2016北海道旅行3日目その1 小樽~岩内~ニセコ・パノラマラインまで
7月11日(月)午前
昨夜も、やはりエアコンを止めて寝たせいもあって
全身に、じっとりと汗をかいた状態で起床。
すぐさま、隣部屋に据え付けられた温泉に入る。
風呂からの眺めは,だいぶ霧も晴れた様子で,
海食崖の姿が見えた。
※次の2枚の写真は、ベッドルームからのはめ込みガラス越しの撮影です。
さらに、波打ち際を見下ろすと
※水平線が丸く歪んでいるのは、広角レンズによるものなのでご容赦いただきたい。
すっきりとはしないものの、水平線までもが見えた。
この風景が見たくて、このホテルに決めたのだ。
・・・・安堵する。
流石にオーナーシェフが総支配人というだけのホテル。
料理に強い拘りが感じられ、
朝食で選んだパンが、実に美味。
さらには、普通に見えたスクランブル・エッグが、
予想外に美味しく感じたのは、滅多にない経験だった。
ポテトサラダも、素材の良さを生かし、
大変に美味だったことはいうまでもない。
さて、この日の午前中は、今回の旅で、私が最も楽しみにしていた
ニセコ・パノラマラインを走る予定。
天気も上々という予報。
チェックアウトを済ませ、ホテルを出る。
小樽水族館脇を降りて、再び細い道を登り、
先ずは直近の鰊(にしん)御殿に行く。
ホテルから車で1分程度?で到着。
小樽とは積丹半島の反対側にある泊村にあった
青山家の鰊御殿を、この小樽に移築し管理しているものだという。
建築物に強い興味関心をもつ私には、大好物の見学。
私たち夫婦が、あまりにじっくり過ぎるほど、
あれやこれやと静かに会話をしながら見学する姿を見てか、
受付にいらした60半ばほどの男性が、
いつの間にか近づいて、自主的に説明を始めた。
写真は撮れなかったので、ご容赦いただきたいが、
圧倒的な建物としての素材や、その構造は類をみないもので、
建物や海産物を生業とする方は必見の場所であった。
30分ほどで見学を終了するつもりで入った場所だったが、
結果的に、1時間以上も見学していた・・・。
鰊御殿を出てくると、利用したホテルが崖の上に見えた。
最上階には丸い形状の特別室が見える。
いったいどんな人たちが宿泊するのだろう・・・・。
海岸には水族館の施設があり、海獣類が、
お腹でも空いたのか、飼育員におねだりするような声を出していた。
次の予定に影響が出ることを恐れ、逃げるように小樽を後にした。
R5からR276と繋いで、余市から岩内に向けて進む。
余市から然別を抜ける途中、
大黒山の外輪山の麓を通過した。
湖こそ形成しなかったが、
カルデラ噴火の跡がしっかりと残る然別(しかりべつ)地域特有の地形。
大々的に噴火した後に残る外輪山の大黒山が、725mの高さ。
東には1300mほどの札幌岳、1500mほどの余市岳、
そして西には、積丹半島先端の1300mほどの余別岳と
広く連なる山脈から推測するに・・・・
この大黒山のかつての標高は、容易に1500mを超えるだろうことは、
推定できるものだった。
噴火による地形は、大量の火砕流を伴っていただろうことから、
余市川の水域の特異的な形状も、十分に理解できるものだった。
物見遊山で、赤井川村にも行きたかった・・・というのも・・・・
みごとなまでに噴火口の底で、それも中心部・・・・
まさにど真ん中に、村が存在するからなのだ。
でもそれは、あまりにもルートから外れるので、カット。
積丹半島から登別まで続く山々の、
おそらくは最も中心となっていただろう
その赤井川村の真上に聳えていた山塊を、
進行方向の左側に想像しながら、車を走らせた。
それにしても、余市川上流部の
網の目のような水域の様子を見たかった・・・悔いが残った。
共和町に入ると、平坦な直線路となる。
左手にニセコ連山が見え始め、
撮影ポイントと表示される駐車帯に車を止める。
1308mのニセコアンヌプリを中心とした、チセヌプリ、イワオヌプリ等の
残雪が残る、1000m級の山脈が青空に映える。
長い直線の道路の先、左に曲がってまもなく、右に折れる。
道の駅の駐車場内には交番があるという、
ちょっと面白い配置・・・まあ、これで愛車も安心・・・。
その交番の向かいにある、
とてもかわいらしいサイズの道の駅で休憩。
地図上では、この先の道道66号は一気に山道となる筈。
「ニセコ・パノラマラインを走りたい。」という願いは
今回の旅のひとつめの目標。
そう、ここは「絶景」と呼ばれるドライブコース。
車でさっと駆け抜けるなんて、もったいない・・・
そんな美しい風景のコースの筈・・・。
さらには、自転車競技の練習コースでもあるので、
愛車を淡々と走らせる・・・・。
でも、山頂に見えた雲の塊が一向に消えない・・・。
「どんなドライブになるのだろう。」と不安を抱きながらも、
なだらかな尾根沿いの直線を、緩やかに上り続ける。
左手には、広がりのある美しい畑。
黄色や淡い緑に彩られたパッチワークさながらの・・・
そう、昨年9月、富良野で見た風景に負けない美しさ・・・。
そして右手には、新緑の森がどんどんと近づいて来る。
白樺の森だと認識するには、さして時間がかからなかった。
右に大きくカーブを切ると・・・・
もう、そこは、新緑が映える森林のコースに変わっていた。
樺の木々の数々が、美しい緑に包まれ、
窓を少し開けると、とても芳しいような気持ちになる。
白樺林が連なり、右に左にと、目が移る。
平日ということもあり、車の数も少ない。
最初の上りの九十九折(つづらお)れが終わる頃・・・
左に曲がると同時に、妻も私も、歓声を上げた!
