またいつもの平泉へ

私にすれば 幼い頃から慣れ親しんだ平泉

またいつものように 行ってきました

まあ 紅葉の季節に見に行こうと妻を誘い出したんです


でも・・・臍曲がりの私は・・・・


金色堂などは目もくれず 

こんな写真を・・・・
ここは金色堂の反対側にある 弁財天堂の裏側

ここの木立の雰囲気が好きという 偏屈者・・・・

そして さらに北側の

こんな 手つかずの木立が好きで・・・・

神仏混淆の時代に立てられた平泉中尊寺なので

この写真の辺りは 紛れもない「鎮守の森」


メジャーな場所には目もくれないという かなりの偏屈・・・


そして 誰も通らない金鶏山の裏手を 車で走り 

次に行ったのは

こんな場所・・・・達谷窟(たっこくのいわや)という場所

さんざん行ってるので まともに写真を撮るつもりもなく

こんな写真を撮ってきた・・・


そして 説明等の変化を期待して見ると・・・・

未だにバカみたいな説明が のうのうと書き綴られている


これだけ地域文化を大切にするべき時代になっているというのに

正確な記録の体をなさない「勝者の記録」として

東北の蝦夷を鎮圧した後 

それも300年以上も後に書かれた「吾妻鏡」をもとにした記述が

さもあらんとまでに 立派な言葉で飾られていたのだ


もう愚かとしか言いようがない 

記録がそれしかないとすれば 口伝の記録として残る

アテルイが戦った真実を その説明板の隣に置いて欲しい

だから だめなんだ・・・・もっと成長しろ!と言いたい

なにせここは アテルイがいた場所なんだから・・・・


すみません・・・まあ こんなもんです

このことになると熱くなっちゃう私・・・・・


かつて「国盗り物語」の時代に遡ると

東北のそれも北上山地は 都からの流刑の地

そんな場所に生まれ 長く封じ込められて

子供の頃は 口にすることすらタブーとされてきたアテルイの名前


それがやっと 日の目を見る時代になったんだから

もっともっと 胸を張って欲しい・・・・とね

人の目にふれず そっと成長する植物にも目を向けてあげないと・・・








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