昨日4月1日に 待望の式典があったという・・・


大好きだった高田松原の砂浜が 立ち入り可能になったのだ


幼い頃 

旧一関市から 家族でよくでかけていた海


車酔いの酷かった軟弱な私は 

まったく車酔いしない兄と妹を横目で見ながら

必死に耐えて移動した道中のこと・・・

そして陸前高田に着くと その浜の大きさと風景が大好きで

解放感に満たされた記憶・・・


家族を作り 気仙沼に住むようになり

車で隣町の陸前高田まで 子供たちを連れて行き

こんな風景の中 豪快に砂遊びをさせたり

波打ち際で遊ばせたりと・・・

きっと うちの子供たちの記憶にも残っているのだろう・・・


この写真は 2011年2月12日に撮ったもので

10年前のあの大津波で 

この風景が消え去ってしまう直前の写真


北西風という寒風の中 足を悪くする直前の妻と訪れた

本当に最後となった風景

 

消失するほぼ1か月前という 貴重な写真で

中央は陸前高田市の市民の森である箱根山

左側で半分隠れているのは氷上山


こんなにも美しい記憶が 私には残っているのだった・・・


この4月1日から この砂浜への立ち入りが

10年ぶりに可能になった


実は 前日である3月31日に 

義母がショートステイに通うタイミングを見計らって

妻と陸前高田市の道の駅まで 

極めて美味な 生七味を買うために出かけてきたのだった


残念ながら

道の駅から 砂浜までの道は遠く 

海と陸を隔てる 巨大な防潮堤を越えて行くために 

その先に 長い長い階段がある・・・

脚の悪い妻には 到底 辿り着けない


今回も妻がぽつりと「行けないね」と・・・


もう少し暖かくなったら 

折りたたみの椅子でも持参して 

途中で休ませながら 防潮堤の先の風景を

妻と一緒に見たいものだと思う


車での帰り道 

震災遺構となる 旧気仙中学校の付近から

その砂浜を眺めてきた 


砂浜は海まで30~60mほどで その長さはほんの僅か・・・

残念ながらこの写真のような 2kmの長さには到底及ばず

大きな石組がその砂浜の両端を支え 異様な存在感を放っていた


この砂浜は 

宮城県大和町と大郷町から持ち込まれた

石と砂で再生されたのだそうだ


写真のような美しい砂浜に戻るのは 

あと40年もかかるのだろうか・・・


その時は 既に私は消えているのだろう・・・


コメント

kaori さんのコメント…
貴重な写真ですね。
空も雲も山も…張り切っている写真に見えました。
こんなに、くっきりと。
mistyhill さんの投稿…
kaoriさん コメントありがとうございます。
たまたま一眼レフを持って行ったのが幸いでした。
私にとっては、価値のある一枚になりました。
今は 高い高いコンクリートの壁が、風景の邪魔をしています。

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