2026十勝旅の終わり
やっぱり敬体文では どうにもしっくりとしないため
無理をせずに 常体文に戻すことをお許しいただきたい
そして
旅の概略と言っておきながら
ここまで長々と綴ってしまったことを 御容赦いただきたい
さて
2年連続の十勝旅も
帯広を離れる6月6日の朝となった
この日は 帯広を離れて白老そして苫小牧
苫小牧から太平洋フェリー「きたかみ」に乗り
翌朝となる7日の朝には 仙台港に接岸するという流れだった
最後となるホテル朝食は
またも 同じような写真になったが
これもまた自分の記録でもあるので ご理解いただきたい
昨年も5連泊したのだったが
今年も同様に ホテルの朝食を
とてもおいしくいただいたことに感謝
この日は 再び「道の駅おとふけ」で買い物をし
音更ICから白老ICまで向かい
その後苫小牧でフェリーに乗る予定だった
台風は太平洋上を遥か東に離れてはいたが
波高と波周期の予報が悲しくなる数値で
かなりのうねりが予想されていた
往路はベタ凪だったが 帰路は最悪で
まだ 欠航しないだけでもOKと考えるしかなかった
気が滅入るのを堪え
しっかりと準備をし
9時過ぎにホテルを出発
天気予報では千歳あたりから雨になると思われ
主だった買い物は
「道の駅おとふけ」と苫小牧のフェリーターミナルで行う予定にしていた
また その時間帯は どちらの予報も 運良く曇りだった
道の駅で買い物を済ませ 道東自動車道を千歳方向に向かう
案の定 道東自動車道の流れは速くて
北海道ナンバーの観光バスまでもが 結構な速度超過で走っていた
交通量が少なかったこともあって
後方に行列をあまり造らずに進めたので 個人的には助かった
予想通り 千歳空港付近からは 大雨となった
白老にある仙台藩白老陣屋資料館に着いた時には
かなりの雨で・・・
前回ここを訪れたのは 9年前だった
その後 内部のリニューアルがあったようで
展示内容も大きく変わり
前回訪れた時の印象とは変わり
「来て良かった」と思える充実度になっていた
すぐ近くにあるウポポイに向かう頃には 雨も少し小振りになり
かろうじて傘が必要なレベルの雨となっていた
この奥に 大きな本館があるが
これ以外の写真は撮らないでしまった・・・
ウポポイは令和2年7月に開業していたが
やっと私たち夫婦の願いが叶ったのだった
昨年も来ようとはしていたが
ここに寄れる日程が あいにくの休館日だったのだ
旧「白老アイヌ村」だった頃は 2度来ていたが
一番最近でも 9年前に妻と訪れて以来のこと
妻もかなりの期待をしていた場所であり
今回の北海道旅でも重要な見学先だった
かつては かなりフレンドリーな空間であり
当時のスタッフや資料との距離感が近く
質問をする楽しみもあったが
現在では 国立化されたことが災いとなったのか
あまりに洗練されたような気がして
「どうぞ資料をご覧あれ」と丸投げされたようで
見学者自身に 読み解く力量が求められる空間になった感じた
ここは 「お仕着せ」の資料館なのか
個人的には違うよなと感じた
確かに展示資料は アイヌ文化を知る上で
理解し易い配列と説明書きがなされていた
先に「あまりに洗練され」と書いたが
そこが落とし穴で
アイヌ民族と日本政府の
どろどろした歴史の暗部については
さらりと流すように記されていた・・・
この状態では
「ふうん そうなんだ」と
見学が終わると すぐに忘れてしまいそうな気配で
これでは アイヌ民族への理解は なかなか進まないだろうと感じた
先人や民族への理解において一番重要なのは
アイヌ民族が いかに生きてきたかという
独自の死生観を理解することに尽きると思っている
この民族性の理解についてを語ると
私のは思う部分が多々あって
あまりにも長文になる危険性があるので
ここからは旅のことに戻そうと思うのだが・・・
実は 妻も「さらっとしていたね」と感想をもらしていたが
これが真実の評価なのだろう・・・