積丹半島の、上述した山々と泊村方向の美しい海岸線が一望できたのだ。
眼下には岩内の街並みも見える
・・・なんて美しい空と海と大地・・・・・・
そう、6月に津軽の竜泊ラインを走って以来、恋焦がれていた場所・・・
※上の色の異なる文字列に、過去の関連記事リンクを貼っておいた。
そう・・・私は、この風景に出会いたかったのだ。
昨日までの曇天とはうって変わり、
この初夏のような日差しと青い空・・・・
母の入院看護から、弔いまでを過ごした私たちに、
きっと母が、ご褒美をくれたのだろう・・・
涙が出るような思いで、
しばし私たちは、この風景に見とれていた・・・・。
気温は20度あるかないか・・・・
今朝までの雨にもかかわらず、湿度を感じず、
すっきりとした北海道ならでは空気が心地よい。
今回の旅では、
どうしても欠かすことができない、ふたつめの願いがあった
・・・でもそれは、後日に・・・・
再び走り出して間もなく、
妻も私も、行ってみたいと思っていた場所があった。
神仙沼という美しい沼があるのだが、
入り口付近に車を止めてみて、即時に断念。
なんと不正地を、20分も歩かねばならないのだ。
妻の足には、負担が大き過ぎるのだった。
気を取り直して、愛車を走らせる。
対向車もほとんどなく、快適なドライブだった。
ゆるやかに上下する道を進みながら、
次の経由地である高橋牧場へと向かう。
高橋牧場でのお目当ては、もちろん美味な乳製品。
広々とした牧場風景の中を走っていると、
上部に雲を纏った羊蹄山が・・・
「すっきりとした、羊蹄山を見たいね。」と妻
「あと少しなんだけどなあ~」と私・・・
高橋牧場に到着。
・・・・・でも、そこは・・・・・・
中国語圏の大量の団体さんが占領している状態だった。
次回「その2」に続く・・・
昨夜も、やはりエアコンを止めて寝たせいもあって
全身に、じっとりと汗をかいた状態で起床。
すぐさま、隣部屋に据え付けられた温泉に入る。
風呂からの眺めは,だいぶ霧も晴れた様子で,
海食崖の姿が見えた。
※次の2枚の写真は、ベッドルームからのはめ込みガラス越しの撮影です。
さらに、波打ち際を見下ろすと
※水平線が丸く歪んでいるのは、広角レンズによるものなのでご容赦いただきたい。
すっきりとはしないものの、水平線までもが見えた。
この風景が見たくて、このホテルに決めたのだ。
・・・・安堵する。
流石にオーナーシェフが総支配人というだけのホテル。
料理に強い拘りが感じられ、
朝食で選んだパンが、実に美味。
さらには、普通に見えたスクランブル・エッグが、
予想外に美味しく感じたのは、滅多にない経験だった。
ポテトサラダも、素材の良さを生かし、
大変に美味だったことはいうまでもない。
さて、この日の午前中は、今回の旅で、私が最も楽しみにしていた
ニセコ・パノラマラインを走る予定。
天気も上々という予報。
チェックアウトを済ませ、ホテルを出る。
小樽水族館脇を降りて、再び細い道を登り、
先ずは直近の鰊(にしん)御殿に行く。
ホテルから車で1分程度?で到着。
小樽とは積丹半島の反対側にある泊村にあった
青山家の鰊御殿を、この小樽に移築し管理しているものだという。
建築物に強い興味関心をもつ私には、大好物の見学。
私たち夫婦が、あまりにじっくり過ぎるほど、
あれやこれやと静かに会話をしながら見学する姿を見てか、
受付にいらした60半ばほどの男性が、
いつの間にか近づいて、自主的に説明を始めた。
写真は撮れなかったので、ご容赦いただきたいが、
圧倒的な建物としての素材や、その構造は類をみないもので、
建物や海産物を生業とする方は必見の場所であった。
30分ほどで見学を終了するつもりで入った場所だったが、
結果的に、1時間以上も見学していた・・・。
鰊御殿を出てくると、利用したホテルが崖の上に見えた。
最上階には丸い形状の特別室が見える。
いったいどんな人たちが宿泊するのだろう・・・・。
海岸には水族館の施設があり、海獣類が、
お腹でも空いたのか、飼育員におねだりするような声を出していた。
次の予定に影響が出ることを恐れ、逃げるように小樽を後にした。
R5からR276と繋いで、余市から岩内に向けて進む。
余市から然別を抜ける途中、
大黒山の外輪山の麓を通過した。
湖こそ形成しなかったが、
カルデラ噴火の跡がしっかりと残る然別(しかりべつ)地域特有の地形。
大々的に噴火した後に残る外輪山の大黒山が、725mの高さ。
東には1300mほどの札幌岳、1500mほどの余市岳、
そして西には、積丹半島先端の1300mほどの余別岳と
広く連なる山脈から推測するに・・・・
