冬の詩人を思い出す

いつものことだが   本格的な冬になると必ず思い出す

戦時中   岩手の花巻に疎開されていた高村光太郎さん
彼は「冬の詩人」とも呼ばれていた

雪の多い地域にひとり
さらには  想像できないほどの
隙間風が入り込む  粗末な小屋に住んでいたのだった

かつて   無知な私は   高名な氏の生い立ちや創作活動に
悲しいかな「華々しい生活ぶり」予想していた

以前に一度    花巻の   その場所   その家を訪れ
アトリエ兼住居となっていた建物を見て
極めて質素な暮らしぶりを思うにつけ
涙を流してしまったのだった

妻である智恵子さんを愛し続け
なりふり構わず   岩手の地で創作活動を続けた氏の生き様

そのあまりの   着の身  着のままの暮らしぶりに
深く私は心を痛めたのだった

以来  妻も私も
あの場所を2度と訪れることができていないのだった

氏の詩集「道程」に
代表作とも言えるだろうこの詩がある



冬が来た


きつぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹(いてふ)の木も箒(ほうき)になった

きりきりともみ込むような冬が来た
人にいやがられる冬
草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た

冬よ
僕に来い、僕に来い、
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ

しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のやうな冬が来た







コメント

kaori さんのコメント…
冬に向かっていけそうな気がします。
高村光太郎さん、昔、少し詩を読んだ気がします。
少女の頃ひとり声を出して読んだ気がします。

質素な暮らしぶりだったのですね。
豊かだったのは「愛」。
mistyhill さんの投稿…
コメントありがとうございます。
年齢に関係なく、詩を読むことを欠くべきではないでしょう。
是非、これからも呼んでくださいね。
私も読もうと思っています。
年齢に応じて、味わいは変わりますもの。

氏の豊かな愛と、創作への情熱。
それだけが、厳しい暮らしの支えだったのかもしれませんね。

このブログの人気の投稿

スバルWRX–S4の乗り心地の変化について(報告)

クロストレックのデジタルマルチビューモニターの話題1

これまでと これからと