私以上に歴史が好きで
一緒に 縄文遺跡や東北蝦夷について学んできた妻は
私と同じ思いだったようだ
妻が満足すると必ず「来て良かったね」という言葉を発するのだが
その言葉はなく
私も 「念願だったウポポイに来れたから もういいな」と
あっさりと 再訪しないことを言葉にした
国立化したことへの期待感をもって見学をしたが
個人的には 期待外れだった
国が この場所を 一大観光地に仕立て上げたい・・・
そう思うしかなかった
雨もあって ウポポイの中のすべての施設を巡らずに
車に戻った
既に 午後3時にならんとしていた
いつものパターンで 昼食はまだだった
夜7時発の太平洋フェリー「きたかみ」では
かなりの大荒れになることが予想され
船に乗る前に 昼食と夕食の二つを兼ねた食事を
早々と苫小牧にあるカレーのチェーン店で済ませた
食べ慣れた味に 安堵した後
フェリーターミナルに移動して 乗船手続きを済ませ
車を指定位置に止めた後
妻と一緒に 4回目の利用となったターミナルショップでお買い物
娘と息子家族のために
あれもこれもと買い 私は両手に荷物を下げて
乗船時間に合わせて 車に戻り 荷物を積み込んだ
「それにしても たくさん買ったね」と私
「次に北海道に来るときは 苫小牧上陸じゃないんだよね」と・・・
そう
高齢者の仲間入りとなって5年が経過し
遠出の運転ができるうちに
道南の縄文遺跡群を巡りたいと考えているため
青森から海峡フェリーを利用しての函館に上陸しようと考えていたのだった
スタッフによる車の誘導が始まり
同乗許可を取って 助手席に座っている妻は
「ドキドキするね」と・・・
「そうだね」と私
船内に誘導される時は いつも何故か
毎回 同じ気持ちになっていた
部屋は特別洋室を予約していた
部屋の窓から外を見ると 細かな波が立っていた
荷を解き
不足している飲み物を 船内の自販機で買って来て
早々と 入浴を済ませた
船が出ると すぐに大揺れになると予想していたからである
往路の「きそ」の特別洋室では
その あまりに狭いバスタブに辟易したが
「きたかみ」は 少し広くて
ビジネスホテルと変わらないバスタブに安堵した
船が出航すると間もなく
大きく八の字を描くように揺れ始めた
入浴する前に 酔い止めの薬を飲んでいて
髪の毛が半乾きだったが お構いなしに
私はベッドに入った
間も無く
安全確保のために 大浴場は閉鎖するとの船内アナウンスが流れた
今回で 10回目の利用となった太平洋フェリーだったが
これほどの事態は初めてのことだった
それからは ずっと揉まれるように船が揺れ
妻も同様に 何度も目が覚めて あまり眠れなかったという
揺れが収まってきたのは 朝7時を過ぎてからだった
朝食は 道の駅「おとふけ」で購入しておいた
「ますやパン」のパンと 持参したドリップコーヒーで軽く済ませ
朝8時ころになると 宮城県の牡鹿半島をまわり込み始めた
仙台港方面は 広く海霧がかかっていて視界も悪かった
仙台港付近の天気予報は曇り
仙台港に着いて
船の4デッキから誘導されて 外に出た時に
「帰って来たね」と妻
「あまり眠れていないから とにかく安全に帰ろう」と私
途中 石巻市のイオンで休憩し
またも 昼食をとらないまま
午後3時ちょっと前に 無事に帰宅した
汚れものを洗濯機に入れて 荷物を片付け
洗濯機が動く音を聞きながら コーヒーを淹れていたら
「今年は 金沢にも行ったし 十勝にも行けたね」と
妻は笑顔で 疲れた私を気遣ってくれた
「疲れたけど 楽しかったよね」と私
「ありがとうね」と妻
今年に予定していた長距離旅は これで終了
あとは 2連泊程度で訪れたい場所があるのだが
予算が底をついた今 その案は眠らせておくしかないのだった
ともあれ
十勝旅の記録は これでおしまいとする
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