この大黒山のかつての標高は、容易に1500mを超えるだろうことは、
推定できるものだった。
噴火による地形は、大量の火砕流を伴っていただろうことから、
余市川の水域の特異的な形状も、十分に理解できるものだった。
物見遊山で、赤井川村にも行きたかった・・・というのも・・・・
みごとなまでに噴火口の底で、それも中心部・・・・
まさにど真ん中に、村が存在するからなのだ。
でもそれは、あまりにもルートから外れるので、カット。
積丹半島から登別まで続く山々の、
おそらくは最も中心となっていただろう
その赤井川村の真上に聳えていた山塊を、
進行方向の左側に想像しながら、車を走らせた。
それにしても、余市川上流部の
網の目のような水域の様子を見たかった・・・悔いが残った。
共和町に入ると、平坦な直線路となる。
左手にニセコ連山が見え始め、
撮影ポイントと表示される駐車帯に車を止める。
1308mのニセコアンヌプリを中心とした、チセヌプリ、イワオヌプリ等の
残雪が残る、1000m級の山脈が青空に映える。
長い直線の道路の先、左に曲がってまもなく、右に折れる。
道の駅の駐車場内には交番があるという、
ちょっと面白い配置・・・まあ、これで愛車も安心・・・。
その交番の向かいにある、
とてもかわいらしいサイズの道の駅で休憩。
地図上では、この先の道道66号は一気に山道となる筈。
「ニセコ・パノラマラインを走りたい。」という願いは
今回の旅のひとつめの目標。
そう、ここは「絶景」と呼ばれるドライブコース。
車でさっと駆け抜けるなんて、もったいない・・・
そんな美しい風景のコースの筈・・・。
さらには、自転車競技の練習コースでもあるので、
愛車を淡々と走らせる・・・・。
でも、山頂に見えた雲の塊が一向に消えない・・・。
「どんなドライブになるのだろう。」と不安を抱きながらも、
なだらかな尾根沿いの直線を、緩やかに上り続ける。
左手には、広がりのある美しい畑。
黄色や淡い緑に彩られたパッチワークさながらの・・・
そう、昨年9月、富良野で見た風景に負けない美しさ・・・。
そして右手には、新緑の森がどんどんと近づいて来る。
白樺の森だと認識するには、さして時間がかからなかった。
右に大きくカーブを切ると・・・・
もう、そこは、新緑が映える森林のコースに変わっていた。
樺の木々の数々が、美しい緑に包まれ、
窓を少し開けると、とても芳しいような気持ちになる。
白樺林が連なり、右に左にと、目が移る。
平日ということもあり、車の数も少ない。
最初の上りの九十九折(つづらお)れが終わる頃・・・
左に曲がると同時に、妻も私も、歓声を上げた!
積丹半島の、上述した山々と泊村方向の美しい海岸線が一望できたのだ。
眼下には岩内の街並みも見える
・・・なんて美しい空と海と大地・・・・・・
そう、6月に津軽の竜泊ラインを走って以来、恋焦がれていた場所・・・
※上の色の異なる文字列に、過去の関連記事リンクを貼っておいた。
そう・・・私は、この風景に出会いたかったのだ。
昨日までの曇天とはうって変わり、
この初夏のような日差しと青い空・・・・
母の入院看護から、弔いまでを過ごした私たちに、
きっと母が、ご褒美をくれたのだろう・・・
涙が出るような思いで、
しばし私たちは、この風景に見とれていた・・・・。
気温は20度あるかないか・・・・
今朝までの雨にもかかわらず、湿度を感じず、
すっきりとした北海道ならでは空気が心地よい。
今回の旅では、
どうしても欠かすことができない、ふたつめの願いがあった
・・・でもそれは、後日に・・・・
再び走り出して間もなく、
妻も私も、行ってみたいと思っていた場所があった。
神仙沼という美しい沼があるのだが、
入り口付近に車を止めてみて、即時に断念。
なんと不正地を、20分も歩かねばならないのだ。
妻の足には、負担が大き過ぎるのだった。
気を取り直して、愛車を走らせる。
対向車もほとんどなく、快適なドライブだった。
ゆるやかに上下する道を進みながら、
次の経由地である高橋牧場へと向かう。
高橋牧場でのお目当ては、もちろん美味な乳製品。
広々とした牧場風景の中を走っていると、
上部に雲を纏った羊蹄山が・・・
「すっきりとした、羊蹄山を見たいね。」と妻
「あと少しなんだけどなあ~」と私・・・
高橋牧場に到着。
・・・・・でも、そこは・・・・・・
中国語圏の大量の団体さんが占領している状態だった。
次回「その2」に続く・・・





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